「2027年リニア開業が困難」は静岡県のせい?トンネル掘削の現場でみたグダグダ

宗像充

下流は村の中心地。大崩壊地の基部に、盛り土を設置

 リニア南アルプストンネル(25㎞)の長野県側の掘削地、大鹿村で10月11日、村内の残土置き場計画についての工事説明会が開かれた。この計画は、大鹿村から排出される残土300万㎥(東京ドーム2.4杯分)のうち、27万立㎥米を小渋川の河川敷に置くというものだ(事業主体は大鹿村、施工はJR東海)。

 筆者はこの残土置き場の川向の高台の集落に住んでいて、下流部の住民ではない。それでも、この計画が2018年頃から取り沙汰され始めたときには驚いた。

 というのも、この残土置き場は河川敷というだけでなく、過去に大崩壊を起こして下流部への土砂崩落を防ぐために、長年にわたって林野庁が治山事業をしてきた場所(トビガス沢)の基部だからだ。下から上までみっしり作られた堰堤を対岸から望むことができる。

 村がこの盛り土計画を最初に筆者の地区の住民懇談会で持ち出したとき、「無茶だ」という声も出た。下流には小学校や福祉施設、村役場など村の中心施設が集中しているからだ。

 当日の説明会では、下流域の住民から「小渋川上流が地滑りの巣だ」との指摘があり、反対の声が出た。記録破りの大型台風が次々にくる中、河川敷に固定物を作れば、土盛り自体が崩壊しなくても、上流の土砂災害で流路を妨げてしまうおそれがある。その結果堰止湖ができて、それが崩壊すれば被害が増すのではないかというものだ。

ダンプカーとのすれ違いは1分に1台以上

 こうした住民の不安に目をつぶったとしても、村がリニア建設事業者のJR東海にこの盛り土計画を自ら持ちかけたのは、村から隣町に出る一本道の県道を通過するダンプカーの通行量を減らすことが「環境対策」になると考えたからだ。

 通勤・通学だけでなく、自家用車で山間の大鹿村から天竜川沿いの市町に買い出しに行く住民は多い。村から天竜川沿いまで出るには、一本道の県道を30分もかからないが、その間擦れ違うダンプカーの台数は毎回40台以上になっている。小渋川沿いの道は所々一車線になるため、1分に1台以上のダンプカーとのすれ違いは非常に緊張する。筆者も買い物の回数を減らした。

 ダンプカーは土曜日も運行されているので、観光関係者や議会からも土曜運休の要請が出されている。しかしJR東海はスケジュールを重視して応じていない(観光シーズンに部分的に運休している)。当日も「土曜運休に期待して、それが実現すれば工事実施もやむなし」という声もフロアからあがった。生活を人質に取られ、我慢を強いられている形だ。

開業予定の2027年まで盛り土工事が続く

 かつて崩壊した場所の基部に盛り土をするにあたって、同様の事例を検証したのかと聞くと「していない」という。この前例のない事業に、村やJR東海が構造物の堅牢さや管理体制を強調すればするほど「それほど対策をしないと維持できないような場所に置くのか」と逆に心配になってくる。

 そんな中、受け取った資料の中に明記された「今後の予定」の部分にふと目が止まった。盛り土工事のスケジュールが「2026年度」まで続くことになっていたのだ。

 これまでJR東海は「静岡の工事が遅れているため、2027年の開業には間に合わない」と繰り返し、この日も古屋佳久・長野県担当部長が同様の説明をした。

 しかし長野県側の大鹿村でも2026年度の盛り土工事終了というのでは、2027年3月まで掘削工事が続いている計算になる。さらにJR東海はトンネル掘削後、ガイドウェイの設置や試運転までに2年かかると説明している(昨年12月の県内市町村との意見交換会など)。

 大鹿村には掘削口となる坑口が4か所あり、地元で生活していると、工事の進捗状況が具体的にわかる。2015年秋着工の予定だった「釜沢非常口」は、保安林解除の地権者交渉などでつまずいて、5年遅れの2020年3月に着手した。その後豪雨災害に遭い、半年以上工事が止まった。

 建設工事に不慣れなJR東海の工事は万事こういった感じだ。1年前の岐阜県中津川市でのトンネル死亡事故以来、未着手区間の工事開始の数日後にトンネル事故が発生して工事が止まるといった事態が繰り返されている。

 残土置き場についても、計画路線で全部の置き場が決まったわけではないし、各地で盛り土への警戒感が高まり、反対している地域もある。

工事の遅れを静岡県のせいにしている!?

 筆者は2020年に実際のトンネル掘削の進捗状況を根拠に、「開業は早くても2031年以降になる」との計算式を記事にしたことがある。JR東海のスケジュールも、筆者の予想に徐々に近づいている。トビガス沢にしても、土を置きはじめるのは2024年からで、JR東海の主張に沿えば2年間は土曜運休も不可能だ。

 そこで「開業まで1年足らずで間に合うのか」と問うと、JR東海は「(ガイドウェイ設置と走行実験を)並行してやる」という苦しい説明をした。

「静岡県が進まなくても、他の部分では遅らせることができない」(古谷氏)というJR東海の理屈は、杜撰な計画のツケを静岡県のせいにするための方便だった。ここまで工期の遅れを隠すのを見ると、完成するのかどうかすら疑わしくなってくる。

住民に周知されず自由に発言ができない、形だけの説明会

 それが如実に表れたのは、この日の説明会の持ち方だった。議論をさせないのである。以前から説明会では、村役場の職員が役場の作業服を着て後方の席に座っていた。2026年の工事開始から6年目となり、リニア作業員の中にも村に住民票を移す人が出てきている。今回は別の作業服姿の人が後方の一角を占め、30席ほどが埋まっていた。下流域にも影響を及ぼしかねない事業だというのに、村外の人の発言を司会(長尾勝副村長)は禁止している。

 それどころか、今回は「説明会がある」ということについて回覧による案内もなく、ウェブサイトでの掲示もない。「村内放送で流した」というが、筆者も含めて聞き逃す人は多かっただろう。

 結果、前のほうに座っていた10人ほどの住民の中から数人の挙手があったにすぎない。筆者が手を挙げて発言しはじめると、質問はしない顔見知りの住民から「名前を名乗ってください」と遮られた。

 終了間際に再び筆者が手を挙げると、「長くなったので閉会の動議を出したい」と発言する住民がいた。「嫌なら帰ればいいじゃないですか」と問い返すと、前方の住民の半分以上が退席していった。その間、前述の「名乗れ」発言時と同様、村の執行部(熊谷英俊村長)は住民同士が対立している事態をそのまま放置していた。

「本当にリニアができるのかどうか、住民は不安を持っている。ぼくたちを説得するのは、あなた方進める側ではないか」と、筆者は「スケジュールありき」の事業のあり方を批判した。

 その2日後、リニア報道で日本ジャーナリスト会議賞を授与された『信濃毎日新聞』は、「(住民の)理解を得られた」という熊谷村長の談話を記事にしていた。

文・写真/宗像充