青森県警の違法民事介入事件、秋田高裁は不当判決

話し合いで身体検査

「悲しみはない。判決は今の日本の縮図。通達に違反した警察を裁判所が守る。裁判所は法律を守れと言いたい」

 仙台高等裁判所秋田支部(秋田高裁)前で原告の佐久間さんは、佐久間さんの控訴を棄却して一審の判決を維持した8月24日の高裁(潮見直之裁判長、藤原典子、馬場嘉郎裁判官)判決を批判した。

 佐久間さんは、2013年に妻からの電話で青森県警黒石警察署での「話し合い」を提案され、警察署に足を運んだ。別居していた妻とは一年近く連絡がとれなくなっていて、二人いる娘さんとも会えなくなっていたので、不安を抱えながら話し合いの場に出向いたという。

 ところが、警察署では危険物を持っていないか警官からいきなり身体検査を強要された。しかも妻との話し合いなのに、市役所の職員や娘の通う保育園の園長も同席していた。佐久間さんによれば、話し合いというよりは妻からの一方的な非難を聞かされ、しかも市役所の職員や園長が佐久間さんに離婚を迫る状況だったという。

 警察署からの帰り際、今回の「話し合い」の根拠を聞いた佐久間さんは、黒石警察署の署員からDV防止法8条2項の被害防止援助による「被害防止交渉」との説明を受けている。

佐久間さんに暴力がなかったことに争いはない。

ところが、妻側が警察に訴えただけで、佐久間さんは「DV加害者」とされた。

また、DV防止法8条2項や、警察庁からの通達では、警察の介入は過剰な民事介入を抑止するため、「身体的暴力が加えられている事案」に限定されている。したがって、今回の黒石警察署の介入は違法であり、精神的損害を受けたとして、佐久間さんは黒石署を管轄する青森県を訴えた。

「周囲からは何かしたんじゃない?と見られた」

 そう佐久間さんは当時を振り返る。警察からの呼び出しで状況に絶望した佐久間さんは、黒石署からの帰宅後嘔吐を繰り返し、自殺未遂を起こしている。一審青森地裁弘前支部は、佐久間さんが黒石署から説明を受けた、特別法のDV防止法の規定ではなく、一般法の警察法2条で、「警察は個人の生命、身体等の保護に任じ、犯罪の予防その他公共の安全と秩序の維持に当たる責務を有する」と定めているから、違法ではないとした。

 特別法が優先されるとする法律の一般原則を一審が取り違え、また、警察法2条2項では、警察活動が憲法の定める人権尊重規定の範囲内に限定されていることから、今回の黒石署の対応は実質的にも違法であると、高裁で佐久間さんは主張した。しかし 潮見直之裁判長らは一審を維持して控訴を棄却している。

 判決について佐久間さんの代理人の葛西聡弁護士は、「妻側は実際には呼び出しの日には話し合いを予定していなかったのに、警察官に言われたらいやとは言えず佐久間さんを呼びだした。警察活動による実際の生活への悪影響には目をつぶっている」と判決を解説した。

「本当は介入すべきでないのに介入した。呼び出しに至る経緯は詳しく認定していながら、佐久間さんがその後苦しみ、保育園との関係も悪くなるという影響があったことはまったく記載していない。わかってもらえなかった」(葛西弁護士)

司法のチェック機能の放棄

「被告青森県(黒石署)からは、裁判になってから、私がSNSのミクシィに、妻のことを「マジキチ」と書いているという証拠が出された。スクリーンショットを写真に撮ったものを見せられたが、私はそんな書き込みはしていないが、似たような投稿をツイッターにはしていた。ツイッターは投稿文の修正はできない。

裁判になって『証拠』を初めて見て驚いた。現在も、『マジキチ』という記載のない原文の投稿は残っているが、私はミクシィの投稿は知らない。しかも警察は、捜査関係事項照会をミクシィやプロバイダーに対して行なっていない」

ところが裁判所は、捏造証拠を事実認定した。

「『被害防止交渉』にしたって、一警察官ができることじゃなくて組織ぐるみのはず。妻は、被害防止交渉の申出書を書かされており、生活安全課長も黒石警察署長も決済しているから、警察官が説明を間違えたとは考えにくい」(佐久間さん)

しかし裁判所は、こういった経緯も誤魔化して認定し、チェック機関としての役割を放棄した。

「裁判官よ、お前もか!です。ごまかす方法を必死で考えている。それが仕事なんだからかわいそう。不自由な判決しか書けないんだなと。法律は国民のためにあるのではなく、行政が自らをごまかすためにあることがよく分かった」(同)

秋田高裁の言論弾圧

この日、佐久間さんは判決後の集会で、判決前に秋田高裁から呼び出しがあったことを明らかにした。

 佐久間さんは判決と、裁判所とは別の場所で開く予定の報告集会を告知するチラシを作り、前日、秋田駅前で配って街頭宣伝活動をした。裁判所の書記官は、このチラシを取り出し、「裁判所の中で集会はしないように」と、佐久間さんに釘を刺したのだ。

