大井川源流、登山者が見た「オクシズ(奥静岡)」のリニア工事現場

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190702-00195510-hbolz-soci&p=2

 小さな平屋の建物には、すべての窓にエアコンの室外機が据えられ、入り口の脇に、「冬期間 登山小屋」と書いた看板が打ち捨てられていた。

 現在、静岡県知事とリニア中央新幹線を建設するJR東海との間で、静岡県区間の建設のゴーサインをめぐってのバトルが話題になっている。一方で、大井川源流の建設現地の様子はなかなか伝わってこない。

 筆者は過去2回、静岡県側の工事現場予定地を訪問している。今回訪れたのは映像会社の撮影の案内役としてだが、以前と比べてどの程度変わっているかを確認したいと思って現地に来た。ところがまだトンネルの掘削工事も始まっていないのに、その変貌ぶりに愕然とした。

 というのは、筆者自身も登山者であるため、登山者の目線で現地を見たからだ。現地は南アルプスの代表的な山岳で日本百名山でもあり、塩見岳、荒川三山、赤石岳、聖岳などの登山基地でもある。

 また、登山者や釣り師でもない限り、一般の人が現地を訪問する機会があまりない場所でもある。登山目的では二度と行きたいとは思わなかった。工事が始まったとしても、この状況が2027年まであと8年も続くことになる。

 登山小屋が作業員宿舎に変わっていたのは、静岡県側から見ると最奥の「二軒小屋」と呼ばれている場所だ。この日は土曜日だったため、工員は全員が「下」に引きあげ、二軒小屋周辺はロッジのスタッフ以外は誰もいなかった。登山者たちの憩いの場が、ただの工事現場に

 そのロッジもリニア工事の関係者専用となり、それでも足りずに冬期小屋が宿舎になり、さらにプレハブの小屋がいくつか建っていた。登山者はテントを張って泊まることはできる。しかし周囲がこのような感じでは、とても登山をしにきたという気分にならない。

 それが如実に感じられたのが、その手前の椹島という登山基地だ。プレハブの作業員宿舎が立っているのはもちろん、売店の前のベンチで登山者がくつろぎながら眺めていた芝生広場との間にはフェンスが立ちはだかっている。フェンスの向こうではショベルカーがダンプに土を運びこんでいた。冬期登山小屋は取り壊されて更地になっていた。山岳写真家・白籏史朗記念館の1階部分は、建設資材の置き場に。もはやただの工事現場だ。

「開発慣れ」した地元民と、リニアの影響にナーバスな大井川流域自治体

「静岡の宝だけど、みんな知らない」

 以前、登山を終えた帰りに出会った静岡市内の観光関係者の一人は、この地域のことをそう表現した。最近は「オクシズ(奥静岡)」として売り出しているほど、何しろ奥深い場所だ。

 静岡市の中心部から、山麓の井川地区に来るのにも2時間かかる。さらに椹島と二軒小屋のロッジを経営する東海フォレストのリムジンバスに乗りかえて、椹島まで1時間、二軒小屋まではさらに1時間がかかる。

 あまりに遠いので、登山や釣りなどの明確な目的がない人にとっては、まず足を踏み入れる機会はない。工事が本格化すれば、ここに700人の工事関係者が常駐することになる。すでに最上流の坑口予定地である西俣でも整地を終えていた。

「こんなにダムが多いと、『水が減る』といっても調整できるんじゃないでしょうか。それよりも渇水期の埃を何とかしてほしい」

 井川地区で立ち寄った商店では、知事のJR東海への対応に対し、そんな感想も聞かれた。この地域では、井川地区の半数が水没した井川ダム建設をはじめ、電源開発に伴うダム建設が繰り返されてきた歴史がある。

 そのため地元の人には、開発に対する一種の「慣れ」も感じられる。一方で、静岡県民の6人に1人の生活用水を賄うまでになっている、大井川の利水についての影響は大問題だ。流域の地元自治体がこの点にナーバスになっているのも当然に思える。「リニアよりエコパークのほうがメリット」と語る静岡県知事

 また、静岡市を中心に南アルプスの世界遺産登録を働きかけた経過もあり、現在は自然と人間の共生のモデル地域としての「ユネスコエコパーク(生物圏保存地域)」に指定されている。地元は焼き畑や在来野菜など、自然だけでなく地元本来の文化や歴史遺産を積極的にアピールしている。

 川勝平太静岡県知事は、6月5日の中部圏9知事会議で、「どちらを取るかと言えばエコパーク。リニアは静岡にメリットがない」と発言している。

 開発一辺倒の時代から、持続可能な地域づくりや自然との共生が時代の流れであり、もしそれらを両立させる解を見いだせないのなら、もはやそれは「時代遅れでは」、そう知事はJR東海に投げかけたように思える。

<文・写真/宗像充>

ハーバービジネスオンライン

大鹿村騒動記・検閲編

ぼくが住む大鹿村にはコンビニはなく、隣町のコンビニまでは車で40分ほど。その代わり村役場のコピー機と輪転機を住民が使うことができていた。機械は職員が操作するので、版下を見られることさえ我慢すれば、料金は高めだが、天皇制の学習会チラシやリニア反対の会報をせっせと刷った

ある日役場に行くと、総務課長に呼び止められ、4月からコピー機と輪転機の使用をやめるという。もともと商工振興が目的だが、交通事情もよくなったしプリンターも普及したから取りやめた?

