養育費に悩んでます

新算定基準が親たちを苦しめる

 単独親権制度の撤廃を求めて国を訴えた、共同親権運動のホームページに養育費のピンハネ問題について声明文が載せたからか、相談やホットラインで養育費に関することについて問い合わせが増えた。

 DVに苦しんだシングルマザーが精神的に不安定になって虐待するといったような記事は少なくない。別居親のほうも、一様に家族と引き離されて不安定になっていたり、鬱状態になっていたりすることは多い。相手からはDVがある場合も少なくないけど、子どもとの引き離しは虐待だし、強いられた環境に不適応になるので、そうなるのは当たり前だ。男性の場合は支援も行き届かない。

 そんなわけで、仕事を続けられなくなって転職や休職をしたり、部署替えで給与を減らされたりすることも多い。そうなるとこれまでの養育費は支払えなくなるので、元妻(夫)と話したり、減額調停を裁判所に申し出て負担を軽くせざるをえない。双方が一時的な環境の変化によって子育てが困難になったら、国が児童扶養手当という形で母子(父子)世帯を支援することになる。

 ところが、昨年12月に最高裁判所が提示した新算定表で計算しなおすと、減額どころか増額になり、減額調停を取り下げる判断をせざるをえなくなったという話が入るようになった。ほかにも減額調停を申し出たほうがいいんでしょうかという相談を受けるのだけど、あらかじめ算定表で確認しないと、調停を申し出たばかりに負担が増えるということになりかねない。

 こういった相談が入る時点で、この新算定基準は失敗だったということがよくわかる。

入った相談は父親たちだった。彼らは払う意欲があるけど、負担が大きいので減額したいと言っている。別れた後も養育にかかわろうとするいい父親を虐待してどうするのだ。やがて意欲を失って支払わなくなったらどうする。

勃興する養育費産業

 そこで登場するのが、養育費ピンハネビジネスだ。すでにピンハネは子どもの権利侵害だという認識は広まりつつあるので、相談が入る。

 特に問題なのが、こういったビジネスが、元夫(妻)とのかかわりをもちたくない人をターゲットになされているところだ。特に相手との関係が面倒になって子どもを引き離し、そうなると父親(の場合)のほうも養育費を支払いたくなくなって滞る。そこで母親の側はスマホで手軽に申し込める徴収代行ビジネスにアクセスする。

 父親のほうは子どもと会えれば支払う意欲はあるのだから、徴収代行ビジネスの弁護士事務所から弁護士口座に振り込むように連絡が来ると、事情を話してその点についての元妻との話し合いを弁護士事務所のオペレーターに提案する。しかし、オペレーターは交渉事務は非弁行為になってできないので(すでにこの時点で非弁行為の可能性はある)、一方的にもともとある取り決めでの徴収業務に進むことになる。

 もともと支払えなければ自己破産も選択肢だけど、社会的信用は失う。しかし、自分の生活を犠牲にしてまでピンハネに協力するのは納得がいかない。

 ここで得をするのは誰だろう。

 父親から直接母親の口座に振り込むことができたなら、母親側は子どものためのお金を満額受け取り使うことができる。しかし父親は母親と話ができず、子どもと会えもしない状況では、そのお金がほんとうに子どものために使われたか不信を抱き、支払いを躊躇する。徴収代行ビジネスはこういった父親からも、もともとの取り決めに基づき取り立てることはできるだろう。子どもは父親への思慕を絶たれ、母親は受け取れるはずの養育費が目減りし、そして、徴収代行ビジネスは子どもが成人するまで毎月一定の額を手にすることができる。こんなおいしいビジネスやめられない。

母親側のマイナス感情から、こんな産業が成長しつつあるけれど、やってることは子どもと別居親の搾取だ。奴隷貿易と変わらない。

決まったこと以外は子どもに会っていけないのか?

こういった質問を受けることがままある。

 裁判所に面会交流を申し立てると、月に1度2~3時間という決定が出されたりすることがあり、あまりに頻度や時間が少ないので疑問が出やすい。また調停委員も、「監護者の同意なく子どもには会えない」と平気で言う人がいる。実はぼくもつい先日の調停でそう言われた。

面会交流とは何か?

 取り決めがなければこういった疑問が湧く余地もない。何しろ「親が子どもに会うだけのこと」を制約する法律はどこにもない。ぼくも「そんな法律ないよ」と調停委員に言った。

 民法766条は、離婚後の子の監護については協議で決め、協議ができないときは裁判所が決めるという規定だ。2011年に「面会交流」と養育費についての規定が付け加えられた。それ以前は、「子の監護をすべき者その他監護について必要な事項は、その協議で定める」だけだった。

当時、榊原富士子弁護士が、この規定をもとに、単独親権においても共同監護は否定されていないと主張していた。裁判所は、親権と監護権は一体であると見るほうが楽なので、面会交流を監護とは認めない傾向が強く、したがって、月に一度2時間程度の、監護とは言い難い頻度の決定を出しがちだ(実際には、月に1回3時間以内という、FPICの支援基準に沿っているだけ)。

しかし、2011年の改正において、「この場合においては、子の利益を最も優先して考慮しなければならない。」と付け加えられたように、子どものためには面会交流がよいという趣旨の法改正だから、面会交流は「別居親の養育時間」としての監護(「身の回りの世話」程度の意味の法律用語)と呼ぶほうが、法解釈としては素直だ。

背景にある親権差別

 調停委員や一部の法曹には、単純に「親権者(監護者)が子どもの面倒を見るのだから、別居親の関与はその許可がいる」と考える者がいる。特に子どもを連れ去り引き離すことが親権確保の手法として定着しているので、別居親が同意なく子どもに関与すれば「業界の掟」が保てず、法律家としての権威が損なわれる(ついでに儲からない)。

 しかし考えてもみれば、子どもが日常的に他人に会っている中、「親であるが故に親権者の許可を得なければならない」となれば、もはや親としての人格否定で人権侵害だ。こういった発想は、同じ親なのに、別居親(親権のない親)は同居親(親権者)の意思に従わなければならないという点で、親権差別だ。

 例えば、子どもを話題に持ち出しさえすれば、「周囲をうろつくな」「引っ越して来るな」「学校に来るな」という主張が、まるで正当な主張であるかのようになされることがある。これはそれぞれ、移動の自由、居住・移転の自由、親の養育権にかかわる。これら憲法上の権利が、相手がこと親に限ってやすやすと制約できるという発想は、この場合の「子どもの福祉」が「同居家庭の安定=同居親の意思」と同一視できるので、問題ないという発想からくる。別居親の中には、同居親から「対等だと思ってるの」と言われて傷ついた人がいる。

