各地で工事が大幅遅れ。リニア開通は早くても2031年以降!?

長野県側の工事も2027年開業は無理

「小渋川非常口」に至る道路

2020.08.17

「小渋川非常口」に至る道路は増水した川で路肩が流出した(撮影・前島久美) JR東海が当初予定していた「リニア中央新幹線」の2027年開業。いま、静岡県での工事未着手がどう影響するかということが大きな話題となっている。  

南アルプストンネルの長野県側の起点である大鹿村に住む筆者は、今年7月の豪雨災害で、リニア工事現場が被災しただけでなく、すでに村内で5年の遅れが出ている現場があることをレポートした(「『問題だらけのリニア工事』。静岡県側でなく、南アルプストンネル長野県側も驚愕の惨状」参照)。  

しかしこの遅れを挽回できれば、2027年にも間に合うという意見もある。実際はどうなのだろうか。 「今までの掘削ペースを見る限り、長野県側でも2027年開業には間に合わない」  

そう強調するのは、長野県側でリニア問題に取り組む飯田リニアを考える会の春日昌夫さんだ。  

6月27日には、川勝平太・静岡県知事と、金子慎・JR東海社長との間で会談が行われ、金子社長は工事の進捗についてこう述べている。

「(大井川最上流の)西俣から掘り出して斜坑を掘っていくと長野側と山梨側に伸びるんですが、一番長いのが長野県側3.5kmと3kmあります。(略)順調にいって月進100m(1か月に100m掘削する)と言われています。そうなると西俣から掘り始めると65か月、5年5か月かかることになります」  

すでに金子社長がこだわっていた「7月中の工事開始」のリミットは過ぎている。春日さんは「実際の掘削ペースを見ると、月進100mはとても無理なのでは」という(詳細な計算式は「南信リニア通信」というサイトが詳しい)。

増水した小渋川を望む

増水した小渋川を望む。対岸の崩壊地の下を残土置き場として計画したが、予定地は豪雨で水没 現在、大鹿村内の南アルプストンネルは「小渋川非常口」と「除山非常口」が先行している。

「延長1150mの『小渋川斜坑』(本線トンネルに伸びるトンネル)は2017年7月3日に掘削を開始し、2019年4月5日に斜坑の掘削が完了。2019年8月23日から本線トンネルの先進坑(本線トンネルに並行して掘削するパイロットトンネル)の掘削を開始して、現段階で480m掘削したといいます。  

斜坑・先進坑合わせて1630mを946日で掘っているので、1日当たり1.72m。30倍して月進51.7mの実績です。同様に計算すると、『除山斜坑』は月進40.2m。今年3月3日に掘り始めたばかりの『釜沢斜坑』は、月進18.6mにすぎません」  

予想されたことだが、南アルプストンネルの掘削は一筋縄ではいかないようだ。

トンネル工事の進み具合で計算すると、開業は早くても2031年9月以降!?

豊丘村の福島てっぺん公園から伊那谷を見下ろす

豊丘村の福島てっぺん公園から伊那谷を見下ろす。高架橋や天竜川の橋の建設は、2017年の予定だった

「『除山斜坑』は本線トンネルとの交点まで残り575mですが、延長を1850mとする資料もあるので、残りを 555mとします。本線トンネルの交点から静岡工区との境までは約5090mなので、合計するとあと5645mを掘削しなければなりません。この部分が長野工区ではいちばん距離が長い。この5645mを月進51.7mで割ると約109か月、9年1か月です。  

つまり、現在のペースなら掘削終了は2029年9月。これはいちばん早いペースの『小渋川斜坑』での計算式なので、『除山斜坑』の月進40.2mで計算すると、11年8か月。完成は2032年4月です。 金子社長はガイドウェイを作って最終的な試験をし、それが2年ぐらいかかると川勝知事に説明しています。開業は早くても2031年9月~2034年4月以降でしょう」(春日さん)  

実際、厚生労働省の「トンネル建設工事の工法等について」という資料によると、代表的なトンネル工事で月進100mを超えた例は少なく、発破を使っても80~100m、機械掘削だと60m前後が多い。

「金子社長も『本線トンネル部分の西俣斜坑交点から長野側の3.5kmに65か月かかる』と言っています。月進は54m程度で、長野県側でいちばん早い『小渋川非常口』の掘削よりやや早い程度」と春日さんは見ている。工事はトンネル上部から地上までの高さが掘り進むにつれ1000mを超え、慎重を期さねばならない。静岡側の工事が長野県側よりスムーズに進むとも考えにくい。