詳しく聞こうとすると「宗像さん、会費集めてやってるんでしょ。印刷所にもっていけばいい。個人的なものに役場の備品を使わせるって変と思わない?」という。

「ぼくがやってる活動はいろいろあるんです。どれのことでしょう」

「……」

「村に反対のもの印刷させるなってだれかに言われました」

「なんとも言えない」

わかりやすい検閲だった。騒動記の村役場に言論の自由を。

「反改憲」運動通信No.11(2019.4.26)

リニア中央アルプストンネル、はじまって200mで崩落

「もともとここには阿寺断層帯が走っている。条件が悪い場所だとはわかっていた。慎重にやった結果がこれ。環境影響評価書やJR東海の説明では大丈夫と言われてきたのに、実際にはそうはなっていない」

阿寺断層帯の走る方向を指す坂本さん

 長野県南木曽町の町議会議員坂本満さんは、立ち入り禁止のロープが張られた竹やぶを見て呆れ顔だ。

4月8日、JR東海が建設中のリニア中央新幹線の建設現場の一つ、岐阜県中津川市山口でのトンネル掘削中に土砂崩落が生じた。現場は木曽川沿いの中津川市から天竜川沿いの長野県伊那谷へと至る中央アルプストンネル23・3kmの岐阜県側の工事個所だ。

山口工区の掘削現場

坂本さんの住む南木曽町も、ここから延びる中央アルプストンネルが通過し、町内でも掘削工事が今後始まる予定だ。山口地区からは昨年11月から先行して掘削が始まった。完成すればリニア新幹線が通る本坑へと至る斜坑の掘削中に、入口から200m付近で崩落が起きた。

 この部分の建設をJR東海から受託亥する鉄道建設・運輸施設整備支援機構(鉄道・運輸機構)によれば、8日午前7時ごろに作業員が直径8m、深さ5mほどの陥没を確認。4日に斜坑内で小崩落が発生したため、斜坑内の復旧作業中だったとしている。

 翌日の9日に坂本さんとともに現場に行くと、崩落個所のある竹やぶは、人家や田んぼが散在する道路脇にある。

左の竹やぶ内で崩落が生じた

崩落周辺では数人の作業員とミキサー車が立ち働いていた。現場の作業員の一人は、「トンネルから地上部までは20m弱。トンネル掘削では発破(火薬による爆破)も行っていた」と語った。鉄道・運輸機構は、「工事を止めて原因を調査中であり、復旧計画を検討中。崩落個所にはモルタルの打設工事を行っている」と現状を説明した。

「本坑トンネルはあの家の真下を通ります」

道を挟んで崩落個所のある竹やぶと反対側の人家を坂本さんが指した。今後も同様の事態が起きれば、次は竹やぶですまないかもしれない。近くを流れる前野沢では、作業員の一人が水位をじっと見守っていた。鉄道・運輸機構によれば、「水枯れなど周囲への影響は今のところ生じていない」という。

2027年の東京(品川)―名古屋間の開業を目指すリニア新幹線の路線286kmのうち八割は地下を通る。各地で関連工事も含めてトンネル工事が始まっている。しかし、すでに長野県では、大量の工事車両の通行のための道路改修工事のトンネル掘削中に、地表部で2017年12月、発破の振動によって崩落が生じた。また、名古屋市の名城非常口では、掘削作業中に地下水がわき出たため、昨年12月から工事が中断。作業は今秋に再開予定だ。

情報の公開の仕方も不透明だ。大鹿村では崩落で道路が通行止めになり、住民が2週間不便を強いられた。この事故原因について、筆者が長野県に情報公開請求すると、事前にトンネル内部で施工業者がクラックを認めていながら、工事の納期が迫った中、まさに崩落した個所の真下で火薬の量を倍にしていたことがわかった。このことを指摘する施工業者のレポートを、長野県は専門家による委員会で「特殊な地盤で予測が難しかった」とするJR東海の検討結果が了承を得るまで公表しなかった。

名古屋駅の非常口の地下水湧出がニュースになったのは4か月後だ。今回の崩落でも、8日に公表されるまで、4日の崩落発生から4日経っている。

「施工業者からすれば掘削の初期段階で崩落が起きたからまだよかったかもしれません。今後の工事はより慎重にはなるでしょう。でもこれじゃ泥縄。現場はたいへんでしょう」

建設現場での地質調査の仕事の経験もある坂本さんが首を振る。そして付け加えた。

「リニアによる地域活性化が語られがちですが、自然に対する謙虚さが本来建設工事には必要なのに、それがリニアには決定的に足りていない」

大鹿村の選挙、新規参入阻む個別訪問禁止の怪

「選挙中に個別訪問がされていましたよ」

 筆者は2016年の秋から長野県大鹿村に住む。引っ越してきた年の冬、村が工事現場になるリニア中央新幹線の是非が争点になったこともあり、村長選挙が行なわれた。当時東京から越してきたばかりの筆者は、そのとき気づいたことを翌年の行政懇談会で手を挙げて発言した。その選挙で当選した村長と、当時選挙管理委員会の担当の元総務課長が並んで座っていた。

