共同親権民法改正、左翼はなぜ人権を侵害したのか

 毎月上京して最高裁判所に要請に行っている。

 今年5月国会で共同親権に関する民法改正法案が成立した。この法案による変化は、これまで共同親権は婚姻中のみで、離婚や未婚という婚姻外には単独親権一択(単独親権制度)だったのが、そこに共同親権という選択肢が入ったことだ。

 一方で、養育費の徴収強化は立法化され、面会交流に関しては検討されてもこれまで通りなので、共同親権になろうがなるまいが、子どもに会えず金はとられる、という状況は変わっていないどころか、合法化された分だけ改悪している。その上、共同親権にするかどうかは司法の裁量なので、結局今子どもに会えていない親たちは会える見込みがたちはしない。子どもが成人したぼくに関してもそれは同じだ。

 子どもに関しては父母どちらかが責任者であるほうがよく、もめれば力の強いほうが弱いほうを追い出すというのが、戦前から続いた家父長制を引き継いだ民法のルールだった。現在司法では94%の割合で母親を親権者にする。

 笑っちゃうことに、そうするとフェミニストや弁護士連中は、共同親権は家父長制の復権で、バックラッシュだと言いはじめた。そうだそうだとリベラルメディアや、左派政治党派が唱和した。立憲民主党の議員に、社民党、共産党、緑の党、生活者ネット……。法案は問題点があるので(反対した)、その点について久しぶりに長野県から毎週上京して国会議員に説明に行った。れいわ新選組に至っては、ぼくがした面談の依頼をことごとく無視した。

 最高裁に通っているのは、2019年に提起した、単独親権制度の違憲性を訴えた立法不作為の国賠訴訟が最高裁に継続しているからだ。今年1月の高裁判決は一審判決を引き継いで、「婚姻外の差別的取り扱いは合理的」と単独親権制度を正当化していた。

 国立や立川あたりの市民運動も薄情に思えた。ぼくがこの問題で長年苦しんで活動してきたのを知っていたとは思う。ところが運動業界で共同親権反対の声が高まると、ぼくに「どうなってるの」と連絡してきた人は誰もいなかった。会ったところで「共同親権はDV法と言われてるぞ」とこっちの弁明を求めてくるので、うんざりした。どうせこの人たちは、見ず知らずの他人の親子の生き別れなどどうでもよくて、お前が悪いからだろ、と共同親権反対の人たちに同調しているだけだ。

 正直左翼やめたくなったけど、右翼になったら増長するだけなので、左翼の立場から左翼や市民運動を徹底して批判すること半年ほどは専念して今もしている。そのうちこの無責任な連中の、信用失墜が明らかになるだろう。

  

 その第一弾として、信濃毎日新聞に申し入れに行った。この気位ばかりが高い長野県のリベラル新聞は、東京の流行りのインテリの話は聞くけど、地元のライターで訴訟の原告の言い分など小バカにしてきた。共同親権反対の論説を全国で一番多く5回も出している。

 父母の責任はあるけど、問題があるので共同親権は慎重に、なんて、共同親権を求める連中はヤバいやつらだから、ヤバくないやつらも諦めろ、という無茶な理屈だった。問題かどうかは子どもを見ている側の感情が優先されるのだけど、その理由は母親が子どもを見ているから。正体見たり、だった。

 懇談の機会を論説の人と求めたところ、「文書にして出してくれ」という。どこの世界に商品(記事)への苦情を文書で出させる会社があるんだ、とSNSで書きまくって記者会見と社前情宣をプレスリリースしたら、論説主幹が出てきた。

 長野市までは3時間かかる。論説主幹は「共同親権の問題は毎回論説でも意見が割れる。私もなんでこれが党派的課題になるのかな、とは思いました」と口にしてたけど、じゃあ5回も反対してくれるな。

 「反対しているつもりはなくて、訴訟妨害というのはちょっと違うと思う」というので、「ぼくたち憲法に訴えてるんですよ。信毎はケンポー、ケンポー言ってんじゃないですか。読売新聞が言うのとはわけが違う」というと黙り込んでいた。

 憲法学者の木村草太に信毎は度々共同親権反対の記事を書かせていた。「母性神話でしょ」と言ったら「あ~」という顔をしていた。

「上野千鶴子とか日本の男に共同親権は百年早い、とか言ってんですよ。あんたたち悔しくないの」 

 背広姿の男3人を挑発してみた。

 「高名な社会学者」の上野千鶴子は度々、「離婚するにはそれだけの理由がある。妻を殴る蹴る、子どもを虐待する、子育てに関わらない、養育費を支払わない…日本の男に共同親権は百年早い」と書いているのだけど、離婚は男からもするのだから、そんなわけないのは少し考えればわかる。とはいっても、あんまり子育てとかかかわってこなかったからか、背広組に張り合いはない。

 この後、県庁の会見室で記者会見をした。田中康夫のおかげで、長野県庁には記者クラブはなく、誰でも会見を開くことができる。信毎との懇談の様子を記者たちと話した。このとき触れたデータは、いわゆる「別居親」のDV被害の割合は、「同居親」のDV被害の割合と変わらない7割というものだ。このデータは、司法記者クラブで記者席立ち見の中以前示したもので、その際記事にした記者は一人もいなかった。

「記者さんたちは、暴力の防止とかほんとはどうでもいいんだなとそのとき思いました」

 というと一人の記者が手を挙げて、「でも賛成反対の両論併記で記事は作っていますよね」という。

「じゃああなたがたは、DV被害者で共同親権賛成の人の意見を取り上げますか。そんな人たくさんいますよ」と投げかけた。

 あえて左翼と呼ぶけど、左翼は社会的弱者の味方だと思って女の味方をしてきた。ところが、男女が別れる際には、双方が被害感情を抱くのが普通なのに、女性の感情を優先すべきという固定観念から抜け出せない。パターンに当てはめるために被害者を加害者と呼んできた。

 東京新聞からエッセイの執筆依頼が来て2回続きものの記事を書いたのだけど、1回目が出たときに社内外で騒ぎになったようで、一週置いてやっと続編が出た。被害者だと呼んできた人たちが実は加害者でもある、という指摘に、「弱い者の味方」のつもりだった人たちが耐えられなかったのだろう。