しかし、親には親として、子どもに対して他人とは別個の固有の権利がある。そもそも「親権者だから」という理由で、親であること自体を否定できるような権限はない。親権議論で「子ども」を主語に話さないことに不満を述べる人がいるけど、親の権利が明確でなければ子どもの権利が守れないことには気づかない。

「私も監護している」

 実際、監護についての処分を裁判所が出せるにしても、民法766条4項では「監護の範囲外では、父母の権利義務に変更を生じない。」と断っているくらいだ。これがなければ、養育費を徴収する法的根拠すら出てこない。

 冒頭のような質問が出され、「周囲をうろつくな」……と言ったような無茶な主張がなされれば、「私もあなたと同じ親なんだから親権者だからといってそんな権限はない」と言えばよい。あるいは、「親権のない親は親権者の召使や部下ではない」「二級市民として見下すのはよしてほしい」と答えてもよい。そして、「私も監護者」で、取り決めがあれば、時間がたとえ2時間でも「その間は監護している」ときちんと主張しよう。

特に面会交流が債権として定められていた場合、債権債務の関係では、義務者が権利者の権利を制約できるわけもない。取り決め外の面会交流を制約できることなど嫌がらせ以外には不可能だ。

二つの家庭の自律性を保つための面会交流(養育時間)

 では何のために養育時間(面会交流)を定めるのか。子どもにとって離婚とは家が二つになることだ。しかし、それぞれの家庭は子どもを共有していても自立した別個のものだ。たしかに双方がそれぞれ子どもと接する権利はある。しかし、いつでもどこでもどんなときでもとなれば、それぞれの家庭は、いつ別の家庭の親がやってきても文句は言えないし、そうなると日常生活は送れない。だから双方の家庭が自立した生活を送るためには、お互いの養育時間を取り決め、それぞれ面倒を見ている間は他方が干渉しないのが平和なのだ。

 ぼくの場合は、元妻とその夫が、わずか4時間の面会交流に度々現れて監視したり、娘を交番に連れ込んだり、ぼくの知り合いに子どもを会わせることにいちいち口を出して制約の理由とする。しかし、ぼくが彼らの家で子どもが誰かと会っていることに口を出せば、彼らも憤慨するだろう。差別意識がなければこういったことはできない。

 逆に言えば、それぞれの家庭が別個にかかわれる学校行事などへの参観が制約される理由はないし、安否確認や偶発的な接触、家庭外での日常における触れ合いを親権者の意思一つで制約することはできないし、実際問題それは不可能だ。

だから、住居侵入や学校における庁舎管理、つきまとい規制など、本来子の親に対して用いられれば親子関係が成り立たないような法規定でもって、別居親への勾留や別件逮捕を権力が親権者と結託して加えるようなことがままある。これらは権利濫用の弾圧にほかならない。(2020.9.6)

青森県警の違法民事介入事件、秋田高裁は不当判決

話し合いで身体検査

「悲しみはない。判決は今の日本の縮図。通達に違反した警察を裁判所が守る。裁判所は法律を守れと言いたい」

 仙台高等裁判所秋田支部(秋田高裁)前で原告の佐久間さんは、佐久間さんの控訴を棄却して一審の判決を維持した8月24日の高裁(潮見直之裁判長、藤原典子、馬場嘉郎裁判官)判決を批判した。

 佐久間さんは、2013年に妻からの電話で青森県警黒石警察署での「話し合い」を提案され、警察署に足を運んだ。別居していた妻とは一年近く連絡がとれなくなっていて、二人いる娘さんとも会えなくなっていたので、不安を抱えながら話し合いの場に出向いたという。

 ところが、警察署では危険物を持っていないか警官からいきなり身体検査を強要された。しかも妻との話し合いなのに、市役所の職員や娘の通う保育園の園長も同席していた。佐久間さんによれば、話し合いというよりは妻からの一方的な非難を聞かされ、しかも市役所の職員や園長が佐久間さんに離婚を迫る状況だったという。

 警察署からの帰り際、今回の「話し合い」の根拠を聞いた佐久間さんは、黒石警察署の署員からDV防止法8条2項の被害防止援助による「被害防止交渉」との説明を受けている。

佐久間さんに暴力がなかったことに争いはない。

ところが、妻側が警察に訴えただけで、佐久間さんは「DV加害者」とされた。

また、DV防止法8条2項や、警察庁からの通達では、警察の介入は過剰な民事介入を抑止するため、「身体的暴力が加えられている事案」に限定されている。したがって、今回の黒石警察署の介入は違法であり、精神的損害を受けたとして、佐久間さんは黒石署を管轄する青森県を訴えた。

「周囲からは何かしたんじゃない?と見られた」

 そう佐久間さんは当時を振り返る。警察からの呼び出しで状況に絶望した佐久間さんは、黒石署からの帰宅後嘔吐を繰り返し、自殺未遂を起こしている。一審青森地裁弘前支部は、佐久間さんが黒石署から説明を受けた、特別法のDV防止法の規定ではなく、一般法の警察法2条で、「警察は個人の生命、身体等の保護に任じ、犯罪の予防その他公共の安全と秩序の維持に当たる責務を有する」と定めているから、違法ではないとした。

 特別法が優先されるとする法律の一般原則を一審が取り違え、また、警察法2条2項では、警察活動が憲法の定める人権尊重規定の範囲内に限定されていることから、今回の黒石署の対応は実質的にも違法であると、高裁で佐久間さんは主張した。しかし 潮見直之裁判長らは一審を維持して控訴を棄却している。

 判決について佐久間さんの代理人の葛西聡弁護士は、「妻側は実際には呼び出しの日には話し合いを予定していなかったのに、警察官に言われたらいやとは言えず佐久間さんを呼びだした。警察活動による実際の生活への悪影響には目をつぶっている」と判決を解説した。

「本当は介入すべきでないのに介入した。呼び出しに至る経緯は詳しく認定していながら、佐久間さんがその後苦しみ、保育園との関係も悪くなるという影響があったことはまったく記載していない。わかってもらえなかった」(葛西弁護士)

司法のチェック機能の放棄

「被告青森県(黒石署)からは、裁判になってから、私がSNSのミクシィに、妻のことを「マジキチ」と書いているという証拠が出された。スクリーンショットを写真に撮ったものを見せられたが、私はそんな書き込みはしていないが、似たような投稿をツイッターにはしていた。ツイッターは投稿文の修正はできない。

裁判になって『証拠』を初めて見て驚いた。現在も、『マジキチ』という記載のない原文の投稿は残っているが、私はミクシィの投稿は知らない。しかも警察は、捜査関係事項照会をミクシィやプロバイダーに対して行なっていない」