「ぼくは有権者が直接政策を知って深められる個別訪問はいいことだと思うんです。だけど公職選挙法では禁止されている。ルールを守った側が不利になるような状況はフェアじゃない。状況を打開するため、村が公職選挙法を改正する意見書を国に出したらどうでしょう」

 村の集会所でぼくがした提案に、ひな壇の村の三役は、ばつが悪い表情でしどろもどろになっていた。

 各地で地方議会議員のなり手不足が深刻な問題になっている。今回の統一地方選でも、長野県内の自治体では選挙にならなかった自治体が散見できた。そんな中、ここ大鹿村は1000人の自治体ながら、議員選挙は毎回成立している。今回も8人の定員に対して9人が立候補して5日間の選挙戦をたたかった。

 さぞや賑やかになるのかと思いきや、選挙期間中、村内で一度も街頭演説を見ていない。2週間前の長野県議会選挙のときには村内を走っていた選挙カーも、村議会選では1台も見なかった。選挙掲示板には候補者のポスターが貼られているが、名前だけを大書した「質素」なものもある。にもかかわらず、先日の県議会議員選挙の投票率は79%で、同じ選挙区の他の自治体の中で一番高い。いったいどうやって選挙をしているのか謎だ。

 村の選挙管理委員会は、投票日には数時間おきに、自治会ごとに置かれた投票所の投票数と投票率を発表して投票を促すし、選挙ごとに候補者による合同の立会演説会が公民館で開かれている。行政や候補者が以前から選挙への関心を高めようとしてきたこういった努力が、選挙への関心を高めているのはあるだろう。

合同立会演説会

一方で、候補者や各陣営のスタッフが個別訪問を行なっている場面が、村内の道路を車で走らせていると否応なく目に入ってくる。

「法律では禁止されているけど、村では個別訪問は普通に行われてきた」

 村で生まれ育った男性(60代)は、先の村長選挙で個別訪問に気づいたぼくが尋ねると、そう説明した。ずっと慣例化してきたため、誰も選挙違反について指摘しないというのが実情らしい。先の男性も、今回の選挙期間中、個別訪問にやってきた数人の候補者の名前を挙げた。

 しかしもちろん、候補者に対する事前の説明会では、個別訪問が禁止であることくらいは説明するはずだし、実際に先の懇談会で質問した際、前総務課長は「公職選挙法では違法」と、これは明確に答えていた。買収などの温床になるから規制されてきたのだろうか。

「個別訪問の禁止は本来新規参入を阻むためです」

地方自治に詳しい高知大学の岡田健一郎准教授(憲法学)はそう言って首を振る。

「個別訪問禁止の歴史は古い。もともと大正デモクラシーのときに男子普通選挙(1925年)が行われたときに遡ります。それまでは候補者も有権者も高額納税者だったのが、男性だったら誰でも投票できると規制緩和された。そうなると無産政党が伸びかねない。お金のない人の選挙手段は演説やビラ、個別訪問。自由だった選挙に規制が設けられていきます」

 新人候補ほど摘発されないようルールに敏感なはずだが、ルールを守ると落選しかねないというジレンマに陥る。

「戦後初期の選挙は規制が緩和されました。しかし、もともと基盤のある既成政党は、保守革新問わず個別訪問をしなくても勝てる。規制には反対してきませんでした。結果、共産党が摘発され裁判になっていますが、最高裁は『不正の温床になる』と合憲判断をしています」

 これでは原因と結果が逆だ。最近、SNSの利用などからなし崩し的に規制が緩和され、今回の統一地方選から都道府県と市区議会議員選挙でのビラ配布がおこなわれている。

「いい傾向だと思います。もともと個別訪問の禁止は他国ではなく、憲法21条の表現の自由に抵触して違憲だというのが、憲法学者の中では主流の意見です」

 岡田さんも最近の規制緩和を歓迎する。

大鹿村では議員報酬は10万円だ。候補者にしてみれば、選挙カーや拡声器などに投資するのは費用対効果の面から割に合いそうにない。勢い、個別訪問は重要な手段ということになる。それで高投票率や候補者不足の解消になるのなら、大鹿村の選挙は「周回遅れのトップランナー」だと言えるかもしれない。

もっとも、それで当選した議員は「法令順守」とは言えないだろうけど。


リニア説明会を開け JR東海の録画禁止に抗議

JR東海古谷部長

 2012年にリニア新幹線の工事現場予定地の南アルプス山麓、大鹿村を訪問した。度々登山の雑誌で進行状況を紹介したが、数年の間、リニア新幹線について継続的に取り組むジャーナリストは、ぼくともう一人しかいなかった。

