最高裁申し入れと八丁堀の会

最高裁要請

共同親権訴訟の上告理由書を4月初めに最高裁に提出し、4月15日から最高裁判所前情宣を毎月始め、6月には署名を提出した。7月12日は4回目の最高裁行動で、申し入れを4人で行なった。最高裁では事件にかかっている案件について要請を受ける部屋が用意されていて17人まで入ることができる。担当者は事件係の町島さん。聞き役なのでひたすらメモを取っている。

ぼくは何度か最高裁の中に入ったことがあって、弁論も傍聴したことがある。西門側は通用門になっていて、昼休みになると職員が出てきてチラシを手渡すことができる。要請を受ける部屋もこちら側にある。事務棟の正面なのでマイクでしゃべると聞こえまくりだと思う。反対側のお堀端には最高裁裁判官の部屋が並んでいるという。こっちでしゃべると裁判官の耳にも入ると言われている。

この裁判は2019年に提起し、2024年で足掛け4年になり、1審、2審とも負けている。子どもに会えない親たちは、単独親権制度がおかしいからと法改正運動に注力してきた。できあがった改正民法はいかようにも解釈でき、結局最後は裁判官が決める、ということになっている。いままで裁判官が親子を引き離してきたのだから、運用に期待できると思っている人は裁判所利用者では多くはない。なので、改正前の現行法とその司法運用が違法だったと最高裁に言わせないと、司法運用は今まで通り、前例や裁判官の主観で引き離しを許すことになる。

具体的に言えば、養子縁組の同意権や居所指定権が憲法上の親の権利であることを司法が認めれば、連れ去りや養子縁組で親を入れ替える今の司法運用は違法となる。別居親のグループの中には、「難しいことわからない」と言いながら、司法官僚の手先となってぼくたちの裁判を批判してきた人もいる。一方で、意義を理解して署名を送ってくれる弁護士さんもいたりする。ぼくたちの申し入れも、人数は少ないが代理人弁護士といっしょに行っている。1審、2審で負けたのは、司法は下手人だから下級審で判断は出せなかったということなのだろう。

改正法案が国会で成立し、それについて調停で言及する職員もいる一方で、松本家裁のように人質取引について肯定し「それ前提で考えてください」なんて暴言を吐く家裁もあるので、それについて言及した。

「いくら長官が研修を強化しようと言ったところで、反省しないとそんなの無理でしょう」

と毎回言っている。次回は人数をもうちょっと増やしたい。

八丁堀で定例集会

毎月八丁堀でグループワークや自助グループ、学習会をする。昨日13日は人数が少なくて帰ろうかと思ってたら、親子ネットの定例会に出ていた仲間がやってきた。親子ネットは法改正を目標に掲げていたんだろうから、改正されて何で集まってるのかわからないけど、集まらないと不安なんだろうなとは思う。

ぼくは度々親子ネットを批判するけど、そもそも作った人間なので権利はある。親子ネットの名前、会報のタイトルもぼくがかかわっている。人のふんどしで相撲を取るそのままだし、入会案内の文章はぼくが書いたものだ。いくら市民運動は著作権フリーの部分が大きいとはいえ、ライターに対してなめすぎの泥棒根性はいただけない。

この会と分裂したのは、何だかとにかく会社組織や官僚みたいなこと言う人がやたらいて、市民運動の経験もないのに、代表のぼくに指導したがって、言うことを聞かないと会議で揚げ足をとるばかりで、うんざりしたからだ。当時の中心メンバーと新しい会(共同親権運動ネットワーク)を作ったのが実体だ。要するに追い出された。

官僚は自分たちが法律を作る際、当事者の支持を得ているという体裁を作る必要があるので、言いなりになる市民団体を物色し、白羽の矢を立てたのが親子ネットになる。だから法制審の委員にも選出されたわけで、別に団体の政治力が高いから、というわけでも委員の人品の問題でもない。なので、もともとこの団体は官僚に歯向かうということができない。