ところが裁判所は、捏造証拠を事実認定した。

「『被害防止交渉』にしたって、一警察官ができることじゃなくて組織ぐるみのはず。妻は、被害防止交渉の申出書を書かされており、生活安全課長も黒石警察署長も決済しているから、警察官が説明を間違えたとは考えにくい」(佐久間さん)

しかし裁判所は、こういった経緯も誤魔化して認定し、チェック機関としての役割を放棄した。

「裁判官よ、お前もか!です。ごまかす方法を必死で考えている。それが仕事なんだからかわいそう。不自由な判決しか書けないんだなと。法律は国民のためにあるのではなく、行政が自らをごまかすためにあることがよく分かった」(同)

秋田高裁の言論弾圧

この日、佐久間さんは判決後の集会で、判決前に秋田高裁から呼び出しがあったことを明らかにした。

 佐久間さんは判決と、裁判所とは別の場所で開く予定の報告集会を告知するチラシを作り、前日、秋田駅前で配って街頭宣伝活動をした。裁判所の書記官は、このチラシを取り出し、「裁判所の中で集会はしないように」と、佐久間さんに釘を刺したのだ。

「裁判所外で行うと書いてるのに、わざわざ呼び出して口を出す。言論弾圧だ」

佐久間さんは憤る。

実際、司法からこのような指摘を受けること自体、市民の側の表現や集会活動を萎縮させる効果を持つ。

背景にある男性差別

「自分が男性でなければこんな目に合わなかったのでは」

佐久間さんは嘆息する。

判決を法廷で聞いたライターの西牟田靖さんは、判決後の集会で、「子どもに連れ去られ、我が子に会えなくなる問題は、昭和のころには明るみに出ず、2010年代に明るみに出た。性役割が当たり前で子どもに愛着のない人は世の中にけっこういる。自分も妻に求められて子どもの面倒を見ているうちに子どもへの愛着を持つようになった。そういう意味では妻には感謝している。

今少子化で結婚できない男女も増え、離婚率も上がっている。別れた後も双方が子どもを育てるようになるのは時間の問題」 と背景事情について触れ、最後にこう警鐘を鳴らした。

「司法は、”別れているのに育てたいのはおかしい”と、性別分業の判断をしがち。問題は法曹の人たちです」

(2020.8.30 宗像 充)

各地で工事が大幅遅れ。リニア開通は早くても2031年以降!?

長野県側の工事も2027年開業は無理

「小渋川非常口」に至る道路

2020.08.17

「小渋川非常口」に至る道路は増水した川で路肩が流出した(撮影・前島久美) JR東海が当初予定していた「リニア中央新幹線」の2027年開業。いま、静岡県での工事未着手がどう影響するかということが大きな話題となっている。  

南アルプストンネルの長野県側の起点である大鹿村に住む筆者は、今年7月の豪雨災害で、リニア工事現場が被災しただけでなく、すでに村内で5年の遅れが出ている現場があることをレポートした(「『問題だらけのリニア工事』。静岡県側でなく、南アルプストンネル長野県側も驚愕の惨状」参照)。  

しかしこの遅れを挽回できれば、2027年にも間に合うという意見もある。実際はどうなのだろうか。 「今までの掘削ペースを見る限り、長野県側でも2027年開業には間に合わない」  

そう強調するのは、長野県側でリニア問題に取り組む飯田リニアを考える会の春日昌夫さんだ。  

6月27日には、川勝平太・静岡県知事と、金子慎・JR東海社長との間で会談が行われ、金子社長は工事の進捗についてこう述べている。

「(大井川最上流の)西俣から掘り出して斜坑を掘っていくと長野側と山梨側に伸びるんですが、一番長いのが長野県側3.5kmと3kmあります。(略)順調にいって月進100m(1か月に100m掘削する)と言われています。そうなると西俣から掘り始めると65か月、5年5か月かかることになります」  

すでに金子社長がこだわっていた「7月中の工事開始」のリミットは過ぎている。春日さんは「実際の掘削ペースを見ると、月進100mはとても無理なのでは」という(詳細な計算式は「南信リニア通信」というサイトが詳しい)。

増水した小渋川を望む

増水した小渋川を望む。対岸の崩壊地の下を残土置き場として計画したが、予定地は豪雨で水没 現在、大鹿村内の南アルプストンネルは「小渋川非常口」と「除山非常口」が先行している。

「延長1150mの『小渋川斜坑』(本線トンネルに伸びるトンネル)は2017年7月3日に掘削を開始し、2019年4月5日に斜坑の掘削が完了。2019年8月23日から本線トンネルの先進坑(本線トンネルに並行して掘削するパイロットトンネル)の掘削を開始して、現段階で480m掘削したといいます。  

斜坑・先進坑合わせて1630mを946日で掘っているので、1日当たり1.72m。30倍して月進51.7mの実績です。同様に計算すると、『除山斜坑』は月進40.2m。今年3月3日に掘り始めたばかりの『釜沢斜坑』は、月進18.6mにすぎません」  

予想されたことだが、南アルプストンネルの掘削は一筋縄ではいかないようだ。

トンネル工事の進み具合で計算すると、開業は早くても2031年9月以降!?

豊丘村の福島てっぺん公園から伊那谷を見下ろす

豊丘村の福島てっぺん公園から伊那谷を見下ろす。高架橋や天竜川の橋の建設は、2017年の予定だった

「『除山斜坑』は本線トンネルとの交点まで残り575mですが、延長を1850mとする資料もあるので、残りを 555mとします。本線トンネルの交点から静岡工区との境までは約5090mなので、合計するとあと5645mを掘削しなければなりません。この部分が長野工区ではいちばん距離が長い。この5645mを月進51.7mで割ると約109か月、9年1か月です。  

つまり、現在のペースなら掘削終了は2029年9月。これはいちばん早いペースの『小渋川斜坑』での計算式なので、『除山斜坑』の月進40.2mで計算すると、11年8か月。完成は2032年4月です。 金子社長はガイドウェイを作って最終的な試験をし、それが2年ぐらいかかると川勝知事に説明しています。開業は早くても2031年9月~2034年4月以降でしょう」(春日さん)  

実際、厚生労働省の「トンネル建設工事の工法等について」という資料によると、代表的なトンネル工事で月進100mを超えた例は少なく、発破を使っても80~100m、機械掘削だと60m前後が多い。