 あれよあれよという間に環境影響評価の手続きがすみ、2014年には国土交通省は着工を認可し、2027年の開業予定で工事が始まった。総工費は東京(品川)―名古屋間だけで5・5兆円。今世論を分断している辺野古の埋め立ての当初費用が2400億円だからその約30倍だと言えば、その規模と影響の大きさが想像できるだろうか。

もちろんゼネコン不正に至るまで、リニアの問題が世間に伝わらなかったのには、ぼくたちの努力不足という以外に仕掛けもある。建設主体のJR東海は、アセスの過程で一カ所につき最低3回程度の説明会を沿線各地で行っている。その後も着工前に工事説明会を開催する。杜撰な計画で当初なかった工事の変更がなされても、実際はアセスの説明会はなく、都心部の予定地では地下40m以上の大深度のため、上に家があっても説明はない。

 しかもこの説明会の仕方がひどい。

質問は3問までに制限し一度に行なう、再質問は許さない、決められた時間が来れば手を挙げている人がいても説明会を終える、借り受けた公共施設の入口に禁止事項を列挙した紙を貼り出す、関係者以外は出席させず住民が呼んだ人であっても会場に入れない、メディア以外の住民による撮影をさせない、わずか数枚の配布資料よりはるかに多い数十枚の画像が説明時に投影され、メモ代わりの画像の撮影すら禁止する……大鹿村の住民になって頭に来るのが、会場に行かないと説明すらしないことだ。住民なのに情報の入手も制限付き。中部電力はアセスの資料を各戸配布するが、JR東海にやる気はない。

 こういった「情報統制」に対して、メディアの録画は冒頭のみ。各自治体の連絡協議会などはメディアには非公開なところが多い。それで住民が疑問をぶつけたり、場が荒れたりしても、終了後にJR東海の部長がメディアの囲み取材に、「理解が深まった」と回答して工事が進む。言っても聞いてもらえないし、言ったところでメディアは伝えない、となって住民の孤立感は大きく、しんどさは解消されない。

 その上、リニアの実情を記者として伝えると、「ご説明」と称してJR東海の広報が雑誌の編集部に押しかけ、「一方的」と何度でも編集部とのやり取りを求める。値を上げて雑誌がリニア問題を取りあげなくなる。こうやって原発同様「安全神話」が維持されてきた。しかし、大手の記者たちに「報道の自由」を守ろうとする緊張感はない。住民が会場で「そもそもリニアは必要なのか」と問うと、「それをここで聞かないでください」とJRの担当者が答える。しかし、そんな問いはどこでも議論されてこなかった。国家的なプロジェクトである以上、地域の問題を地域だけが背負うのは荷が重い。

 そんなわけで、住民団体個人、それにジャーナリストに呼びかけて、1月の大鹿村での説明会を前に緊急に呼びかけ、共同声明として発表し、関係自治体や記者クラブに申し入れた。最終的に34団体、63個人が賛同してくれた。大鹿村の説明会では、住民としてぼくが公開の仕方に冒頭異議を唱え、フリーランスの記者を中心に、いっしょに抗議してくれた。

こういった措置を大鹿村もJR東海も、「出席者の自由な発言を妨げるため」という理由で正当化している。そこで取材を控える時間枠やコーナーを用意したり、発言者が録画の諾否を発言できることを司会が冒頭アナウンスしたりするよう事前に主催者に提案したが、村もJRも拒否した。もともとそれが目的ではないからだ。そもそも冒頭録画しているので途中の録画を禁じても意味がない。実際、静岡の専門家による委員会は、静岡県の措置で全部公開している。こういったやり取りが公開でなされたこと自体、反撃の意味があった。

 とはいえ、当日録画禁止の措置を解除できたわけではない。それでも今回の取り組みで得られた賛同の輪は価値がある。住民もジャーナリストもどちらも、問題を広く知ってもらい、多くの人を議論に引きずり込む意志がなければ、現状は打破できないからだ。説明会は今後もあるだろう。より多くの人の賛同を得られるようこの取り組みを持続したい。(宗像充、大鹿の十年先を変える会)

(反天皇制運動Alert34、2014.4.9)

家庭裁判所前の殺人~分離強化は再発防止につながるか

「やったことに対しての責任は取らないとならない。しかしもともと妻を殺した男性が危険な存在だったのか」

 離婚や別居に伴い、別居親子が定期的に過ごす面会交流事件を多く手がける、土井浩之弁護士(仙台弁護士会)は嘆息する。3月20日に東京家庭裁判所前で31歳の女性が切りつけられ、離婚調停中のアメリカ人の夫が逮捕された。その後女性は失血死している。

 ライターである筆者は、子どもと引き離された経験のある別居親である。夫婦間で妻の側が被害者の事件報道もウォッチしてきたが、こういう場合、まず夫の人格の異常性が強調されることが多い。今回も、男性がDVだったということを前提に、「命がけで救いを求めて訪れる被害者たちを裁判所は守れているのか」と警備強化や保護命令制度の活用を唱えて、分離政策を後押しする論調が出ている。しかし本当にそれで暴力が防止されるのだろうか。