そもそも法制審で法案に賛成したのだから、その後のロビー活動も意味ないし、困った当事者が文句を言えば「我慢しろ」というのが役割ということになる。親子ネットがなくなれば、与党政治家と官僚は別の言いなりになる別居親団体を選任するだろう。

別に親子ネットに行く人がいてもかまわないけど、せっかく長野から上京した身としては出会える人が少ないと寂しいというのはある。司法にいじめられないだけの経験と力を付ける場というのはあったほうがいいので、ちょっとは役立てたらいいなとは思う。てなわけで来てくれてありがとう。この6月からメンズカウンセリング協会の認定を受けた。お金払ってみたよ。(2024.7.14)

拝啓 立川憲法集会様

明日は憲法記念日です。4月29日付で、立川の憲法集会の主催者に、子どもに会えない親へのヘイトを繰り返す木村草太の起用について見解を求めましたが、5月2日になっても返事がなかったので公開します。以下。

立川憲法集会担当者様

お世話になります。大鹿村に住んでおります宗像です。
国立に住んでおりました。現在共同親権訴訟の原告です。子どもと引き離された父親です。

5月3日に、憲法集会で木村草太さんの講演を予定されておられるとお聞きし、メールしました。
私たちは2019年に単独親権民法の違憲性を問う憲法訴訟を起こしました。
木村さんはそれ以前から、共同親権に反対の立場をとり、それはそれで意見の違いでいいのですが、子どもに会えない親を、罵倒する発言を連日SNS、大手メディア等で繰り返しており、私たちの会や個人で、度々質問状を出したり、反論をしてきたところです。

昨日もこのような書き込みをツイッターにしていました。

https://twitter.com/SotaKimura/status/1651925458488000512
様々な情報を総合すると「離婚後原則共同親権」は ①元配偶者を誘拐罪で告発する人 ②親権者の同意なしに子の写真等を公表する人
③養育費を払ってこなかった人 ④家裁に子との面会を止められた人 にも親権を与える制度のことという理解でよいのだろうか。
それとも①~④型は「例外」なのだろうか。


意見の違いはあってしかるべきですが、特定の意見をもった人間を、問題のある人間と決めつけて連日発言し続ける行為は、法によって子どもと引き離された当事者として、怒りを感じるとともに許しがたい行為です。
このような行為が、戦争に反対する人、憲法を擁護する人、部落差別や障害者差別、人種差別等に反対する人に向けられたら、そういう人をよりによって、平和や人権の価値を擁護する憲法集会に呼ぶことはやらないと思いますが、いかがでしょうか。

この件についての木村さんの憲法上の問題点については、記事にまとめました。

復古主義者の木村草太を憲法集会でしゃべらせるのか?
https://munakatami.com/family/sotakenpou/

これらはほんの一部ですが、一連の木村さんの言動は、日本国憲法の平和主義や人権尊重の価値を冒涜するものです。
憲法集会主催者はこのような木村の発言を知って、彼を起用するのでしょうか。

正直、ぼくも立川の憲法集会ではいろいろ勉強させていただきましたし、こういうメールはお送りしたくありません。
ですが、木村さんのSNSでのヘイトスピーチは意図してやっているのが明らかで、看過できないと感じました。
私たちの憲法訴訟も6月22日には判決が出ます。
立川の市民運動にはいろいろ世話になったので、今回の人選は本当に残念で、私たち子どもに会えない親を傷つける行為だということをお伝えしたく、連絡しました。主催者の見解を聞きたいところです。


宗像 充(むなかたみつる)【共同親権運動・国家賠償請求訴訟を進める会】

山形県大江町でのカワウソ体験談

 夕方に山形県の方から電話があった。伊藤康博さんは今から20年ほど前のカワウソらしき動物の目撃情報を寄せてくれた。昨日テレビ番組でカワウソが出るものあったらしく、それで以前の体験を思い出し、ネットを検索してぼくのサイトを見つけたという。