「裁判所外で行うと書いてるのに、わざわざ呼び出して口を出す。言論弾圧だ」

佐久間さんは憤る。

実際、司法からこのような指摘を受けること自体、市民の側の表現や集会活動を萎縮させる効果を持つ。

背景にある男性差別

「自分が男性でなければこんな目に合わなかったのでは」

佐久間さんは嘆息する。

判決を法廷で聞いたライターの西牟田靖さんは、判決後の集会で、「子どもに連れ去られ、我が子に会えなくなる問題は、昭和のころには明るみに出ず、2010年代に明るみに出た。性役割が当たり前で子どもに愛着のない人は世の中にけっこういる。自分も妻に求められて子どもの面倒を見ているうちに子どもへの愛着を持つようになった。そういう意味では妻には感謝している。

今少子化で結婚できない男女も増え、離婚率も上がっている。別れた後も双方が子どもを育てるようになるのは時間の問題」 と背景事情について触れ、最後にこう警鐘を鳴らした。

「司法は、”別れているのに育てたいのはおかしい”と、性別分業の判断をしがち。問題は法曹の人たちです」

(2020.8.30 宗像 充)

「自粛の要請」という自己責任論

「自粛の要請」という言葉が世間にあふれている。「自粛」というのは、本来であれば可能なことを自身の判断で差し控えることだ。やることによるリスクとやらないことによるリスクを天秤にかけ、一つの決断をするそれは冒険だ。したがって、他人から要請される類のものではない。

自粛を要請されて思い出すのは、国立市の公民館が印刷機の利用について枚数制限をかけたときのことだ。印刷機利用で作っていたミニコミは発行が難しくなった。制限の理由はこのままでは消耗品費が足りなくなるからという「行政の都合」だった。含意は、(事実上禁じておきながら)従わないなら結果は自分で引き受けろ、という「自己責任論」だ。他に選択肢があるかもという疑問はそこで封じられる。

学生時分は仲間がよく山で死んだが、葬儀のときに山に行く奴を批判するのは野暮だった。流行り病で死ぬのは怖い。しかし何が怖いって、冒険すること、知恵を出し合って難局を乗り切ることの権利を大政奉還することだ。憲法が受けている挑戦を、そうぼくは理解している。

(「反改憲」運動通信No.11 2020.4.30)

山とナルヒト 第4回 「宮様」が山に来るとどうなるか? 

編集部には徳仁の登山で引き起こされる自然破壊とかを書いてくれ、と頼まれた。この注文には難しいところがある。一つには、何度も同じ山に登る人は多くないので、たとえ徳仁が登ったとしてもどう変わったか、はじめてその山に登る人にとってはあまりわからない。

反天皇制運動連絡会が、「木を切って植樹なんておかしい」とよく植樹祭を批判して、ぼくもそう思う。だけど反対運動で行った山奥の会場で広大な駐車場や広場があって、「ここは以前からこうでしたよ」とウソついて言われると「そんなことないでしょう」と言えないのと同じぐらい歯切れが悪い。反天連の人たちが運動(ムーブメントじゃないほう)好きとも思えないのでいっそうそう思うところもある。

 とはいえ、実際にはルートが整備されたり、山小屋のトイレがきれいになったり、目に見える変化があったようだ。よく挙げられるのは、上越国境の平ヶ岳への登山ルートがそれ以前には往復11時間かかっていたのが、徳仁用に奥只見ダムの銀山平からのショートカットルートが新たにでき、往復7時間ほどになった(1986年10月)。

 一般的には自然破壊の末の行為だろうからけしからんと思うけど、楽なルートができてよかった、と思う登山者もいるのはわかる。現在このルートは地元の宿に泊まることでアプローチの林道を送迎してもらい利用ができるという。金で「楽な道」を選んだ登山者は「宮様のおかげ」と思う部分はあるだろう。

 徳仁は同年八月、南アルプスの荒川三山に登っており、そのときに当時大鹿村所有の荒川小屋に宿泊している。このとき大鹿村は徳仁のために静岡県側からヘリでトイレを上げたという。ところが徳仁は「みなさんと同じものでいいですから」とこのトイレを利用しなかった。このエピソードは地元では美談として残っている。

この年26歳の徳仁は、先に触れた奥多摩棒ノ折山や八ヶ岳、利尻山、伯耆大山など全国各地に足を伸ばし、同様のルートや施設の改修、やり取りがあちこちの山であっただろう。

 ぼくも平ヶ岳の北の越後三山の中ノ岳に登ったときに、平ヶ岳への新道の起点の銀山平に入った。とはいえ、宿に泊まる金も発想もなかったし、沢登りに来たのでそもそも登山道からの登山では当時は行かない山域だ。

もちろん、皇室が来ることへの地元の特別扱いへの批判はできる。しかしそれは登山でなくてもする批判だ。ただ自分のために用意してくれた地元の好意を「特別扱いしてほしくない」という理由で断るなら、そもそもそんな登山はしないか特別な地位(皇室)を自ら手放すしかないと彼の行為を見て思う。

登山の魅力の一つに自分の力をつけてより困難な課題に挑むというのがある。そう考えると「ズルして山に登る登山者」をさもありがたがる風潮をはびこらせた天皇制の罪は重いな、とぼくは思う。

(府中萬歩記74号 2020.4.30)

先取り! リニアの旅(前編)

Fielder Vol51で、リニアの沿線を東京から山梨まで自転車で旅したルポを書きました。また同号で、「『絶滅』野生動物生息記」の第12回「ニホンオオカミ編」で「オオカミかヤマイヌか」というタイトルで書いてます。