「殺したのは究極のDVですが、過去彼がDVだったという根拠があったのでしょうか。妻を殺した男性のものと思われるSNSには、昨年の8月に妻子がいなくなって一週間、何が起きたかわからない状況だったことがわかる書きこみがあります。誘拐されたと大使館に相談もしている。自分が置かれた状況がわかっていたのでしょうか」

 妻は同時期、「夫が精神的に不安定」と警察に相談していたとされる。一方で、夫のSNSには、子どもが生まれてから妻が「メンタルヘルス」に問題を抱えていたという書込みがある。

土井さんは「産後など、不安を抱えた女性が行政の女性相談窓口などに相談に行くと、『夫の精神的虐待が原因』『命を守るために逃げなければならない』とアドバイスをすることになる」と解説する。「DVの相談件数が増加するのと歩調を合わせて家庭裁判所への面会交流の申立件数も増加しています。行政のマニュアル的な対応が面会交流の事件数増にかなり影響を与えている。行政の引き離し政策で男性な危険な状態に追い込まれたのが事件の背景」というのだ。

「孤立して不安定になっているのに、本人に状況を冷静に伝えるサポートはない。男性の側の話を聞いて自身の気持ちを消化し、相手の気持ちも考えることが本質的にできにくい体制になっています」

 そう男性の置かれた状況を説明するのは、加害・被害、男女を問わず、家族の再統合や脱暴力の家族支援を行う日本家族再生センター代表の味沢道明さんだ。どこの国でも同様の事件は起こりえるものの、暴力防止の観点から日本の現状に首を傾げる。

今回事件が起きたのは家庭裁判所の手荷物検査の前だ。セキュリティー体制を強化すれば事件は防げたのだろうか。

「今回は日時がわかって家庭裁判所の前で待ち構えていたんでしょうが、別の場所に妻が現れるとわかっていたらそこで事件が起きたかもしれない。居場所だって本気で探そうとしたら見つけられる。分離すればすむという問題ではない」

 味沢さんは首を振る。2013年に東京家庭裁判所に手荷物検査が導入された際、筆者は東京家裁に直接理由を聞いている。東京地裁など、すでに手荷物検査が導入された施設との間に地下通路ができて、東京家裁の入り口にも取り入れたというのが導入の理由だ。夫婦間暴力の防止の強化が目的だったわけではない。本質は別のところにあると味沢さんも強調する。

「日本のDV対策は民事対応です。刑事介入がなされて双方の事情を聞かれるアメリカなどと違って、加害者とされた側は、いきなり妻子がいなくなって行方不明になり、家庭裁判所から調停の呼び出し状が届くことになる。周囲もDVの加害者とされているわけだから引きますよね」(味沢さん)。ますます置き去りにされた側は孤立を深める。

「そもそも家庭裁判所では親権は子どもを確保している側に行く」。批判は家庭裁判所の姿勢にも向けられる。「調停でもなかなか子どもと会えず、離婚など目的を達するために子どもを取引材料にすることもある。そうなると感情を逆なでして、むしろ暴力のリスクは高まる」(同)。

女性保護にだけ目を向け分離を強化することが、むしろ暴力を誘発するというのだ。

「男性や引き離しに遭った側、それにDV当事者への脱暴力支援がない。そういった問題に取り組むコミュニティーにそういった人たちを引っ張り込むのが必要」(同)。

男女双方に目を向けた制度の構築と支援が抜きに、事件の教訓を生かすことは難しい。


「男性差別」はあるのか?(後)

「平等よりも伝統」

「お金を稼ぐことは伝統的に男性の役割でした。婚姻費用や養育費についても、女性が男性に求めてきた。男性が養育権を主張し女性に経済負担を求めることに反発する心情の背景にあるのは、実は平等よりも伝統」と批判するのは「男性差別」に関する研究書を日本に翻訳・紹介する久米泰介さん。「平等を求めてきた女性たちが、親権の問題になると途端に男女平等は無理という。子育ては伝統的に女性が強い。そういう領域に限って保守的になるのはご都合主義」と手厳しい。

「Men Too」

対して久米さんは自身を「マスキュリスト」と呼ぶ。「フェミニズムの理論を男性の側に適用し、伝統的な性役割の維持を男性の側から批判する運動」をマスキュリズムという。久米さんは「Me Too」ならぬ「Men Too」を強調する。「女性の被害を救って意図的に男性の性被害を受け入れない。男の性被害も訴えられるようにすべき」だというのだ。逆に、痴漢やDVで冤罪が起きる背景について、「合理性は男の価値感で女の感情を無視しているとフェミニストは推定無罪の原則を無視する。ところが、相手が男だと人権として扱わないのはおかしい」と憤る。

久米さんが2014年にアメリカから日本に紹介した『男性権力の神話』(ワレン・ファレル著、1993年)は、マスキュリズムの「教科書」として世界的なベストセラーになったが、日本では黙殺されている。「世の中は『男性が支配している』という言説は根強い。だから男性差別は女性差別の副作用としか語られない」と久米さんは不満顔だ。「実際には男が不利な理屈なのに、男が支配者なんておかしい」。