 伊藤さんは以下のように目撃談を思い起こしてくれた。

「20年前の7月か8月。夏だったと思います。夜中の10時くらいに、近所の人が飼っている猟犬が吠えたので外に出て様子を伺いました。そうすると近くの側溝から3匹の動物がこっちに向かって走ってきました」

 「動物好き」という伊藤さんはある程度動物の種類を見分けることもできると強調する。

「タヌキでもハクビシンでもない。思い当たるのはカワウソです。カワウソの形態は理解しているつもりです。尻尾を入れないで1mほど。色は黒褐色でした。けっこう早かった」

 ニホンカワウソの場合、尻尾を入れて1m前後の個体が多いので、尻尾を入れないで1mとなるとかなり大きめの部類になる。3頭とも大きさは同じくらいだったという。3頭は伊藤さんのいるところを通り過ぎて、反対側にある大き目の側溝の方角へと消えていった。その先側溝の先1.5㎞ほどのところに、最上川の支流の月布川がある。当日は「月が出ていて明るかった」のを覚えている。足跡が残っていた。

 形状をカワウソの特徴をほのめかしながら確認すると、「尻尾は長くて3~40㎝ほどあった。付け根は太かったです。頭を下げて猫背でした。ほんとに一瞬で時間にすれば10数秒の出来事です。顔は見ています。カワウソしかありません」という。

 伊藤さんの家の近くは田んぼや家や工場がある、よくある「田舎の村」という。丘や果樹園もある。

伊藤さんの話を聞いて、「カワウソの可能性はあると思いますが、絶対カワウソとはぼくも言えません。近くだったら現場検証に行くのですが、遠いので機会がありましたら訪問させてください」と伝えて、カワウソ調査の仕方について一応一通り説明した。

本人は「絶滅しているとは知っていたのでまさかこんなところにいるはずはない」と考え、お連れ合いに言っても「酔ってたんでしょ」と否定され、誰にも言えなかったという。「今日聞いてもらえて胸のつかえがとれました」とすっきりとした口調で言っていた。

環境省がニホンカワウソを絶滅種にしたのは2012年。当時の絶滅の判断は、生息が確認された四国のカワウソの情報がないことが理由としている(実際は今に至るまで情報がある)。山形県立博物館のサイトを見ると、山形県では「大正時代まで見られた」という記述があった。ぼくのほうに入って来た情報では山形県からのものはなく、東北では十和田湖での目撃情報がある。

「貴重な情報をありがとうございました」と言って受話器を置いた。(2023.3.27)

茨木市でのカワウソ目撃情報、その2

3月20日に大阪府茨木市の池田さんという女性から、以下のメールが入った。

 @ @ @ @ @

突然のご連絡、大変失礼致します。

宗像様のブログ、2022年6月28日「カワウソ目撃@茨木市(大阪府)」を拝見し、私も茨木市在住で、この度カワウソを目撃したため、ご連絡差し上げた次第です。

今月3月9日(木)16:00頃、茨木川における●●橋周辺の河原にて、犬の散歩をしている時に、灰色がかった生物が川を泳いでいるのを発見しました。じっと目を凝らして見ていると、その生物は、陸に繋がる穴蔵のようなところになめらかに入って行き、一度こちらを振り返りました。その顔は紛れもなく、カワウソでした。私が好きなカワウソのキャラクターにそっくりで、口角が上がっており、とても可愛らしい見た目でした。

体長は60センチほどだったと思います。(1歳になる私の娘より少し小さいくらいでしたので、私の感覚的なものです)

尻尾はヌートリアより太めでした。

帰宅後主人にそのことを話すと、カワウソは絶滅していることを教わりました。主人に、ヌートリアと見間違えたのではと言われました。

しかし私はヌートリアは何度も目撃しており、カワウソと区別はつきますし、見間違いではないと思っています。

あの日以降、ほぼ毎日河原に通い詰めていますが、カワウソは目撃できておりません。

その間ヌートリアは何度かあります。

そして今日、同じように河原でよくお会いする近隣住民の男性に、カワウソを見たことがないか話しかけてみたところ、彼も見たことがあると言っていました。巣穴を作り生活しているようだと言っていました。