「金子社長も『本線トンネル部分の西俣斜坑交点から長野側の3.5kmに65か月かかる』と言っています。月進は54m程度で、長野県側でいちばん早い『小渋川非常口』の掘削よりやや早い程度」と春日さんは見ている。工事はトンネル上部から地上までの高さが掘り進むにつれ1000mを超え、慎重を期さねばならない。静岡側の工事が長野県側よりスムーズに進むとも考えにくい。

工事着手は3年遅れ、ヤードは豪雨災害で水浸し

2017年12月に起きたトンネルの外壁崩落

2017年12月に起きたトンネルの外壁崩落。事前にクラックを確認していたのに、JR東海は納期に間に合わせるため火薬の量を倍にした JR東海7月17日、大鹿村内の「青木川非常口」の掘削を開始した。これで県内5本の本線トンネルのうち2本目の伊那山地トンネルの掘削が始まった。2014年の認可から2027年の開業までもうすぐ折り返し点というのに、いまだ3本のトンネルが未着手だ。  

23.3㎞ある中央アルプストンネルでも、複数の断層を横切るため難工事が予想されている。ところが2019年4月、岐阜県側の「山口非常口」で掘削開始後200mの時点でトンネルが崩落。急きょ、予定していなかった先進坑を本線トンネルに並行して掘り、工事の安全を図るという、抜本的な計画変更がなされている。  

JR東海は、大鹿村に至る残土運搬用アクセス道路のトンネルの掘削でも、2017年12月に出口付近で火薬の量を倍にし、外壁の崩落を起こしている。このように、工事を急げば同じ過ちが繰り返されるおそれがある。

伊那山地トンネル「坂島非常口」への道路

伊那山地トンネル「坂島非常口」への道路は、水害によって各所で被災した 長野県内の地上部分の本格工事も始まっていない。それに加えて、今年7月には豪雨災害が起きた。伊那山地トンネルを挟んで大鹿村の反対側の豊丘村でも、今回の豪雨で「坂島非常口」に至る林道が寸断された。この「坂島非常口」も2018年掘削開始予定だった。

「坂島非常口」のヤードは水に浸かっていた

「坂島非常口」のヤードは水に浸かっていた。2017年の掘削予定だったが、まだ始まっていない とりあえず土を寄せた個所があちこちにある道路を、のり面や路肩の崩壊を眺めつつ「坂島非常口」の現場に行くと、道路脇の掘削予定地はやはり未着手。来年に掘削が始まったとしても、予定より3年遅れだ。ヤードの中は水浸しだった。静岡県だけでなく、どこもかしこも工事が遅れているのだ。

山梨県「早川非常口」に至る橋の手前

山梨県「早川非常口」に至る橋の手前は、昨年の台風19号で陥没 JR東海のサイトでは、ほとんどの部分の工事契約が締結されてはいる。筆者は2020年3~5月、アウトドア誌の取材(『Fielder』51、52号)でリニアの沿線を自転車と徒歩で全線トレースしている。8割以上が地下部分の工事なので、地上から見える部分は限られるが、実際には「順調」とは言えない状況だった。  

山梨県側は、2016年10月26日に南アルプストンネルの「早川非常口」の工事が着手され、2017年6月に8か月で斜坑の掘削を終えている(日進62.5m)。いちばん捗っているはずの「早川非常口」の現場に今年3月に行ってみると、坑口に通じる橋が2019年の台風で通行止めになっていた。渇水期を待って改修をするというが、その間にこの豪雨災害が起きている。

残土置き場が決まらず、地権者との交渉も進まず

山梨県内でも残土全量の処分場は未定

早川町内ではビルのような残土置き場が各所に現れている。山梨県内でも残土全量の処分場は未定 地上部分の工事では、静岡県に限らず、長野県南木曽町や阿智村のように「残土やアクセス道路、水源問題などが先に片づかなければトンネル掘削は認めない」という自治体もある。長野県内で排出される970万㎥の残土のうち、残土置き場が決まったのは現時点で50万㎥にも満たない。   

地権者交渉も難航している。神奈川県、山梨県では住民によるリニア工事反対のトラスト運動が続く。神奈川県駅~相模川間の区分地上権の地権者は850軒あるが、団結して弁護士を立てている地域もあり、交渉がすんなりといく見込みはない。  

山梨県では、JRの工事についての説明を拒否している自治会や、工事差し止めを求めて裁判を起こした地権者もある。長野県駅周辺や本線の予定地でも、話し合いに応じない意思を示す地権者もいる。  こういった問題は、最終段階でJRが強制収用の意思を示してはじめて可視化する。しかし、開業時期が設定できなくなり「最終段階」が見通せなくなった。もはや、静岡県の水問題だけが解決しても、リニアはまだまだ前に進めない。 <文・写真/宗像充>

ハーバービジネスオンライン
https://hbol.jp/225897

親の権利を言おう

「面会交流の権利性」

 子どもとの面会交流は憲法上の権利で、実現のための立法措置を国会が怠っているのは違法だとして、国を訴えた訴訟の控訴審判決が13日、東京高裁であった。白石史子裁判長は原告の請求を退けた一審東京地裁判決を支持、訴えを棄却した。

判決は「憲法上保障された権利とは言えない」と述べ、「面会交流の法的性質や権利性自体に議論があり、別居親が権利を有していることが明らかとは認められない」と述べたという。

かねてより、面会交流の権利性が議論の的になり、その場合、親の権利か子どもの権利か、あるいは親に権利性はあるのか、について論争が続いている。どんな権利も議論はあるけど、「法的性質や権利性自体に議論がある」こと自体が、別居親の権利性を否定する根拠になるわけない(櫻井智章「面会交流権の憲法上の権利性」法学教室2020年3月号)。

「権利ではなく義務」というその理由

「面会交流は親の権利ではなく子どもの権利」

「親権は権利じゃなくて子どもへの親の義務」

という主張をよく聞く。親が会いに行かなければ子どもは親に会えないのだから、親子双方に権利があるに決まっているし、子どもの面倒を親が見ないで他人が子どもの権利を主張したところで意味はない。「あなたやあなたの兄弟や親せきに子どもがいるなら、施設に入れてからまず議論したら」と言い返すことにしている。

一方で、海外では、親責任や親の配慮と、親権という概念自体が変化してきた。だから親の権利性自体を否定したがる議論が、共同親権に賛成の人の中でも多い。法務省の議論もそれをなぞっている。

こういった議論は論点のすり替えに陥りやすい。権利の概念を個別に論じることで、親の役割が社会の基準でいかようにも規定されることになりがちだ。単独親権制度では親権のない親の権利を否定しても、それが親の役割ならば肯定される。