工事着手は3年遅れ、ヤードは豪雨災害で水浸し

2017年12月に起きたトンネルの外壁崩落

2017年12月に起きたトンネルの外壁崩落。事前にクラックを確認していたのに、JR東海は納期に間に合わせるため火薬の量を倍にした JR東海7月17日、大鹿村内の「青木川非常口」の掘削を開始した。これで県内5本の本線トンネルのうち2本目の伊那山地トンネルの掘削が始まった。2014年の認可から2027年の開業までもうすぐ折り返し点というのに、いまだ3本のトンネルが未着手だ。  

23.3㎞ある中央アルプストンネルでも、複数の断層を横切るため難工事が予想されている。ところが2019年4月、岐阜県側の「山口非常口」で掘削開始後200mの時点でトンネルが崩落。急きょ、予定していなかった先進坑を本線トンネルに並行して掘り、工事の安全を図るという、抜本的な計画変更がなされている。  

JR東海は、大鹿村に至る残土運搬用アクセス道路のトンネルの掘削でも、2017年12月に出口付近で火薬の量を倍にし、外壁の崩落を起こしている。このように、工事を急げば同じ過ちが繰り返されるおそれがある。

伊那山地トンネル「坂島非常口」への道路

伊那山地トンネル「坂島非常口」への道路は、水害によって各所で被災した 長野県内の地上部分の本格工事も始まっていない。それに加えて、今年7月には豪雨災害が起きた。伊那山地トンネルを挟んで大鹿村の反対側の豊丘村でも、今回の豪雨で「坂島非常口」に至る林道が寸断された。この「坂島非常口」も2018年掘削開始予定だった。

「坂島非常口」のヤードは水に浸かっていた

「坂島非常口」のヤードは水に浸かっていた。2017年の掘削予定だったが、まだ始まっていない とりあえず土を寄せた個所があちこちにある道路を、のり面や路肩の崩壊を眺めつつ「坂島非常口」の現場に行くと、道路脇の掘削予定地はやはり未着手。来年に掘削が始まったとしても、予定より3年遅れだ。ヤードの中は水浸しだった。静岡県だけでなく、どこもかしこも工事が遅れているのだ。

山梨県「早川非常口」に至る橋の手前

山梨県「早川非常口」に至る橋の手前は、昨年の台風19号で陥没 JR東海のサイトでは、ほとんどの部分の工事契約が締結されてはいる。筆者は2020年3~5月、アウトドア誌の取材(『Fielder』51、52号)でリニアの沿線を自転車と徒歩で全線トレースしている。8割以上が地下部分の工事なので、地上から見える部分は限られるが、実際には「順調」とは言えない状況だった。  

山梨県側は、2016年10月26日に南アルプストンネルの「早川非常口」の工事が着手され、2017年6月に8か月で斜坑の掘削を終えている(日進62.5m)。いちばん捗っているはずの「早川非常口」の現場に今年3月に行ってみると、坑口に通じる橋が2019年の台風で通行止めになっていた。渇水期を待って改修をするというが、その間にこの豪雨災害が起きている。

残土置き場が決まらず、地権者との交渉も進まず

山梨県内でも残土全量の処分場は未定

早川町内ではビルのような残土置き場が各所に現れている。山梨県内でも残土全量の処分場は未定 地上部分の工事では、静岡県に限らず、長野県南木曽町や阿智村のように「残土やアクセス道路、水源問題などが先に片づかなければトンネル掘削は認めない」という自治体もある。長野県内で排出される970万㎥の残土のうち、残土置き場が決まったのは現時点で50万㎥にも満たない。   

地権者交渉も難航している。神奈川県、山梨県では住民によるリニア工事反対のトラスト運動が続く。神奈川県駅~相模川間の区分地上権の地権者は850軒あるが、団結して弁護士を立てている地域もあり、交渉がすんなりといく見込みはない。  

山梨県では、JRの工事についての説明を拒否している自治会や、工事差し止めを求めて裁判を起こした地権者もある。長野県駅周辺や本線の予定地でも、話し合いに応じない意思を示す地権者もいる。  こういった問題は、最終段階でJRが強制収用の意思を示してはじめて可視化する。しかし、開業時期が設定できなくなり「最終段階」が見通せなくなった。もはや、静岡県の水問題だけが解決しても、リニアはまだまだ前に進めない。 <文・写真/宗像充>

ハーバービジネスオンライン
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