 NHKが「寅に翼」という朝のドラマで家庭裁判所の創設をテーマにしていた。

 戦前は家父長制の単独親権制度だったので、共同親権を求めたのは主人公をはじめとした女性たちだった。ところが、共同親権の民法改正が議論されると、このドラマを引き合いに出して時代は変わっていないと憤慨する、佐高信と福島瑞穂の対談記事がネットに出ていた。

 もはや無知を丸出しにしたコントにしか思えなかった。かつての切れ味抜群の左翼のあわれな末路だった。

(2024.11.25「越路42号」たらたらと読み切り182)

山よりな暮らし

「お前ここに住むのか」

 はじめて大鹿村にやってきた父は、山に囲まれた村の風景を見ながらそうつぶやいた。8年前の2016年のことだ。いろいろあったけど何とかここで暮らしていけている。

「長野県の人は住まない」

 ここから強制執行の実力阻止をわざわざ取材しに行った千葉県の三里塚で、隣町の松川町出身の現闘の女性が、大鹿村のことをそう言っていた。隣町だというのに、峠と渓谷で隔てられた山の向こうの隠れ里は距離以上に遠い。

 長野県に来てから北アルプスの山は一度も行っていないのに、南アルプスやその周辺の山々は近いからかしょっちゅう登っている。来た最初の1、2年は生活を軌道に乗せるのに必死で、山の中なのにほとんど山には行かずに、たまに登った山で膝を痛めストックを買った。昨年末から雪の時期の山小屋での小屋番を始めて、今年の夏はほぼ毎週末山小屋の手伝いに行った。おかげで膝の故障も起きず、ストックも今年一度も使っていない。

だけどまだまだ行っていない山がたくさんある。冬は寒くて厳しいけど、山が好きな人にとっては山の麓に住むのが正解だとようやく感じられるようになった。

 住んでみると、あちこちの山間地を往来してきた林業の人たちや、山好きの人たちが毎年集まっては散っていく山小屋、村にある諏訪大社はじめ山間地の神社は広がりを持ち、歌舞伎もまた旅芸人から習ったもので、それぞれに独自のつながりはあることがわかる。

「どうやって暮らしてるんだろう」というのが、村を訪問した人たちの謎だけど、一見何やってるか説明できない日々の暮らしの猥雑とも言える多様さは、今時のトピックと言えるんじゃないだろうか。なんでもかんでもお金に変えられてそれで価値が測られる都市生活とは、まるで霞を食べても生きていけるかのような暮らしぶりの中身は、住んでみてはじめて見えてくる。そんなわけで、山好きの移住者の暮らしぶりを「山よりな暮らし」というタイトルで登山の雑誌に売ってみたけど、買い手がつかなかった。山やの望む山暮らしは安曇野近辺止まりらしい。「耳寄りな話」のはずなのに。

 北条時行の供養塔を2年前に見つけ出して、今年の7月から少年ジャンプの連載漫画『逃げ上手の若君』がアニメ放映されたのに便乗して、伝承地の取材でこの辺をあちこち行った。北条時行は、北条宗家の得宗家最後の当主、北条高時の遺児で、大鹿村の桶谷も伝承地の一つ。供養塔もここにしかない。

 秋葉街道沿いに諏訪近辺まで散在する時行の潜伏場所をつなぐと、それぞれの場所が軍事上の拠点であるとともに交通の要衝であり、同時にそれぞれの拠点どうしが山間地の尾根道や往還道でつながっているのがわかる。地の利がある人間にとっては自由回廊だけど、そうじゃない人にとっては鬼か盗賊の棲む魔境に見えるだろう。

 大分県の主要河川の大野川中流域の犬飼町出身の父は、「弱えやつらが行くところ」と、平地で土地を持てない次男三男や何等かの事情があって隠れ住み、山間地を新天地とした人々のことをそう評した。大鹿村に住んでみてどの人がどこから来たか聞いてみると、島流しか落ち武者、それにゲリラしかここにはいないことがわかる。もっぱら山間地の小さな小学校に好んで赴任していた父や、今さらここでの暮らしが気に入っているその息子もその一画を占めている。

 一昨年は村の駐在の交通違反への取り締まりが厳しかったのか、シートベルトをしてなくてチケットを切られた人が大勢出た。村の人が連れ立って、1時間もかけて飯田署まで抗議に出かけたというのが村の話題になっていた。そんな恥ずかしいことしないでほしいと思うけど、それが当然とも思える中央権力との距離感は理解できる。

「そもそも宗良親王や北条時行と言ったって、今みたいに顔写真があるわけでもなし、どうやってそれが本人だってわかるんだ」

 御所平という地名の残る、入笠山の牧場で歴史を調べていた方は、そんなもっともな疑問を口にした。それが本人であるかどうかはそんなに本質だったのだろうか。

亡命政府から派遣され、あるいは都を追われたプリンスは、山間地で毎年毎年変わり映えのしない暮らしを送っている人たちにとっては、危険な劇薬かもしれないし、自分たちの境遇を変えてくれる宝くじかもしれない。

 そんな彼らの鬱積した思いに逃げ道を与えてくれる思想もまた同時にやってくる。「農村から都市を包囲する」戦略で中国革命は勝利に至り、伊那谷に広がった国学思想は水戸の志士たちが通過するのを容易にし、遠山は自由民権運動の激化事件の舞台の一つになった。熊本県の秘境の宿屋に泊まったときには「うちのばあ様も西郷軍が来たときには炊き出しに行った」と思い出話を聞かされた。命懸けで西郷軍を支えた民衆の権利意識を目覚めさせたものとして、延岡の郷土史家たちは西南戦争を捉えている。

 平和な時代なら「お上に弓を引く」という恐れ多い行為は、単なる鬱憤晴らしではなく理があるものとしての抵抗へと変換される。乱世と思想とそして細々ながら綿々と受け継がれてきた経験が、山間地の人々に勇気を与えることだろう。