ただ彼の場合は、カワウソが絶滅していることを知っており、ヌートリアかもしれないのではっきりした事は言えないけど、とおっしゃっていました。

証拠の写真があるわけでもない、信じてもらえるわけがないと思っていましたが、私と同じように、茨木でカワウソを目撃したことがあるという、宗像様のブログを発見し、もし調査を続けていらっしゃるのなら、私のこれが目撃情報になればと思い、僭越ながらご連絡させて頂きました。

絶滅してしまったカワウソの生き残りが茨木川に生息していることを、願っています。

(一部改変しています)

 @ @ @ @ @

 後日電話で連絡し、詳細を確認しました。

 池田さんは以前からネットでコツメカワウソの動画を見ていて、今回目撃したことでニホンカワウソの写真も見てみたそうですが、どちらかというとコツメカワウソに似ていたということでした(ニホンカワウソはユーラシアカワウソと近いのですが、それについては知らないようでした)。どのカワウソかわからないものの、動物園でもカワウソは見ているそうです。

 2メートル先の至近距離で見ているようです。大きさ60センチというのは、サイズ的にはユーラシアカワウソよりも小さく、イタチが泳いでいるのもありえますが、上流から下流に泳いでいるのを見ているので、もっぱら川を横切るときに泳ぎを利用するだろうイタチとは違うようです。

気づいてから3~5メートルほどの川幅の、向こう岸の穴の中に消えていなくなるまで「賞味1分もなかった」。以前見たことがあるヌートリアとは違っていたので、「ワー」と声を挙げるとこちらを振り向き、2秒程度目があったそうです。その顔が、「口角が上がっていてにこっとしていて顔はカワウソ。佐保川で見た人が描いたイラストともよく似ていて、頭が平べったい。ヌートリアは見ていますが顔がかわいくない」

 目撃地付近は自然の護岸で、大き目のコイもいて釣りをしている人もいると言います。佐保川の目撃地点とはさほど離れていないので、この地域を生息場所とする個体がいるのかもしれません。(2023.3.22)

【プレスリリース】2月16日控訴審 「弁護士が選ぶ弁護士ランキング」1、2位の森元みのり、森公任(現法務省人権擁護委員)の面会交流妨害の違法性を問う本人訴訟

【控訴審第1回期日】2月16日(木)13:30~東京高等裁判所812号法廷

1審で行なわれなかった、森、森元の証人申請を行いました。

私・宗像は、元妻とその代理人が面会交流等を妨害した行為につき、本人訴訟で損害賠償請求を2021年1月に提起しました。2022年9月の一審判決(飯田地方裁判所、前澤利明裁判官)では宗像が一部勝訴しました。その後双方が控訴し、2月16日に第一回控訴審が予定されています。

【事件の概要】2021年1月15日、宗像は、当時15歳の娘との交流を妨害され囲い込まれたことを理由に精神的苦痛を被ったとして、273万円の慰謝料を求めて元妻と再婚相手、その代理人の森公任、森元みのりの両弁護士を、長野地方裁判所飯田支部に提訴した。

森氏らが代理人となった2020年7月から、面会交流中に元妻やその再婚相手が受渡場所に現れて、娘を連れ帰るようになり、その後2020年9月からまったく会えなくなった。その際、森氏らから、「〇〇さん(宗像の娘の名前)にはお会い頂けません」との通知が宗像に届けられていて、宗像は、元妻と再婚相手だけでなく、森氏らの行為も面会交流の妨害として訴えた。その後以後の連絡をしない通知が11月に宗像の元に届いた。また、元妻の再婚相手や森氏らは、面会交流中に父親の宗像が娘についていった行為を「つきまとう」と記載した書面を裁判所に提出しており、宗像はそれについて名誉棄損として、一連の養育権侵害、囲い込みの一環として被害を主張している。