例えば、ドイツが「親の配慮」と親権の概念を変えても、ドイツの連邦基本法には、子の養育と教育は、親の自然的権利とある。アメリカは親権に関する考え方から、子どもの権利条約に入っていない。フランスでは「親の権威」という言葉を使うけど、父母に固有のものであるとの規定もある。そしてどの国も共同親権に移行し、親の関係と親子関係は分離されている。

日本ではもともと「裁判所は親権指定においてフェアである」「親権指定されなかった側は『問題がある』」という誤った推定があり、しかも、こういったデマを法律家がまきちらしている。現状権利ではなく義務や責任だけ強調すれば、親権のない側の権利性だけを否定し、親権差別の根拠にできる。だから、単独親権温存派は、あえて権利性を否定するために親の義務を強調する。単独親権制度の立法事実を否定するための親権議論だ。

単独親権制度とは男女平等の否定と性役割の強制

 例えば、職場で女だけがお茶くみをさせられたりすることに対し、不平を言ったら「義務を果たしてから権利を主張したら」と言われたら、どんな気分になるだろう。親権議論とはリンクさせず養育費の義務化のみを主張することは、日本語に翻訳すれば、「男が子育てなんて、義務(金)を果たしてから権利(子育て)を主張したら」ということになる。

 白石裁判長が、「法的性質や権利性自体に議論がある」ことを理由に、権利性を否定するというのは、要するに、「四の五の言わずに男は黙って金払え」ということだ。

 「面会交流を親子交流にしよう」(親子はそもそも交流する対象ではない)とか、「支援がないから共同親権は無理」(DVシェルターに公的資金を投入するためにDV法をつくったのに)とか、そんなことを言っているぐらいなら、「共同親権が最大の子どもと家族への支援」と、別居親たちもなぜ言わないのだろう。

 権利とは幸せになるための選択だ。

だったら、子どもと触れ合う十分な時間をもつことが権利でなくてなんだというのだ。奴隷のように働き、「ちゃんとした親」を演じるために、疲れ切っていても絵本の読み聞かせをするのはたしかに義務かもしれないけど、それがあなたがやりたいことか。男も女も、好きなことができ、子育てでも仕事でも余裕のある日常を送れる。それを阻んでいるのが、性役割を強制する単独親権制度だ。

子育て改革なくして働き方改革はないし、単独親権撤廃はそのための一丁目一番地だ。

「裸の子ども」の福祉

 先日、子どもに会いに千葉まで行ったら、子どもが待ち合わせ場所の駅前の交番前まで来て「帰る」という。娘は録音を命じられていた。「ちょっとまってよ」と追いかけたら、胸元にスマホを入れ(て録音する)た元妻の夫が現れた。何の事件性もないのに、娘を受け渡し場所の交番に連れ込む。先日は、彼が面会交流を近所の銀行のロビーで監視していた。前回は元妻といっしょに娘を引き連れて現れて、娘の顔を見せてぼくの前に立ちはだかった。

「今はぼくが子どもを見る時間だから帰ってください」と何度もお願いすると「つきまとうのをやめたら……」という。彼は法律上の養父だが、今は面会交流の義務者だし、なんで親が他人に、「つきまとう」と言われるのかと思うと傷つく。そもそもぼくのもとに娘を送り出したのは母親と彼なので戸惑いもする。

娘は彼の味方をするのに必死で、ぼくの言葉をなんでも否定するので会話にならない。娘は「お前なんか親じゃない」とぼくに言い、「こっちがパパだ」と彼を指す横で、彼は黙ったまま。元友達だし、まだ赤ちゃんだった娘をぼくが育てる様子を彼も知っている。娘の言葉より彼の態度に唖然とする。

子どもが親を決めるのだろうか。

親の権利を否定すれば彼の態度も娘の態度も妥当に思える。

だけど、親権や面会交流を論じるときに「子ども」と言ったとき、その意味するところは二種類ある。「親に対する子ども」と、「年少の子ども」だ(共同親権訴訟の稲坂弁護士が発見した)。親に対する子どもの権利や福祉を論じるときに、「年少の子ども」を対象とする権利を論じても意味はない。これを「裸の子ども」とぼくたちは呼ぶ。

親のことを第一に考えられるのは両親で、第一義的責任を負うのも両親だという前提のもと、子どもの権利条約における、「親に対する子ども」の権利は構成されている。それを「年少の子ども」の意味で使えば話がかみ合わない。「万引き家族」はこの二つの「子ども」の間のズレをめぐって引き起こされるドラマだ。

「年少の子ども」の福祉を自分なりに考えて、彼は「つきまとう」とぼくに言ったとしてみよう。だけど、「親に対する子ども」をもとに論じれば、面会交流は子育ての時間だ。娘とぼくが言い合うのも親子喧嘩だ。娘が帰ろうとしても、子育ての時間に責任があるのはぼくになる。そこに子どもが望んだとしても登場すれば養育妨害になる。

「あなたのお父さんだから行ってきなよ。意見が通らなくてもあなたが解決しなきゃ」と、親子の権利を尊重して、子どもを送り出す親やその結婚相手も当然いる。もちろん最初からそう言っていたら、娘の態度も違っている。(2020.8.15)

「問題だらけのリニア工事」。静岡県側でなく、南アルプストンネル長野県側も驚愕の惨状

7月の豪雨災害で道が寸断、集落が孤立

釜沢集落に至る道路

釜沢集落に至る道路は、地割れしたアスファルトが撤去されていた。路肩を見ると、どの程度地面がずり落ちたのかがわかる 筆者はリニア南アルプストンネルの長野県側の起点、下伊那郡大鹿村に住んでいる。現在、静岡県側での工事開始をめぐって、静岡県知事とJR東海が対立している。そこで指摘されている「工事現場の危険性」や「工事の遅れ」は、長野県側でも進行している。  

今年7月に入ってからの豪雨で、大鹿村内で“最奥”に当たる釜沢集落は、集落に続く道路で地滑りが起きた。そのため7月17日まで9世帯15人に避難勧告が出て、住民は4日間孤立した。この集落の下方に南アルプストンネルの掘削起点が2か所あり、そこに至る道路も不通になった。

道路は地割れで損傷

道路は地割れで損傷。左の電柱と右の電柱を比べると、傾いているのがわかる 釜沢集落への道路は17日から住民と関係車両のみ通行が可能になり、筆者は21日に自転車で現場に入った。  