 「失われゆく山の民俗」とか本の帯につけると興味を引きやすい。背景には進歩的な歴史観では物質的な豊かさによる社会の発展は避けがたいという、ぼくも含めた多くの人々の思い込みがある。『山を忘れた日本人』という本は、グローバリゼーションの時代には資源はよそからやってくるので都市に人が集まり、鎖国が強まると資源を求めて人々は山に目を分け入るという。必要があれば人の目は山に向き、必要が経験を引き出し、経験は技術となる。

大分で出会った古代史家の藤島寛高さんは、山の民は歴史の転換点でバランスを取る動きをするという。『キングダム』という漫画が実写版でヒットして見ていたら、秦の始皇帝の嬴政が一時権力を追われた際、山の民の力を得て王位を奪回する場面が出てきた。斜陽の南朝を支えたのも楠木正成に代表される山岳ゲリラであり、その正体は日ごろは歴史の表舞台に登場しないこの辺の山村住民たちだ。武力にものを言わせた統一は水面下の人々のつながりを断ち切って人々を序列化し、危機感や正統性への渇望が、抵抗を長引かせるのではないだろうか。

 ちなみに伊那谷とも縁の深い柳田国男は、「願はくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ」という序文から『遠野物語』をまとめている。サンカ取材の中で出会った、神楽面やサンカ研究をしている宮崎県の高見乾司さんは、柳田が晩年山人研究から稲の研究へとシフトしていったことについて、軍国主義の傾向が強くなっていく中で、「高級官僚だし、ヤバいと思って言わなくなったんじゃないかな」と指摘していた。

『遠野物語』が出た1910年は、国民統合の結果対外戦争を成功させ、次の戦争へと至る戦間期に当たっている。そこに山人論は水を差す結果にもなる。やりすぎると自分の立場もヤバくなる。逆に言えば、柳田は山村の人々の持つ潜在的なパワーに気づいた、その時点では守る側の都市住民ということになる。

リニアであれ移住であれ、どうもこの国は東京のためにできているようだ。移住の掛け声は植民地への開拓キャンペーンみたいなものだ。この国は、都市と田舎という2つの国からなる。そして3つ目に、都市にも田舎にも、アジールや解放区と呼ばれる地域がある。仮に解放区が力を持ち始めているとするならば、現行秩序の息苦しさに人々は気づきつつある結果だろう。

人が多ければ文化が生まれる。しかし人が多いだけでは生まれない文化もある。都市生活の砂上の楼閣ぶりを辺境ライフが侵食していくならば、「平地人を戦慄せしめよ」という言葉もリアリティーを持つだろう。

(越路41 たらたらと読み切り181 2024.9.26)

木村草太「面会交流事件のうち却下されるのは1.7%」のインチキ

「面会交流事件で却下されるのは1.7%」?

 10月13日に東京新聞の「人生のページ」に「親子の面会交流 共同親権で解決なるか?」というエッセイを書いた。いろいろな反響が新聞社のほうに寄せられているようで、掲載後に事実確認についていくつか新聞社から問い合わせがあった。

 その中で「日本で司法に訴えても面会交流の約束を取り付けられるのは5割」と書いたところ、根拠を求められた。読者が憲法学者の木村草太は、家裁における面会交流の申し立ては1万件で会えない割合は1.4%と言っているという。

 探すと2024年5月7日の参議院法務委員会の参考人質疑で、「例えば令和2年に終結した面会交流事件は1万件ありますけれども、うち却下されたケースは1.7%にとどまるということで、面会交流の申し立てを利用していただくのがよろしいのではないか」いう発言があった(議事録文字起こしhttps://note.com/nao302198765/n/n158468981cad)。

国民民主党の河合孝典参議院議員の「会いたいのに会わせてもらえないというところをどのように見極めていくのかということですね」という問題提起に答えたものだ。木村は似たような発言を繰り返しているわけだ。

 木村は法制審議会における参考資料として最高裁判所が提出したものを典拠としているようだ(「子の監護に関する処分事件の事件動向について」https://www.moj.go.jp/content/001347793.pdf)。

この資料の3-(2)に、「子の監護に関する処分事件(面会交流)・終局区分割合(全家庭裁判所)」との折れ線グラフとその区分別件数の数字が出ており、その最新の令和2年(2020年)の数字が1.7%となっている。

 木村は面会交流を申し立てれば司法で会えるようになるのだから、現在会えていないぼくのような人間は問題があるからだという主張をSNS等で繰り返している。1.7%はその根拠で読者もそれをうのみにしたのだろう(数字は不正確だが)。

98.3%は会えているのか? 半分が諦めている

 木村があげる「却下された割合」1.7%は僅少なので、会えないのは相当問題のある人達と思うだろう。ところが、同じ統計から数字を拾えば、調停の成立率は57.8%で、審判の認容率は65.2%にとどまる。残りは調停不成立や取下げとなる。そして法制審の資料には審判の割合も出ていて、この年は9.1%となっている。

 最高裁もズルいと思うけど、審判は調停・審判の1割に満たないのに、その1割に満たない審判での却下の件数を、調停・審判合わせた総数で割ったところで低く見積もられるのは当たり前だ。この統計には調停不成立の数字も外されており、司法統計を見ると2711件ある(法制審の資料は速報値のためズレがある)。司法統計の既済の総数は調停11619件、審判1619件で13238件(法制審資料だと10776件)。司法統計による割合は20.5%。取下げは27.2%。

根拠数字のズレはあるものの、総数のうち不成立・取下げ・却下の割合を合わせれば実に49.4%が面会交流を諦めるか認められていない。

 木村が「別居親は問題がある」と言うために悪意で数字を切り取るにしても、素人をだますにしてはやりすぎだろう。

取り決め率は47.3%

総数は何年も継続しているものも含むので、その年の新受件数のうちの調停成立・認容の割合を「取り決め率」とぼくは呼んでいる。過去棚瀬孝雄弁護士が用いていたので独自のものではない。正確に言えばその年申し立てたものがその年のうちに処理されとは限らないけど、過去申し立てたものも順繰りに処理されるのでだいたいの目安になる。この数字は過去10年以上、司法統計で追い続けている。