映画「レッドピル」

今年、アメリカの男性の権利運動を描いた映画「レッドピル」の自主上映会が東京と京都で開かれた。映画では「女は割を食っている」と考えてきた女性監督のキャシー・ジェイが、自分のフェミニストとしての信念に疑問を募らせて悩む場面が出てくる。いったいどこが男性不利の社会なのか。

「例えば日本でも男性の自殺者は女性の2・3倍、平均寿命は男性のほうが女性より6歳短い。ファレルはこういった男女差は、男性に不利に働く社会的要因があるからと問いかけました。日米とも100年前の平均寿命の差は1歳しかなく、状況は共通しています」(久米さん)。

現在、社会の様々な場面で女性枠の設置が争点になっている。「政治家やマスコミ、法曹など、社会的影響力のある領域で女性はアファーマティブアクションを求めてきました。しかし兵役、土木や建設の現場など危険な仕事は男性が担い、野宿者や自殺者の割合も男性が圧倒的です。アメリカでは大学・院での進学率はすでに女性が上回っていますが、それを『女性が優秀だから』と放置するのはご都合主義です」と女性からしか語られない男女平等の問題点を指摘する。「伝統的な性役割では、もともと男性差別も根付いていた。その中から女性差別だけが解消に向かった」というのだ。

フェミニズム vs 平等主義者

「日本ではフェミニズムは進歩的、保守派は男女平等を無視すると考えられていますが、アメリカでは平等主義者はフェミニズムを名乗らなくなってきています。平等主義者の一部である男性の権利運動の側からすれば、保守派もフェミニズムも同じグループに属していることになる」と新しい視点を提供する。

アメリカでも女性のDV被害の割合のほうが男性より高い。しかし全米2000のシェルターのうち男性が入れるシェルターはわずか1カ所。この不当な格差を映画で示したジェイ監督も、これを「男性差別」と認めざるをえなかった。日本でも、DVの被害は女性が3人に1人に対し男性は5人に1人。割合の差に比べて男性の入れるシェルターを公然と掲げているのは、日本家族再生センターだけだ。

男性が女性からの被害を訴えると「そのくらいひどいことしたんでしょう」と言われて無視されがちだ。「言われた男性はよけい傷つく。男女平等のためには、男性の被害の訴えにも真剣に耳を傾けていくべきです」(久米さん)。「男の泣き言」に平等に耳を傾けることは真の男女に近づくための第一歩だ。
共同親権ニュースドットコム、2019年2月12日)

「男性差別」とは何か?(前)

2月6日発売の週刊新潮に宗像充の男性差別についての記事が掲載されています。
https://www.fujisan.co.jp/product/1138/new/
雑誌に書ききれなかった男性に対する驚愕の差別の実態をレポートします。

「女は被害者/男は悪者」は本当?

「生活費16万でやっていけるわけない、ご飯も作れない」と高木彰さん(仮名、45歳)が、深夜に妻の彩子さん(仮名、41歳)に頭を叩かれたのは3年前のこと。金融の仕事に携わる彰さんに対して彩子さんは結婚を機に専業主婦となり、一人娘の優ちゃん(仮名)をもうけた。先の16万円は彩子さんへのお小遣いと一家の食費、彰さんはそれ以外の生活費を負担していたが、月の半ばには彩子さんが16万を使い果たし、家計は赤字に陥った。

女性が弱者で被害者、悪いのは男という固定観念は根強い。しかし高木さん夫婦の場合、「私の母親がオムツ代わりに使っていたナプキンを見て、『不貞の証拠』と言い放」ち攻撃を始めたのは彩子さんだ。逆上した彩子さんは、優ちゃんと1か月実家に滞在していたが、「優がパパとお風呂に入りたがっている」と突然帰宅。優ちゃんの面前で「不貞男」と罵った。

それ以外にも書斎のドアを蹴破り壊れた部分をハサミで突き刺す、首をネクタイで絞める、鍵穴を壊し書斎に入れなくする、彰さんの寝床にされたリビングのソファーに、「不貞男」と書き包丁で滅多刺しにする……娘がいてもお構いなしの暴力に彰さんは何度も警察を呼んだ。「すぐに逃げて下さい。このままだとたいへんなことになります」と警告する警官に彰さんは「娘を置いてはいけない。どんなに暴れても手を出しません」と踏みとどまった。彰さんは保健所、DVセンター、児童相談所と公的機関にはすべて相談した。しかし具体的なアドバイスは何もなかった。

そんな状態が1か月続いたころ、児童相談所から当時5歳の優ちゃんを保護したと連絡を受けた。「妻が性的虐待で通報していました。性器をスタートにして指で娘の身体をたどるゲームを私がしたというのです」。

彰さんに身に覚えがない上に、優ちゃんは「ママともやった」と児童相談所で述べていた。しかし「家庭裁判所は妻のDVは問わず、『性的虐待を女性である母親が行なうとは想定しがたい』と娘を妻に委ねました。性被害への過剰対応が悪用されたとしか考えられません」と彰さんは嘆息する。「男性シェルターがあれば逃げることができた」。娘との関係を断たれた彰さんは振り返る。