元妻とその再婚相手は、2007年に宗像から娘を引き取った後、宗像の娘を代諾養子縁組によって、元妻の再婚相手の養子にしていた。娘が中学校に入学後、元妻らは代理人とともに進学先を隠し面会交流も短時間になった。面会交流中、元妻の夫が宗像を監視した。

【一審は代理人の違法行為を免罪】一審では、面会交流途絶後に、宗像の元妻夫婦が一切連絡をしなくなったことに対して、元妻夫婦のみに月に1度の面会交流の取り決め1回につき1万円の損害が認められ、信義則上の説明義務違反として計18万円の損害額が課された。ところが、元妻夫婦の代理人で、代理行為の連絡業務に直接従事した森、森元らの違法行為は認定されず、矛盾した内容になっている。

双方が敗訴部分を控訴しているが、被告4人はその後も決定を無視し一切の説明義務違反を怠っているため、宗像の請求する損害額は2022年11月までで573万4700円に積み重なっている。

*宗像は、2019年11月22日に提訴された、共同親権集団訴訟の原告。

*森、森元両弁護士は、家事事件について「国内トップレベル」をホームページでうたう森法律事務所に所属する。「弁護士が選ぶ弁護士ランキング」のそれぞれ2位、同1位であり、森は元東京家庭裁判所調停委員で、現在法務省人権擁護委員。森元みのり弁護士とともに、家事事件に関する著書多数。被告側代理人は森法律事務所の淺見宗市弁護士。

千葉家庭裁判所宛陳述書

この陳述書は、元妻が申し立てた面会交流決定取り消し調停・審判にあたり、作成したものです。担当は中山直子裁判官。元妻側代理人は、森公任・森元みのり弁護士。元妻とその夫、森・森元に対しては、飯田地方裁判所で養育妨害行為についての損害賠償請求をしています。

2022年4月11日

宗像 充

1 この間の面会交流

 この度、6月の決定を前に書面の提出の機会をいただき、ありがとうございました。せっかくの機会なので、現在の面会交流の実情と私の思いについて触れさせていただきます。

 現在私は月に1度決まっている面会交流日に子どもの暮らす家を訪問し安否を確認しています。待ち合わせ場所は幕張本郷の駅前の交番で、20分ほど待ってから、交番の相談員の方に話をして歩いていくか、タクシーに乗って家を訪問し、チャイムを押してXとY[子どもたちの名]の手紙を投函し、帰宅します。手紙の内容は、近況報告が中心です。

 交番の相談員のAさんも、私はここで娘と合流するようになってから事情を度々話してきたので顔見知りです。

「いつもお世話になります。今日も取り決められた日に娘を待っていましたが来ませんでしたので、これから家を訪問し手紙を入れて帰ると思います。先月も同じようにしました。多分何も起きないと思うのですが、何かあったらご迷惑をおかけすることになるかもしれません。そのときはよろしくお願いします」

それが私が昨日Aさんに伝えたすべてです。「ご苦労様です」とAさんは言って私を送り出してくれました。

 毎回友人のBさんが付き添いをしてくれます。何度かC氏[元妻の名]やD氏[元妻の夫]が面会交流中に交番に入って、そこで私と娘と引き離されることがありました。損害賠償を提起するとやみましたが、駅前で娘と合流すると、近くでD氏が監視していて、それは、Yが来なくなった後も2か月続きました。

何かトラブルがあったとき、不利になるのは子どもと離れている私のほうですし、私が感情的になっても止めてくれる人がいてくれたら心強い。Bさんは手弁当で、Yと会えなくなってから毎月のように来てくれています。Bさんは面会交流支援のNPOで支援員を何年も続けてくれている方ですが、そういう面でも子どもや別れた父母双方安心ができます。