法制審の資料で見れば、令和2年は新受は調停で12929件、審判で1939件、合わせて14868件。審判認容は804件、調停成立は6227件、合わせて7031件。

7031件/14868件=47.28%。およそ半分になる。

取り決めても3割は会えなくなる

この取り決め率を、毎年司法統計から数字を拾い出して折れ線グラフを作っている(https://k-kokubai.hp.peraichi.com/「誤解その3」)。取り決め率の推移がわかるようになっていて、件数は年々増加しているのの、この割合は約半分で一定している。

面会交流調停については、多くの場合、連れ去られて会えなくなったので申し立てるので、この割合の増加は連れ去り件数の増加と大方一致するだろう(離婚事件おける面会交流がどのように扱われているかはこの中に入っていない)。

つまり、裁判所が面会を拒否してくれるのが見えるので、連れ去り件数も増加し、被害者は他に手段がないので司法に頼って「約束を取り付けられてるのは5割。それも会える保障はない」。

言うまでもなくこれは取り決めの割合で、この中には「会わない」「手紙のやり取り」などの取り決めもある。子育て改革のための共同親権プロジェクトによれば、合意がある場合であっても、子どもとは32.7%が会えなくなっているという調査結果がある(http://cdn.joint-custody.org/files/20220808-report-lbp-summary.pdf)。

家裁が月に1回2時間、写真送付などの間接交流を多く面会交流として取り決める現状で、そうなるのは当たり前である。

この資料は司法記者クラブで記者発表したものだけど、立ち見も出た中、一社も記事にしなかった。(2024.10.18)

共同親権反対新聞、信濃毎日に行ってきた

論説の人に面談求める

 8月22日に信濃毎日新聞(信毎)の論説の方2名と総務の人と長野市の信濃毎日新聞社で面談した。いただいた名刺を見ると、論説主幹と編集局編集応答室、それに総務局次長になる。ちなみに信濃毎日新聞というのは、長野県の地方紙で毎日新聞とは関係ない。長野県で7割を超えるシェアを持っている。

 この5月の国会で共同親権に関する民法改正がされた際、成立に至るまでの間、信毎が5度にわたって共同親権反対の社説を出している。面談をお願いした理由は、憲法訴訟を進め親子分離の解消の活動を掲げるぼくたちにとって、共同親権そのものの危険性をDVを理由に煽る信毎の報道が訴訟妨害になっていたためだ。ほんと迷惑。

 信濃毎日新聞からは度々県内の国賠訴訟の原告代表としてコメントを求められてきた。だけど信毎はしつこく社説で「会わせると危険」と反対姿勢を鮮明にし、その回数は地方紙の中でも際立っていた。挑発行為で毎回頭に来ていた。

しかし仮にも「護憲」を掲げる新聞なので、話せばわかると思って、事前に知り合いの記者を通じて論説との面談を求める打診をすると予告をしてきた。

文書でよこせ

 とはいえ表玄関の反応を確かめるため、盆前に代表番号に電話すると読者応答室に回された。経緯や事前に打診もしているという点を担当者に伝えるとしばらくして、「論説ではそういうことはしていないので文書で提出してくれれば参考にする」と回答があった。

 苦情を言っているのになんだよそれ、と思って社説などのおかしな点や、今まで社説に対して何度か投書をしているけど無視されているので面談を求めたという経過を説明し、「そちらに行きますから」と訪問日を告げた。ちなみにこの読者応答室の人は投書名前を聞いても名乗らなかった。

論説が出てくるまで

 盆明けに早速申し入れの準備に取り掛かった。「文書出せ」と言われるまで懇談や話し合いと言っていたけど、信濃毎日にその気はなさそうなので申し入れとして、一方的に予定を設定。昼休みに社屋前で情宣をする。

田中康夫のおかげで、長野県庁は会見室で自由に市民も会見を開けるので、申し入れ後の記者会見と日程を組んだ。

盆前は時間を午前中にしていたけど、午後に変更したのでそれを名目に読者応答室に電話。担当が不在で、その間にプレスリリースをした。県庁が窓口になる記者クラブだけでなく、県内の知り合いの記者全部にメールし、がんばって在長野市のマスコミ各社のファックス番号を調べ上げファックスした。

 その上でSNS上で信毎の横柄な対応を連続して投稿。文書提出はする気がなかったので、代わりにチラシを作ってそれも画像にして拡散した。

 そうすると、読者応答室の担当者が「論説応答室です」と名前を名乗って電話してきて、当日、論説主幹とその方が対応すると言ってきた。

「それで情宣ってありますけど、拡声器とか使いますか」とプレスリリース文を見たのか聞いてきたので、「それはこっちの自由ですよね」と突き放す。

社前情宣

 長野県庁ほど近くでひときわ目立ち下々の者を睥睨している建物が信濃毎日新聞だ。

どこでマイクとろうか一周してみたけど、結局正門前の路上でやることにした。準備していると中から総務課の社員が2名出てきて名乗った。監視役のようで、「周りに福祉施設もあるので音を大きくしないでほしい」という。

「信毎が悪いんじゃないですか」と取り合わないでいると、「敷地内ですから」。路上に横断幕を広げて社屋ビルにマイクを向けてしゃべった。仲間2人参加。

 主張の内容は、DVの継続の危険があるけど、実際DVが起きるのは共同親権時で、単独親権制度で件数も増え続け、別居親の側もDV被害者が7割いる、というもの。単独親権者に加害者が大勢いるのに、DV支配が継続するなんて、単に親権の取れない男性が加害者と性役割に基づいた印象論を繰り返しているにすぎない。

「弱者の味方」気取りは実際は「弱い者いじめ」に過ぎないと、そのインチキぶりを指摘した。マイクをとった小畑さんは母親で、女性の保護を掲げて共同親権に反対されてあおりを食らってる当の本人だった。

改正民法は養育費の徴収強化は法制化し、面会交流の実効性は見送られた。自分たちで男性ATM化の旗を振る新聞社員は哀れだ。

論説と懇談

 その後1階の部屋に通され、3人とぼくたち2人と面談した。ほとんどこっちの主張を一方的に伝えたけど、単独親権制度が家制度を引き継ぎ、日本国憲法に合わせた戦後民法改革で採用されたのが共同親権だというのは歴史的事実だ。それを親権が戦前の支配権的な親の権利を引き継いでいるから婚姻外には適用するな、なんて理屈は通じないと指摘した。