「女性にはある具体的な援助が男性にはない」

そう解説するのは、日本家族再生センター(京都)代表の味沢道明さん。1軒屋のセンターは男性も入れるシェルターを兼ね、記者が訪問したときには、妻からの暴力から逃れた大柄な男性が滞在していた。外出も自由だ。

「言葉の暴力は圧倒的に女性が加害者です。もともと力のない女性は対人スキルは男より高い。男は女に言葉で負ければ自我をパワーコントロールで安心させようとする。その結果暴力に至る」

味沢さんはDV発生のメカニズムを解説する。

脱暴力のグループワークでは男女が同じフロアでいっしょに問題解決を図る場合がある。「しかし女性の被害者保護のため、国はこれを禁じています」。男性を保護の対象から排除した場合にのみ、行政から助成金を得られるのだ。

男性が被害を訴えると・・・

では実際に男性が被害者として訴え出たらどうなるか。中村勇作さん(45歳、仮名・自営業)は、昨年の4月に妻の恵子さん(42歳、仮名)を静岡地方検察庁に告発した。その5カ月前、勇作さんは恵子さんに包丁で右腕を刺され、殴られて歯が折れ、顎の関節がずれてマウスピースの使用を強いられた。告訴が遅れたのは警察に被害を訴えても無視されたからだ。

恵子さんに刺された当日、勇作さんは意識を失い、その間恵子さんは2歳になる浩平ちゃん(仮名)を抱えて警察署に駆け込み、そのままシェルターに「保護」されている。殺されてもおかしくなかった勇作さんが意識を取り戻して警察に行くと、逆に加害者として扱われた。

「家裁の調停では、妻は私が息子を抱きかかえながら自分自身を刺したと主張していました。以前も私はレンガ片で殴られ骨折させられていて、妻が息子を見ている間に息子の顎に切り傷ができていたこともあります。その日も息子の怪我を妻に問いただし、豹変した妻の様子に、私が息子を守るため抱え上げたときに刺された」(勇作さん)。

刺された場面には目撃者もいたが、結局起訴はされなかった。その後、子どもと会う約束をして離婚は成立したが、勇作さんは浩平ちゃんと会えなくなっている。

上司に勧められてはじめて相談

「部下に怪我が絶えず早退をくり返し、様子がおかしいのに気づいた上司が促して相談が持ち込まれる」と語るのは「男の離婚相談」を掲げる五領田有信弁護士。「男性が過去1回女性に手を出した。そうすると妻に『会社に言う』『被害届を出す』と脅される。反抗できなくなり殴る蹴るの暴行を受ける。

「子どもがいなくて夫を殴っているケースはない。『やるべくしてやった』『家族を守るためだった』と警察や裁判所でも女性側は悪びれた様子は一切ない」(五領田さん)。

子どもは女性の最大の武器のようだ。

裁判所でも男性は悪者だ。「女性が被害を訴えた場合、『暴力があった』というだけで証拠はいらない。ところが男性の場合は録音がないと、怪我の写真だけでは信じてもらえない」という。実際親権の取得率は女性が8割を超え、引き離された父親が子どもと会える保障はない。

レシートを求めると経済的DV

上原哲也さん(40歳、仮名)も結婚3年目、専業主婦の妻の景さん(35歳、仮名)が1歳の息子を「誘拐」し、例によって離婚調停になった。景さんはDVを主張したが証拠はない。しかし裁判官は「DVがないことの証拠にならない」と哲也さんから息子を引き離した。「私が家計簿をつけていたので、妻に生活費が足りないと言われて『レシートを出して』と求めました。それを妻は経済的DVと主張しました」。

あまりの理不尽さに哲也さんはショックで失職。景さんがパートで働いていたため、今度は哲也さんが婚姻費用を請求した。裁判官は「男が請求するなんて聞いたことがない」と一蹴した。もちろん子どもとは引き離されている。

共同親権ニュースドットコム 2019年2月7日)

共同親権出でて忠孝滅ぶ(後) 

離婚は親の選択なのに、子どもに会わせないなんておかしい、という主張をするようになるとさまざまな反応と出くわした。一番多いのは、「でも養育費を払わない男もいる」。だから会いたければ金を払え? 似たバージョンで「家庭にお金を納めなかったような男にどうして会わせるの」。こういうコメントをブログにもらったとき「家庭にお金を納めない女は掃いて捨てるほどいますけどね」と書きこんだ。別居親のグループには女性もそこそこいる。彼女たちが「お母さんが会えないなんてつらいでしょう」と声をかけられることがある。日本語に翻訳すると、「お父さんが会えないなんてたいしたことない」。ぼくたちの運動に協力してくれている社民党の議員を呼んで話をしてもらったことがある。「うちの瑞穂(福島瑞穂)が、『父親たちが子育てしたがる』って言うんですよね」と嘆いていた。彼女は男性の子育ては望まないらしい。せいぜい世間一般の認識なんてこの程度だ。