2 司法に子どもを奪われた被害者

自分が娘の年ごろだったころのことを考えれば、親をうざったく感じる娘の気持ちはわかります。片親疎外には、あきらめずに顔を見せ続けるのが大事だとわかっていても、会えもしなくてこうやって長野からやってくることにどんな意味があるのか、自分でも心もとなくくじけそうになることはあります。そういうときBさんが、「やれることがあったら続けたほうがいいよ」と励ましてくれたことがあります。

Bさんは、ぼくが子どもと引き離されたとき、子どもの権利について活動する市民団体の中で出会いました。もう10年以上前のことですが、国連子どもの権利委員会に日本の実情を届けるその活動に参加していたそうです。

Bさんは、ぼくと同じように、子どもが小さいときに離婚で3人のお子さんと引き離された経験を持っています。その後、債務不履行の裁判で面会交流妨害の違法性を認定させたにもかかわらず、元妻の再婚によって、その後取り決めが取り消されました。それまでは自宅に何度か訪問していたそうです。しかし裁判所は、(法的にはありえませんが)家に近づかないようにとまで指示してBさんは子どもに接触すること自体を断念しました。Bさんは、ぼくといっしょに単独親権制度の違憲性を問う国家賠償請求訴訟の原告になってくれましたので、そのときにBさんの経緯について取り上げた新聞記事があります。ご参照ください。つきそってくれるのはご自身の経験も踏まえて友人として応援してくれているのだと思います。

 Bさんのお子さんはもう成人していますが、いまだにBさんとの再会は叶っていません。Bさんはいまもどこに住んでいるのか、戸籍の付表を取り寄せたりして、安否を確認しようとしています。孫もいるのがわかったようですが、会ってもいなくてそんな可能性もないのに、DVによる住所非開示の措置を子どもから出されたようで、いまに至ってまで子どもからの拒否が続いています。はじめて会ったとき、「親は子どものことは気にかかるもんだよ」と言っていたBさんです。いまは「おれもこの間まで体長が悪くて、年取って先も長くないから住所非開示した市役所に問い合わせてみる」と昨日は言っていました。いま現在この措置の違法性について各地で行政訴訟が起きていることは中山さんも存じ上げていると思います。

 Bさんは、司法によって子どもを奪われた被害者です。一度の取り決めの取消しがどのような結果を生むかを身をもって知っています。Bさんだけが例外ではありません。私はこれまで1000人以上の別居親と出会って、多くの相談を受けてきました。裁判所が当面の面会交流を取り決めずその後再開できるようになった事例は極めて限られています。月に1度2時間の決定を出され、その後中学校になって子どもの意思を理由に会えなくなった事例はあまりにもありふれています。弁護士がそのように知恵をつけているのは明らかです。

 先日私のところにやってきた母親は、父親が亡くなり父親の親族と親権者変更で裁判で争ったそうです。裁判官は彼女が子どもと引き離されていたことを知っていて、関係を取り戻しながらいっしょに暮らしたいという母親の願いを聞き入れませんでした。そのとき相談を受けましたが、10年かぶりに再度ぼくに連絡してきたのです。彼女は、孫が生まれ子どもから連絡が来たそうですが、娘とは連絡できてもなかなか会ってくれないそうです。父親の親族からは一方的な話だけを聞かされ、母親の顔に似ていることで度々いじめられたようです。そのことが障害になってなかなかすんなり母親に会うに至らないそうです。お母さんを慕いたいのに素直になれない。彼女も彼女の娘さんも、司法によって親子の時間を奪われた被害者です。

裁判所が決定した面会交流は、父母が別居している子どもにとって、とても大きな意味をもちます。父母の一方だけと一緒に暮らしている状態は偏った環境で、これは仕方のないことです。当然、子どもの視点もその偏った環境で育まれていきます。そのような中で、子どもに対して最低限用意してあげた機会が面会交流の決定です。この機会を「環境」の圧力に負けて縮減することはまったくの背理です。環境の圧力に押し流されて、裁判所が自ら確保した機会すら取り消してしまったらどうなるか。上記Bさんたちの例のように、親子はその関係性を取り戻すための自然治癒力すらも会得することもないまま、それぞれの一生を送ることになるかもしれません。