 信濃毎日は社説以外でも、他人の親子の再会を阻む差別排外主義的な共同親権反対運動を社会面で取り上げることも多く、その担い手はこれまでリベラルや左派、市民運動と呼ばれてきた人々にほかならない。論説の人は「どうしてこれが党派的問題になるのかと思った」と言っていたけど、現場の実態や歴史的経緯を知らずに、弱者保護を唱えられれば反論できなかった論説内部のパワーバランスが手に取るようにわかる。

「木村草太はあれこれ言ってるけどただの復古主義じゃないですか」

「上野千鶴子は日本の男に共同親権は100年早いと言ってますよ。あなたたち悔しくないの」

「福島瑞穂は自分は事実婚で子どもには自由に姓を選ばせたと自慢してて、他人の家の子はいっしょに暮らす親の姓を名乗るのが当たり前と国会で言ってますよ。ただのワガママじゃないですか」

長野市から新幹線ですぐのメトロポリスの知識人の堕落ぶりを一通り批判しておいた。伊那谷奥地の野蛮人の主張など最初から目に入らなかったのだろう。

 唯一論説の人が食い下がったのが「訴訟妨害と言われるのは不本意」ということだった。

「もちろん訴訟なんだからどっちの立場に立つのもありますよ。でも信毎はケンポーケンポー言うじゃないですか。読売新聞が同じこと言うのとはわけが違う」

 論説がぼくたちの訴訟を踏まえて社説を作っているなんてその痕跡すら見えない。不勉強ぶりがあらためて明らかになった面談だった。

 最終的に、社内でのぼくたちを呼んでの研修か、ぼくたちに記事を書かせるよう要請して面談を終えた。

記者会見

 その後県庁に移動して記者会見の時間を持った。この問題に関しては、信毎が突出して子どもに会えない親たちを罵倒してきたけど、他の報道機関も似たり寄ったりだ。意見交換が趣旨と最初に述べて説明を終え、記者から質問を受けた。全体的に問題意識を持っているとは思えなかったけど、「賛成反対両論併記をしている。それじゃダメなのか」という質問があった。

「共同親権を望むDV被害者については取り上げませんよね」とぼくは答えている。

DV被害者は全員共同親権に反対しているかのような論調そのものが、男性悪者、女性被害者のジェンダーバイアスに基づいている。

DV問題を論じるときにも、性役割は論じるけどその背景に男性排除の親権制度があることは問題視しない。DV対策が民事対応で不徹底になっているのは、結局民事不介入の家制度、つまり単独親権制度が背景にある。

帰り道、「対話を積み重ねるしかないよね」と小畑さんと言いながら遠い県庁所在地を後にした。(2024.8.28)

「天国に一番近い村」大鹿楽園計画<その1>車を麓に下ろしたら

 長野県大鹿村に住んでいる。ここに住むようになったきっかけは、南アルプスを通るリニア新幹線についての取材で村を訪問し、地元の人と結婚したからだ。とはいえ、別れたので今は一人で暮らしている。

2016年にこの村にやってきて今年で8年目になる。だんだんここでの暮らしも愛着が湧いてきて見えてきたものも多くなってきた。そこで秘境や中山間地と呼ばれる地域での生活をもっと楽しむために、これまで気づいたことを書いていこうと思う。

近年都会から田舎へと移住を希望する人も増えたので、ここでの個人的な経験も多少は役立つ情報だと思う。また似たような状況で暮らす人にとっても参考になればと思っている。大鹿村の人はこの文章に触れる機会は少ないかもしれない。いろいろ異論や反論はあると思うけど、当然個人的見解なので、言いたいことがあったら伝えてほしい。

「天国に一番近い村」

 最新の村の広報を見ると大鹿村の人口は873人になっている。大鹿村の高齢化率は45.5%になっていて、全国平均(28.7%)よりも16.8ポイント高いというデータがある。この割合は長野県内でも高くて以前は10位以内にランキングしていた。長野県は全国トップの長寿県なので、大鹿村は全国でも指折りの高齢化率の高い村ということになる。

なので「天国で一番近い村」だと言ったら村で怒られそう。

でも逆に言えば、それだけお年寄りが元気に暮らしている村だということも言える。以前「消滅可能性自治体」として選定されたこともあるけど、近年はそこから外れている。お年寄りが亡くなったのかもしれないけど、小さい子を育てる子育て世代もそこそこいる。以前から移住者は多い。

接点のない村民と登山者

 大鹿村のことを村役場は「南アルプスと歌舞伎の里」と呼んでいる。歌舞伎は一生懸命取り組んでいるけど、南アルプスについてはリニア新幹線を受け入れているくらいだから、あんまり好きな人が大勢いるようにも思えない。それに登山者は大鹿村を素通りして登山口に向かうので、村の人が登山者と触れ合う機会は多くない。山に登る人間としてははなはだ残念な状態が続いている。

 でも標高1000mの上蔵という集落の一画で暮らしていると、近所の人たちが猟をしたり薪をとったりキノコや山菜を採ったり……と身近な山に親しんでいることがよくわかるし、自分もそういう暮らしは楽しいのでいろいろ習ったりしている。

なんというか、外から来る登山者と、山を生活の一部としている村の人の接点がないのだ。これは両方の立場にいる自分としてはとても残念に思える。

 村に来て登山者目線で村の登山者への扱いを見たとき、そもそも眼中にない、という気がした。そして村民目線で登山者を見たとき、麓の暮らしに目を向けたらもっと楽しいのに、と思う。だけど登山者は暗いうちに登山口の駐車場に着いて歩き出すのでそもそもどこをどう通って来たのか印象がない人も少なくない。

マイカー規制は架け橋

 よその登山口は、マイカー規制による登山バスを走らせ、麓の駐車場から登山者を登山口まで運ぶことが少なくない。先日仙丈ケ岳と甲斐駒ヶ岳の登山口、同じ南アルプスの北沢峠に行ったら、麓の戸台から10台くらいの登山バスを走らせて、それでも乗り切れずに2回戦目でようやく1時間ほどバスに揺られて峠に着いた。麓には登山者向けの入浴施設と食堂があった。