地滑り個所は現在、地割れしたアスファルトを撤去し、道路をならして仮復旧している。電柱は倒れ、電気は通じているがライフラインは極めて不安定な状況だ。

釜沢地区

渓谷の狭い一本道で至った先に釜沢地区がある。南朝の宗良親王の伝説もあり、スローな生活が営まれている

リニア工事につきまとう「地滑り」のリスク

 車から自転車に乗り換えた個所から、水平方向に集落に続く道と、リニアの工事現場に下りていく道に二股に分かれている。この二つの道をまたがる地面がずり落ちた。畑で農作業中だった女性・Aさんはこう語る。

「集落の川向うの斜面も落ちて、崩壊音がすごかった。1週間集落の外には出ていないけど、いつも覚悟はできていた。米と味噌があればなんとかなる。郵便は、通行止め個所の手前に郵便配達の人が置いて行ったのを、集落の誰かが持ってきてくれた」 「孤立」とはいえ、地域での自給自足的な生活を落ち着いて続けていた。大鹿村内の集落の多くは地滑り地帯の上に発達していて、地滑りはリニア工事のリスク要因の一つだ。

「事業者は『関係車両を今日は2~3台だけ通させてくれ』と言う。これまでも、なし崩しに増えて行って結局は何往復もすることになった。こんな状況で工事を再開されても困る」(Aさん)

工事現場に至る県道の路肩は大きく崩壊していた

工事現場に至る県道の路肩は大きく崩壊していた 警戒の矛先はむしろリニア工事だ。「下の道」が通行止めのため、「関係車両」が集落内を通って現場に向かうことになった。

「下の道は県道で、行政による災害復旧では手続きの関係で復旧までに半年かかる。それだと遅れるからJRと鹿島建設で復旧するというけれど、まだ地滑りは続いている。どうなるかわからない」(同)

スケールを見ると40cmほどずり落ちていた。地面はまだ動いている

スケールを見ると40cmほどずり落ちていた。地面はまだ動いている 上下に家々が立ち並ぶ集落を下り、下の県道の通行止め箇所を見に行くと、ショベルカーでの復旧工事が続いていた。路肩が大幅に崩壊し、石垣が道路に崩れ落ちている。

非常口、変電施設、橋梁……すべてが遅れて見通し立たず

「除山非常口」の掘削現場を覆うフェンスは倒壊していた

「除山非常口」の掘削現場を覆うフェンスは倒壊していた 集落の下を流れる川の上流にある工事現場を見に行った。現場までの道路は現在、JR東海の工事専用道路になっている。そのため、山道をたどって川の対岸からトンネル掘削地を眺めた。豪雨で流されたのだろうか、工事現場のフェンスがなくなっていて現場が丸見えだった。ほかにもフェンスが倒壊した場所や、フェンス下の地面が崩落した箇所が対岸から見えた。  

被災は見たところフェンス周辺だけに見えるので、掘削工事は再開できるかもしれない。しかし、いくらJRが頑張っても地滑りを止めることはできないし、重機を自由に持ち込める状況ではない。現実は厳しい。  

大鹿村内には4か所のリニア本線トンネルに通じる斜坑掘削地があり、完成後には非常口となる。JR東海は2014年10月の認可後、2016年11月に大鹿村内で起工式を行い、今回見に行った「除山非常口」を2017年4月に、同年7月から「小渋川非常口」を掘削しはじめた。

「青木非常口」は中央構造線沿い

「青木非常口」は中央構造線沿いにあり、難工事が予想される 釜沢地区にはもう1か所「釜沢非常口」があり、こちらは2020年3月から、そして伊那山地トンネルの「青木非常口」は2020年7月17日に掘削を開始している。  

工事認可後の2014年の事業説明会では、村内非常口は2015年秋、変電施設は2016年、小渋川に架ける橋梁は2017年にそれぞれ掘削・建設を始めるとされていた。非常口については、いちばん早い「除山非常口」の工事着手も1年半遅れとなっている。未着手の変電施設や橋梁も、それぞれ4年遅れ、3年遅れとなっているうえに工事開始の見通しは立っていない。  

大鹿村の現状も、JR東海が目標としていた「2027年の開業」に間に合うものではまったくない。静岡県側の工事の遅れによってリニアの完成時期が先延ばしになるといった報道が見られるが、長野県側でもやはり工事は遅れているのだ。

「小渋川非常口」の対岸に予定された残土置き場

「小渋川非常口」の対岸に予定された残土置き場予定地は、今回の豪雨で完全に水没 遅れの理由はいろいろある。例えば、路線の維持管理の経験はあっても、建設工事の経験のないJR東海は、地元との調整や手続きにもたついた。もともとJRとしては、起工式が行われた「小渋川非常口」からの工事開始を予定していた。しかし、住民が掘削予定地の保安林解除に異議を申請して、2年近くの遅れが出た。  

2015年秋着工の予定だった「釜沢非常口」も、現場に至る橋梁の建設に手続き上の時間がかかったうえ、保安林解除の地権者交渉でつまずいた。ヤードの規模を縮小して、5年遅れで2020年3月にやっと着手できた。

住民の理解得られず、未解決の残土処分

釜沢地区の残土仮置き場

釜沢地区の残土仮置き場はすでに満杯。先の豪雨では、後背の斜面が轟音を立てて崩落したという 大鹿村内だけで300万㎥(東京ドーム2.4個分)とも言われる大量の残土処理も、遅れの大きな原因だ。村内の残土置き場はどこも10万㎥以下の小さなもので、平地が少ないのでその数も限られている。  

当初、村外の残土置き場は谷を埋めて造成する予定だったが、下流住民の反対でとん挫したり、地元住民との調整に手間取ったりしている。長野県南部の伊那谷では、1961年(昭和36年)の「三六災害」で各地が被災し、その経験が共有されていたのだ。

「三六災害」とは、死者行方不明者136名、浸水家屋1万8000戸以上、土砂崩れ約1万箇所という、伊那谷を襲った豪雨による大災害だ。大鹿村内での今回の降雨量は、この「三六災害」を上回った。残土置き場造成への住民の反発は、大きくなることはあっても小さくなることはないだろう。  

実際に「青木非常口」は5年遅れで着手したが、隣接する村の残土置き場をリニア工事に使用するため、大鹿村内の別の場所にその残土を移すという迂遠な作業をしていた。釜沢地区では残土を農地に仮置きしたが、その場所はすでに満杯になっている。

長野県が飯田市への残土搬出のために建設した道路

長野県が飯田市への残土搬出のために建設した道路は、濁流に流された。その復旧工事も、その後の雨でさらに流された 残土の処分場が決まらないので、予定地に仮置きした残土を片づけられずに変電施設も建設できない。また、飯田市に建設予定のリニア「長野県駅」で立ち退く住民の引っ越し先造成のために、大鹿村の残土を利用することになっていた。しかしこの残土を排出するために長野県が建設した河川敷の道路も、今年の豪雨で流出した。  