3 取り決めの意味

私の面会交流の決定は、会えてないなら意味のないものに、はたから見たら感じられるかもしれません。しかし私のいまの願いは、子どもに会いたいという気持ちよりも、むしろ娘に親の顔を見せてあげたい、という思いのほうが強いのです。Bさんも先の母親も、同じ思いだったんじゃないでしょうか。限られてはいても、司法の応援がこれまであったから続けられたことでもあります。

私は、母親やその代理人がいうように、子どもの気持ちや反発心をまったく理解しない、自分のことしか考えない父親だと、中山さんは感じられることでしょうか。たとえ自分のことで周りが騒がしくなり、わずらわしいなと思っても、月に一度、自分のことで遠くから足を運んできてくれる人の存在は、娘の成長にとって私はけっして無駄ではないと思い、毎月千葉を訪問します。そのことをわかってくれる人がいるので、Bさんに限らず、私たち親子のことを心配してつきそってくれる人たちがいるのです。そういう大人の存在は、Yにとって財産ではないのでしょうか。

私は、Xへの履行勧告を何度かこの間しましたが、説明もなく却下されています。Xは成人しました。Yはどうするか聞かれて、自分は聞かれない、というのはXにとって寂しいだろうなと考え、勧告を立てたにすぎません。

私もBさんも、そしてD氏も、子どもの権利条約にある子どもの意見表明権について、それは子どもの発言に責任を負わせることではなく、子どもの欲求表明に応答的関係を作ろうとする大人の義務だという、法学者の福田雅章さんから学びました。私の対応が殊更すぐれているとは言いませんし稚拙なところもあるでしょう。しかし、Yに不満があっても、それは親子関係の中で私が対処することで、その機会すら奪うことまで司法には本来権限はありません。Yの父親は中山さんではなく私です。それは私も含め、誰も変えることがでません。

この度、子ども代理人をつけるにあたり、調査官調査よりも丁寧に子どもの話を聞け、子どものプライドを傷つけないからというのが、中山さんの説明でした。その報告を見て私は呆れました。子どもが自分に不利になるようなことを言わないのは最初からわかっているにもかかわらず、父親への嫌悪感情のままにレポートにして、いったいどれだけ父子関係に利すると、子ども代理人は考えたのか。最初から結果はわかっているので不要な手続きだという私の主張を否定してまでもした結果がこれでしょうか。父親への嫌悪感情を示せば周囲の期待に沿えるということを子どもに再度学ばせることが、裁判所の言う子どものプライドを守るということでしょうか。

私が求めたとはいえ、決定に責任を持つ中山さんが娘に会いたいと呼び出したのです。子どもの進学先も問いたださず、子ども代理人には父親に何も伝えず娘を会わせ、今度は利害関係人と認めた本人を、税金で雇った子ども代理人の言葉で呼び出さない。正直裁判所がYに振り回されています。親としては申し訳ない気にもなりますが、裁判所はいったい何をしたかったんでしょうか。

私は、学校に行ったことを理由に何度も子どもの感情を害したと言われます。しかしCさんといっしょに住んでいたとき、私はXやYの園行事に出なかったことでCさんに異常なまでに罵られました。裁判所は最初の面会交流決定の高等裁判所判断で、双方の関係改善を図り面会交流を拡充するべきと書いています。Bさんは「そう書かれたら向こうが拒めば拡充できない。そういう決定よくあるよ」と指摘しています。その後裁判所は拡充について(回復ですが)「時期尚早」と繰り返し、今度は自分の決定を取り消すのでしょうか。

私はそんなことより、いまの決定を維持して、「遠くから毎月お父さんが来てくれるって素敵なことだね」というメッセージを司法が伝えることを選んだほうがよっぽどいいと思います。意図が伝わるか不安なら、中山さんが娘に会いにいってやってください。一人の人生を左右する決定をするということは、それだけ重いことなのです。