車内放送では、このバスが自然保護運動の中でも有名な、南アルプススーパー林道反対運動の結果実現したマイカー規制によって生まれたものだと車内放送があった。大鹿村の登山口の越路ゲートまでは延々40分ほど曲がりくねった鳥倉林道を車を走らせ、登山者にとっても運転に気を遣う。

また上蔵を通って鳥倉林道に合流する道もあって、休日ともなるとバイクの音とかがわりと気になる。そもそも鳥倉林道は林道なので、林業関係者から見ても自家用車は通行の障害になるという声も聞いた。

なので、麓に駐車場を用意してマイカー規制をすれば、登山者は麓にプールされて村の店舗に金を落とすこともあるだろう。登山口に着く時間が固定化されれば、宿泊施設の利用も増えると思う。

屋久島とかに行けばわかるけど、登山者向けの弁当屋が島のあちこちにあったりする。要するに登山者に向けた小銭稼ぎ程度の産業化が実現するし、登山者もバスを待っている間に村に目を向ける時間ができる。

なんてことを考えたのが8年前。誰彼に言ってたら、そこそこ「いいんじゃない」という人も増えてきた。(2024.8.19)

共同親権訴訟、最高裁で逆転を

現在最高裁に係属中

 今年 1月25日に共同親権訴訟の高裁判決が出て結果は不当判決だった。現在最高裁にかかっていて、結果待ちになっている。月例で最高裁に申し入れや情宣を行なっている。司法の判断は概ね世論なので、人権問題に取り組む多くの裁判体や支援団体が最高裁に働きかけをしていて、裁判所もそれを聞くために部屋を用意している。

下級審で負けていて最高裁にかかっている時点で勝ち目がないと思っている人もいるかもしれない。必ずしもそうではない。

合戦「民法改正」

 高裁判決の後、国会に改正民法案が提出され、「離婚後の共同親権の導入」に関する改正民法が成立した。この法案に対してぼくたちは仲間とともに反対してきた。改正民法で親子が引き離されるという原告の被害が解消されるのだろうか。もしそうなら、「訴えの利益がない」と言われて司法で負けても悔いはないけど、そうは思えなかったからだ。

 この法案の問題点は、違法な司法運用を法で追認するのが主眼の、司法官僚主導の法改正だということだ。したがって、「法案に協力義務や人格尊重義務って書いてあるじゃないか」と言えば言うほど、司法の権限を強めてしまう結果になる。

 この法案に対して、親の権利の固有性を明記すること、子どもの利益については、父母双方の平等の養育を受ける機会を明記することが記載されていれば、司法判断も妥当になる、とぼくは集中的に国会議員と世論に働きかけた。この点が明白でなければ、法案による父母の責務は、国家による道徳の押し付けになる。

あの腐敗した支配層、わけても司法に人の道を教えてもらうのか。逆だろう。

強すぎる親権/弱すぎる親の権利

親になったからには子どもの世話はせっせと自己犠牲的にするのは確かだろう。しかし、それは国が求める人材に自分の子を育て上げるためになすことだろうか。であれば、親でなくてもそれはできる。

親が子育てするにおいて、善悪の価値判断も含めて、自分が培った価値観をもとに子に接していると自覚していない人が、親の権利性を否定するのではなかろうか。そもそも「親には権利がない」とか言う人は、国も含めた第三者が子育てに口を出してきたとき一度も反発したことがないのだろうか。

たしかに、子育てが周囲に合わせることに価値が置かれてなされる部分が多いから、この点あまり自覚されなかったというのはあるだろう。

「普通が一番」「他人に迷惑をかけちゃだめ」と言いたがる人は多い。学校は自発性を育てるよりも、上の命令に従順な人材を育てるサラリーマン養成学校になっている。家は国家に必要な人材を供給する国家の下部機関であり、学校もまたそのための人材養成機関であったからにほかならない。

この秩序を維持していたのが、戸主や親権者、学校長という専制的なミニ天皇たちだ。従わなければ追い出される。

戸主制は廃止された。子の家への帰属を明示させる権限者として親権者は残った。

勘違いされている。日本においては家秩序の体現者としての親権者の権限は強い。しかし国も含めた第三者に対して親の権利は弱い。

だから、親権のない親の権限は養子縁組にすら口を出せないほど無に等しい。子に会えない程度の泣き言は、被害ですらないというのが、司法の発想であり、そしてそれを内面化した少なくない人々の認識でもある。

 この点をジェンダーバイアスを刺激することで運動化したのが、共同親権反対運動というの名の、国家主義的な別居親差別運動である。

しかしながら彼らは当て馬に過ぎなく、司法の権限を守るために司法官僚が子どもに会えない親とのつぶし合いをしかけただけだ。その点では対抗馬に担ぎ出された親子ネットはじめとした別居親団体も、同じ司法官僚の手のひらの上で踊っていたにすぎない。

ささやかながらぼくたちが仲間と張った論陣は、反対意見の矛盾とその意図、なぜそれが出てくるのかの仕組みを可視化することで、法案は通ったにしても、司法官僚にせよそこそこの打撃を受けたと思っている。司法への不信が国会議員の間でも口にされる結果になったからだ。

共同親権とは、婚姻制度と親子関係を分離させること

 ところで、法案自体は通ったものの、運用についての詳細はこれからだ。そして既得権を守るために現行法制度の不公平な運用を温存させようという勢力はそれなりにいる。

 司法は自身の裁量の幅は守った体裁はとっているので、これから前例や主観に基づく司法判断を、放っておけば出し続けることは想定できるストーリーだ。これに対して現在、司法の専横を縛る可能性があるのが共同親権訴訟の最高裁判断になる。

 共同親権とは、婚姻制度と親子関係を分離させることを言う。

婚姻制度とは、婚姻中に生まれた子を嫡出と推定することによって成り立つ制度だけど、必然的にこの制度によって非嫡出子という存在が必要とされる。

父母と子の関係が婚姻に左右されないことになれば、そもそも「婚姻外の差別的取り扱い」の意味がなくなる。親においては婚姻内外の地位の不平等を問うた本件訴訟は、子における差別もまた解消する。