こういった豪雨は近年頻発していて、残土の問題があと5年できれいに片づくとは思えない。「被災現場の復旧と残土の処分地探しで、トンネルを掘りたくてもできない」というのが、長野県側のリニア建設工事の実情だ。

2020.08.07

ハーバービジネスオンライン
https://hbol.jp/225400

崩落だらけの大井川最上流のリニア工事現場。「建設工事」どころか「復旧工事」の有様

昨年の台風19号の豪雨が、建設現場を押し流した

西俣建設予定地に至る林道

西俣建設予定地に至る林道は、2か所で崩落川勝平太・静岡県知事は6月11日、大井川源流域のリニア中央新幹線建設予定地を現地視察。リニアの建設を急ぐJR東海の金子慎社長は、掘削予定地周辺の整地・伐採など、「6月中に準備の了解が得られないと、2027年の開業は難しくなる」と述べ、現地で難色を示していた。  

その後も川勝知事は首を縦に振らず、金子社長は記者会見で2027年開業が困難であることを表明している。  

知事訪問時の6月11日は大雨で、川勝知事は静岡県側に3か所ある工事予定地の中では、いちばん手前にあたる「椹島(さわらじま)」を視察。残土置き場予定地の「燕沢(つばくろさわ)」で引き返した。しかし実は、その先にもリニア工事の建設予定地があるのだ。筆者はそれに先立つ2週間前の5月末、山越をえして最上流の西俣工事予定地を見てきた。

ちょうど1年前の現場

1年前の西俣非常口建設予定地。整地は終了していた

同じ場所から1年後

同じく西俣非常口建設予定地の1年後(今年5月末)の姿。ごっそりと地面が流出している 1年前にも筆者は同じ場所を訪問していたが、前にはあった入口ゲートは消えていた。そこから先の地面がごっそりとなくなっている。昨年10月に上陸した台風19号の豪雨が押し流したのだ。資材置き場だった個所のすぐ下まで河原になり、岩の上に鉄板が不安定に取り残されていた。

電柱が横倒し

河原を見ると、電柱が横倒しになり資材が散乱していた リニア工事のために建てた電柱に1年前は電線が渡してあったはずが、今回は見当たらない。「おかしいな」と思ってゲート(があった場所)付近から河原を見下ろすと、電柱が横倒しになっていた。  

ここには最上流の登山基地の「二軒小屋」から徒歩でちょうど1時間かかる。二軒小屋から予定地までの林道は2か所で大規模な崩落が見られ、それぞれ補修作業が行われていた。始まっていたのは建設工事ではなく復旧工事だった。

リニアの工事現場は崩壊地だらけ

ここから先へは徒歩でないと入れない

土砂が完全に道をふさぎ、ここから先へは徒歩でないと入れない。ショベルカー1台がのんびり復旧作業を続けていた 6月11日に現地を訪問した川勝知事は「ここに救急車が入ってこられると思いますか」と作業員の安全性を強調した。二番目の土砂崩れ個所で道は埋められてショベルカーとダンプカーで除去作業をしていたので、実際にはそこから先は救急車どころかクルマは入れない。道のあちこちに大きな石が落ちていて、晴れていてもいつ土砂崩れが起きるかとヒヤヒヤする。

搬出用のトンネル掘削口

搬出用のトンネル掘削口の手前まで、川が土砂を押し流した JR側もこの現場に至るまでの林道の危険性は認識していて、リニアの本線トンネルに至るトンネルのほかに、土砂運搬用のトンネルをここから掘る予定で、昨年はその個所に立て看板が立っていた。その看板の手前5m付近まで河原が広がっている。  

二軒小屋までは山梨県側の早川町新倉から、南アルプスの一画である白根南嶺の伝付峠を越えて、登山者の足では8時間かかった。この登山道は毎年崩壊していて、不安定な岩稜の上にロープが渡されている。通過時は「こんなところに道を作るのか」と足がすくんだ。  

南アルプストンネルは、山梨県側の糸魚川―静岡構造線と長野県側の中央構造線という、日本を代表する2つの大断層間の25kmを結んで山脈をくりぬく。プレートが削り取った、鉋屑の集合体のような地質となっている。静岡県知事の視察でも崩壊地を指摘していたように、地質は脆弱で一帯は崩壊地の展示場のようだ。西俣の工事現場予定地の上部にも崩壊地が望める。

昨年の復旧工事が、今年7月の豪雨で無駄になってしまった!?

取り残された重機は赤さびていた

取り残された重機は赤さびていた 仮にリニアが開業されたなら、ここは南アルプストンネル内でトラブルが起きたときの避難場所となる。昨年の台風19号では二軒小屋から下流の林道も3か所で崩落している。標高差もあるので、トンネル出口まで1時間かかったとして、ここに出てきたとしても現場が現在のような状況では、1000人近くの乗客は途方に暮れるだろう。  

この先にはダムがあり、かつては林道が伸びていた。今は、ガードレールがわずかに残るだけで跡形もない。豪雨災害による地形の改変は、この地域では日常のことなのだ。工事予定地の奥には、掘削を待つばかりだった重機がそのまま取り残され、キャタピラが赤さびていた。  

知事の訪問の2日後の13日、国土交通省の水嶋智鉄道局長も現地を視察。記者会見で「観念的、抽象的な言葉のやりとりに陥ることないように」と、両者が議論を進めるよう注文した。

コンクリートも押し流す

増水した水流の力は強く、コンクリートも押し流す その後に起きたのが今年7月の豪雨災害だ。川勝知事は7月21日に再び現地に至る林道を視察。被災状況を確認し、中断している工事の再開について「机上の空論だ」と主張した。昨年の災害の復旧工事は、半年後の災害で無駄に終わってしまったのだ。  

川勝知事の一連の発言は、現地を見た人間の目から見て控えめだった。「2027年の開業は難しい」(JR東海)どころか、どれだけ期間が延びてどれだけ費用がかさむのかは測り知れない、難工事だらけのリニア中央新幹線。作業員や工事の安全を考えるべきなのは、本来なら静岡県知事ではなく、工事を進める国やJR東海のほうだ。

<文・写真/宗像充>

ハーバー・ビジネス・オンライン
https://hbol.jp/225039/2

狼と暮らした男

朝日新聞には山岳専門記者がいる。今は、長野支局にいる近藤幸夫さんがしている。

大鹿村に引っ越してきてから、『ニホンオオカミは消えたか?』という本を出して、勇んで村まで取材に来たのが近藤さんだった。信州大学山岳部のOBで、以前なら退職の年らしいけど、「定年がのびたんだ」と山ネタを書き続けている。ヒマラヤの雪男、イエッティの取材もしたことがあるそうで、こういう話が大好きだ。