この点、高裁レベルの下級審においても判断がばらついだ。そもそも司法が違法な判断の下手人である以上、自分たちの責任逃れをするためには、訴えた原告たちを被害者とするわけにはいかない。下級審の判断における倒錯した論理は、この結論から導かれる。

 通常の国賠訴訟であれば、下級審で積極的な憲法判断がなされ、最高裁は保守的な場合が多いけど、この問題に限って言えば逆になる、と今さらながらぼくたちは気づいた。

自分たちの保身のために、被害者を生み続けた最高裁を、いっしょに謝らせよう。(2024.8.7)

「2027年開業って何か根拠があったんですか?」

 久しぶりにJR東海が開いた工事説明会が6月3日、4日にあった。その2日目の4日の説明会で、手を挙げてJR東海のリニア建設の担当部長、古谷佳久さんに聞いてみた。

 JR東海は今年3月、2027年開業予定を正式に取り下げた。長らくJR東海はリニア工事の遅れを静岡県のせいにしてきて、マスコミもその主張に同調してきた。

 そんなとき、静岡県の川勝平太知事が自分の失言で知事職を続けられなくなった。JRとしてはリニア工事阻止のシンボルを表舞台から引きずり下ろすことができた。一方で、工事の遅れを静岡県のせいにするという作戦が大手メディアともども使えなくなり、前からわかっていた工事全般の遅れを公表せざるをえなくなった。「いいものが来るんだから」と完成を前提に協力を強い、生活被害を我慢させてきた沿線自治体の首長たちも、JRに住民に対して工期を示すように求めてきたので、この日の説明会に至った。

 表題の質問は、2日目の説明会でしたものだ。2日間説明会があったのは、有害残土(JRは「要対策土」と呼ぶ)を置いてその上に変電施設を作る計画を、関連自治会向けにJR東海がすることにしたからで、1日目は大河原地区の住民向けの説明会だった。説明会の後半では村内のリニア工事の遅れとその工期の設定をした。JRは3~4年の工期の遅れを地図に進捗状況を落とした工程図を示しながら表明している。この日は住民が意見を言えるようにとマスコミは入れなかった。

 2日目の説明会は、村民全体を対象に説明会を実施して、説明の順番は工期の遅れと工期の説明が前半、後半が有害残土の設置計画の順番になっていた。JRが工期の遅れを静岡県以外で正式に表明する機会なため、マスコミの取材要請が殺到し、この日JRは一社1人の入場制限を課し、フリーランスについては断っている。といっても、名前を書かされるわけでもないので、記者も村外の人も住民席に入って聞いていた。だいたい住民席の後ろ側は業者が多く占めているので席は余っている。

 記者の制限は今回が初めてだけど、撮影は冒頭のみという制約には、住民として長らく抗議してきた。というのも、実際、報道されて困るのは質問にまともな根拠がなく答えられないJRの側だからだ。

 冒頭の質問は、ぼくが1日目の資料を見て計算しなおしたところ、工期は3~4年の遅れではなくて、実際には2035年になり遅れはざっと9年になることを示した後にしたものだ。

「もともと難しいのわかってたんだから、遅れた時点で事業としては失敗です」

 JRが示したデータをもとにぼくが計算しなおした工期を説明した後に、JRに問うた。もともと2027年開業なんて、死んだ会長の葛西の願望か、名古屋までの開業後にいったん工事を中止し、大阪までの開業への資金をためる期間を設ける、というJR都合の予算スケジュールに合わせたもの以外の説明ができない。

 「2027年開業って何か根拠があったんですか?」という質問に報道席からちょっとどよめきがあった。そんな質問記者がしとけよ、と思う。

 ところで、工期のスケジュールがJRの予想では全然あまあまだという質問へのJRの回答は、ぼくが出した月進50m程度という計算式を肯定していた。その上で、これまでは災害による道路の不通や残土置き場の確保、それに掘削に手こずったなどの理由で遅れた。今後はそれらについてクリアできるからもっと早く進むので大丈夫という、まったく根拠のないものだった。

 説明会終了後に大鹿村の交流センターの玄関を出ると、記者とカメラに取り囲まれた。日頃は全然村に来ないくせに現金な連中だとは思うけど、自分も同業者なので断ったりしない。「JRは今後は工事がスムーズに進むと言っていますが」とやり取りについての質問があったので、「これまでトラブル続きだったから、今後もトラブル続きと考えるのが普通じゃないでしょうか」と答えたら、NHKでコメントが使われていた。

 この日からさらにJR工事の説明会を受ける機会は6月中に2回あった。1回は村長以下、役場の理事者が地区ごとにやってくる住民懇談会での村からの説明。もう1回は定例議会後に開かれる村のリニア連絡協議会での県や業者も含めた工事の説明。

 ぼくにはこの4月から上蔵地区の自治会長の役が回ってきていたので、懇談会の日程調整や協議会での自治会代表委員として出席を求められたのだ。一方で、JRが主催した最初の住民説明会では、有害残土の恒久処分がなされる当該自治会の自治会長であるにもかかわらず、事前に自治会への日程調整や趣旨説明が何もなかった。

 この点について1日目の説明会で、「上蔵の人は子どもじゃないんだから、自分たちのことは自分たちで決められますよ」と怒って言ったら、「家に行ったけど不在だったからこちらで全戸配布をした」という。2日目でも白々しく同じ説明をするので、「そういうことじゃなくてどういう説明の仕方を受けるかを決めるのはこっちのほうという意味だよ」と念を押した。

 JRとはこういうやり取りが多すぎる。リニアに賛成の人もJRの態度に怒ってしまう。これも工事が進まない原因の一つだ。ちなみにJRは説明会の案内では、「変電所の建設説明会」と示して、「要対策土」という言葉すら記載していなかった。その上2日目の説明会の時間も場所も書いていなくて、それについて突っ込む質問まであった。

 その一方で、ぼくが発言して再質問して3度目になると、司会は賛成派の住民を指名してしばらく嫌がらせでぼくを指名しないという作戦を実行。その住民は、リニアのおかげで道がよくなったと言い、「そういう質問は後で個人的にやってくれ」と注文を付けるといういつものお芝居も見ものだった。

 再度指名されたときに、「今日はJRがみんなの意見を聞く会なんでしょう。みんなにもかかわるものだから質問をしている。そんなこと言われたらみんな自分の意見言えなくなるでしょう」と言い返した。

 それでも説明会は2日ともJRにとってみれば厳しい意見が出たし、日頃おとなしいと評判の村民が出席して、ダンプの往来についての窮状を切々と訴える場面もあった。

 終了後に記者たちに囲まれたとき「住民の間で分断も起きていたようですが」と聞かれたので「それは仕込みでしょ」と答えておいた。絵にはならないのはわかっている。

(2024.7.17「越路」40号、たらたらと読み切り180)

改正民法の父母の協力義務は「フレンドリー・ペアレント」条項か?

改正民法の父母の人格尊重義務・協力義務

 改正民法の817条12-2には「父母は、婚姻関係の有無にかかわらず、子に関する権利の行使又は義務の履行に関し、その子の利益のため、互いに人格を尊重し協力しなければならない。」という規定がある。

 この条項をもって、子の連れ去りや引き離し行為をした親は非協力的な親として不適切とされ、それら行為が抑止されるととともに司法の親権選択において不利になるのではないかと期待する向きがある。

海外では司法判断において、裁判所が親権者を指定する際に、元配偶者と子の面会交流に肯定的な親を優先するという原則が「フレンドリー・ペアレントルール」として定着してきた。その日本版がこの条項に反映されたというのだ。

国会審議でもこういったことについて例示した上で質問され、法務省側は司法判断でそう判断することはありうるとしている。共同親権側で発言してきた弁護士たちもそう言っている。本当だろうか。

「バカ」と元妻に言ったら不適格な親

 この条項は法制審議会の最終段階で具体的な文言が出されてきたものだ。

 よそでこの条項がフレンドリー・ペアレントとして機能すると耳に入れてきた仲間に「ほんとにそうなの」と聞かれたとき、「会わせない相手にバカと言ったら不適切な親にされて親権はく奪の理由になるんじゃない」と答えた記憶がある。

「でも議員さんもそう説明している」というので、「決めるのは議員じゃなくて裁判所」と非情な事実を指摘した。法務省の答弁が「ありうる」のは当たり前で「ありえない」場合もありうる。

自然的な関係に対する倫理的な規定

 この条項を受けて仲間内で議論したとき、司法に嫌な目に遭った面子ばかりだったので、否定的な反応が多かった。

 この条項の問題点は、人格尊重や協力の義務が課されるのが「夫婦」ではなく「父母」である点だ。民法には752条で「夫婦は同居し、互いに協力し扶助しなければならない。」という規定がある。この条項自体は現在の司法運用では空文化している部分が多い。

とはいえ、この条項は婚姻制度という国の法規範のもとに個人が服することによって生じる規定である。この婚姻制度は人為的なものなので、中身も変えられる。不服なら服さないという選択肢も可能だ。

 一方で、夫婦はもともと他人だが親子は人為的なものではない。子どもが生まれたら国に出生届を出そうが出すまいが親子は親子だ。子に対する権利義務は父母にはあると思うけど、その中身に協力義務や人格尊重義務といった道徳規範を盛り込むことはどうなのか。

「その子の利益」を国が決める

「その子の利益のため」とあるからいいじゃないか、という反論はあるだろうなと思う。問題は「その子の利益」を決めるのが父母であるとはされていないことだ。

例えば、アメリカなどでは、子の最善の利益について双方の親との関係維持が州の公共政策であるとの規定があったりする。どうしてこういう規定が可能かといえば、特定の子の利益についてまずもって考えるのは、その子の父母であって国も含めた他人ではない、という前提に気づいたからだ(要するに共同親権)。会えもせずに空想的に「子の利益」を父母が想像したところで、子には利益にならない。

父母の権利性がなければ裁判官の主観を肯定

この点、ちゃんと共同親権、共同親権プロジェクト、共同親権訴訟で2月7日に法務省に申し入れた意見書では、1 婚姻状態によらず、子の養育をする固有の権利を実父母が持ち、父母双方による養育環境を維持する責務を国が持つ理念規定を設けること、2 子の監護について「子の利益」を裁判所が判断する時の規制基準として、「男女平等(養育時間における父母同権)」「頻繁かつ継続的で直接的な親子関係を維持すること」を盛り込むこと、という規定の設置を求めた。

逆に言えば、父母の権利性についての具体的な言及が条文にない状態での、父母の人格尊重義務や協力義務は、裁判官の主観や古臭い判例を反映した「協力」や「人格尊重」の判断を肯定することになってしまう。

子どもに会えない親たちは、それに怒って法改正を求めたが、今は「裁判官様の主観は私たち親の未熟な判断より尊いのです」と喜んでいる。

子どもに「あんた」と言ったら不適格

 ぼくにも経験がある。子どもに「あんた」と言ったら、子に不適切な発言をしたという理由にされて、監護に関する司法で負けた。出身地の大分県では、親しい相手に「あんた」というのは普通だけど、裁判官の悪意を自分の世間の狭さで正当化するとこういうことができてしまう。

 人格尊重は別に父母に特別に課されるものでもないし、子どものために父母が協力する場面があるのは言うまでもない。ただし、父母がいつもいつもデレデレ仲良くするのを「演じる」ことが子の利益なのだろうか。

互いに和解できない場合には、相手の価値観に「関与しない」ということも協力だろう。子どもの利益は父母が喧嘩をしないこと、とすることにぼくが否定的なのはその理由だ。

子のために互いに真剣になれば喧嘩にもなって、その場合にたしかに国も含めた第三者が関与することも正当化されうるだろう。それを前提としない解決策は、一方が他方に常に服する、ことになる。しかしこれは単独親権制度で親権者の言いなりになって「いつまでたったら他人になれるんだ」と愚痴をこぼす、子どもを人質にとられた親の姿そのままではないか。

 この規定は、国の家族支配と家父長制家制度の遺産を正当化するものであって、このままでは共同親権とは相いれない。(2024.7.31)