ニホンオオカミの生存説については、戦後、近藤さんの先輩の斐太猪之介という元朝日新聞記者が、『オオカミ追跡一八年』ほか、著書を何冊も出して、「もういない」が定説のアカデミズムに挑戦状を叩きつけた。以来、影響を受けてオオカミを探しを続ける人が今もいる。 

『ニホンオオカミは消えたか?』では、その中の一人で秩父でオオカミ探しを続ける八木博さんを登場人物に取り上げて本にまとめた。近藤さんも子どものころに影響を受けて、斐太に手紙を書いたことがあるそうだ。

今、その本では入りきれなかったニホンオオカミに関する謎の続きを、アウトドアの雑誌のフィールダーの連載で紹介している。連載を始めるとまた、近藤さんが興味を持って村までやってきた。

近藤さんは、『怪奇秘宝 「山の怪談」編』というムック本のコピーを持ってきてくれた。それを見ると、「三重県山中に存在した『ニホンオオカミ』の痕跡―〝変な犬〟を飼っていたひとりの男」という記事が出ていた。それは大台ケ原を源流とする大杉谷の山荘で一人暮らしをする男性が、ある日道で出会った「変な犬」としばらくの間いっしょに暮したという記事だった。写真も出ていて、なんだか犬ともキツネともつかない動物の写真が2枚ある。

このイヌ科動物のことを、ぼくは八木さんのところで聞いたことがあり、そのとき写真も何枚か見たことがあった。西田智さんという元高校の校長先生が、大分の祖母山系で2000年に撮影して、当時のニホンオオカミ研究の第一人者、今泉吉典氏がニホンオオカミと鑑定した写真の動物と当てはまる特徴があるように見えた。この動物のことを、存命中の今泉氏から教えてもらって直接本人のところに出向いて写真を入手した八木さんは、半信半疑だったようだ。そんなわけでぼくも行っても成果があるかなあとそのままになっていた。

記事を見ると、この犬についても、今泉吉典氏本人の鑑定が手紙でなされていたことがわかった。オオカミとニホンオオカミのF1雑種だという。現金なもので、専門家の鑑定意見があれば自分でも検証してみたくなる。フィールダーの編集部に話して行ってみることにした。

せっかくなので、斐太さんの本に登場する山の作家、宇江敏勝さんにも取材を申し込んだ。斐太の『オオカミは生き残った』という本に、宇江さんと斐太が紀伊半島の谷で夜釣りをして、おもしろいほどウナギがとれたエピソードが出てくる。その中で、以前宇江さんが山仕事をして造林小屋にいたとき、飼い犬がオオカミに食べられたという話もある。宇江さんからオオカミの糞も送られてきたともあるという。

宇江さんの自宅は、今は田辺市になっている熊野古道の中辺路、野中にある。熊野大社からもそんなに遠くない。山の作家なので古民家に住んでいるのかと思ったけど、家は比較的新しい。本に囲まれた書斎で、原稿用紙に短くなった鉛筆で仕事をしているようだった。

宇江さんに、斐太さんの本に登場するご本人の下りを読んでもらうと、「これは斐太さんの創作」とあっさり否定した。

「斐太さんの文章はおもしろいんだけど、あんまり科学的じゃない。例えば、山にシカの足跡があったとする。斐太さんは『鹿がたくさんいる。だからオオカミもいる』という。別のときに山でシカの足跡が見られなかった。そうすると『オオカミがシカを追い払った』という」

そんなの何とでも言えるじゃないですか、と宇江さんに突っ込んでも仕方がない。実際斐太さんの文章はそういう強引なところがあって、だからおもしろい部分もある。

「ぼくは実際にオオカミは見たことはないから姿かたちはわからない」

そう断る宇江さんに、「オオカミ見かけたら教えてください」と頼むと、まじめな顔で「はい」と言ってくれた。

その日のうちに大杉谷に移動した。かつては人跡未踏の魔境でく、紀伊藩主だった徳川吉宗が探索と開発を命じて人が入るようになったという。宮川の源流に向かって散在する集落を経て、無人の登山センターに着くころには暗くなっていた。さらに奥、吊り橋を軽自動車で渡り、林道の東屋で一泊。翌朝早く、今は営業していない大杉谷山荘に8時に着くと、半裸のTさんが「10時と言ってたのに自分都合だな」と言いながら出てきた。ぼくもそう思う。

「勉強してきたか」と大きな声で話すTさんにテラスのテーブルに案内された。しばらくの間犬といっしょに暮した「オオカミ」の写真を見せられた。何となく、というか一見犬に見える。

「おれがこれをオオカミというのは形じゃない。生態から。犬とは全然違う。そのころうちには犬を飼ってたけど、他の犬がそいつを避ける。餌をやると鍋がこんなに曲がる。すごい顎の力だ。ぴょんぴょん跳ねて走る。走るのは犬より遅いけど、歩くのはトロットで犬より速い。犬は呼んだらまっすぐ来る。そいつは木に隠れながらやってくる」

ほかにもいろいろ聞いたのだけど、じゃあ自分がどの程度オオカミの生態を知っているかというとおぼつかない。とはいえ、動物好きのTさんの解説は詳しく、「帰っていろいろ調べてみます」と言って話を終えた。録音したテープで遠吠えを聞くと迫力がある。

長野に帰る前に、大杉谷を途中までさかのぼった。どこまで行っても岩壁を穿った道が上流へと続き、途中大滝や美しい淵が広がる。たどり着いた淵でインスタントラーメンを食べようと足を投げ出すと、なんだか襟の周りがかゆく、手を伸ばすとヒルがいた。ほかにも靴の中やシャツの間にヒルがいて、血を吸って大きくなったものもいた。

景色は美しいけど落ち着かず、天気もそれほど持たないかもしれないと思ってそそくさと帰路に着いた。途中山荘によって挨拶すると、Tさんはこまめに庭仕事をしていた。40まで会社勤めをしていたというTさんは、やりたいことをやろうと山荘を買い取ってここで一人暮らしをして30年。「仙人」と呼ばれているそうだ。

ぼくが帰ると告げると、「ヒルがついているからよく確かめろよ。靴下の中までいるから」という。「わかってます」と言ってなんだかかゆい腹を見ようとシャツをめくると、小指ほどのヒルが吸い付いていた。

(「越路」17号、2020.7.21、たらたらと読み切り157)

(詳細はフィールダー8月発売号で)