女性が社会的に割を食っている、という主張からすれば、優位にいるはずの男性が男女平等を言うことは「バックラッシュ」ということになる。一時期ぼくもそれはそうかなと思ったりもした。でも、ぼくたちが子どもに会えない、ということに対する反発は、冒頭挙げたような内容ばかりだ。男女平等とは無縁の主張をまじめに考える意味はないと思うようになった。

フェミニズムの主張に「個人的なことは政治的なこと」というものがある。だけどそう主張して運動のリーダーとなった女性たち(男性もいる)が、ぼくたちが男性に対する権利侵害を告発しようとすると、「あの運動は危険」と言う。そんなのただのパワーポリティクスでしかない。実際問題、子どもに会えなくて苦しんでいる父親が目の前にいて、毎年のように自殺する人もいる。自分もそうだったので無視はできない。主義主張より自分の娘のほうが大事なので、ご都合主義のフェミニストの主張に共感する気はない。

一方で、ぼくたちが声を上げることを応援してくれたフェミニストもいる。「私は義父の介助の役割をせざるをえなくって」と、育児、介助者としての男性の役割をぼくたちが表明することを歓迎してくれた。婚外子差別の問題に長らく取り組んできたフェミニストは、法的な婚外子差別が解消されることから、共同親権と子育ての平等な分担についてぼくたちの主張に共感してくれた。民法上、未婚の子は母親が親権を持つ。父親の側の養育責任を現在の制度は問いにくいのだ。

子どもに会えないのはかわいそう、と心情に訴えかけるのは意味がないことはない。しかし温情にすがるだけで権利が回復できるとも思えない。DVの場合もある、ひどい父親もいる、という別の被害感情に訴えれば人を見る目が変わる。だから権利を保障する必要がない、ということになれば差別になる。週刊金曜日が「問題のある別居親」とアピールしてやったことは、その典型だ。

何よりも、会わせてください、と温情にすがる訴えは、別居親は同居親と対等でない関係性にあることを前提にしている。別居親の一人は離婚後親権者となった元夫に「対等だと思ってるの」と言われたという。経験の長い女性の活動家が共同親権に反発する背景には、「せっかく女が親権を取れるようになったのに」共同親権でまた別れた後も口を出されるのか、という思いがあるということを、直接ではなく人づてに言われることもある。そういう人にとっての離婚とは、男性が決定権を握っていて、平等を求める女性が家父長制の桎梏から解放されるための権利だ。

戦前、親権は家長としての男性にあった。それが男女平等の憲法ができて、婚姻中のみ共同親権になった。婚姻中は対等の関係が模索できる。それができなければ権利として離婚ができる。しかし家族秩序を破壊した側が親権を主張することはできない。したがって、戦後も長く、女性が親権を取ることは難しかった。子どもは家のものだったのだ。

ただし、親権取得に性別による限定はない。家父長制を基盤にした家制度と、先進的すぎた男女平等憲法の妥協の産物が単独親権制度だ。実際問題、「主婦」という言葉も、「主人」に対抗する中での女性の権利主張の中から生じた言葉だ。経済面で男性に依存し、家事育児で女性に依存することが、それぞれの分野での発言権の平等を保障することはありそうもないので、役割分担の中での責任の所在を言葉に込めることで平等性を見せかける。当時、性役割の中での対等性が男女平等であるということに疑問を持つことはなかなか難しかっただろう。

男女の親権取得率が逆転するのは1966年を境にする。高度成長とともに女性が経済力をつけ手当が得られれば、別れた相手に頼らなくても養育もできるので、親権が得られるようにもなる。アメリカでは共同親権のもと養育時間を男性と分け合うことは女性の社会進出にも好都合なので、フェミニストが共同親権を当初提唱したというのも聞いたことがある。

一方で、女性保護の側面からフェミニストが成立を目指し支援の担い手になったDV法は、各国とも法制度が整えられていった。ただし、海外では刑事事件として扱われるDVは、日本の場合民事対応なので、実際に暴力の有無と関係なく行政支援が動き、親子分離が横行する。父子関係を取り戻すための行政上の手続きは用意されていない。DV被害者支援の側は、「加害者」の危険を煽って分離を継続し、一方で自立のための支援を行おうとする。

しかし、もともと子連れで住所を隠し保護の対象となるのは専業主婦がもっぱらだ。というのは、男性や仕事を持つ女性はそれまでの社会生活の継続が困難になるので子連れでシェルターに入るのを躊躇する(男性にはシェルターがない)。結果、社会生活の経験のない女性は支援がなければ夫の元に帰ることになる。支援は離婚が前提だし、自立のためには夫から金をぶんどることが必要だ。そのために子どもを人質取引に使うのが、弁護士の常とう手段となる。つまり、DV法は親権と離婚を得るための手っ取り早い解決法だ。一時的な分離はできても、当人たちの関係性の困難は何も解決しない。単独親権で暴力やモラハラが防止できるなど想定できない。この援助の現状は、「主婦」概念に依存することによって女性の解放を目指すという、普通に考えれば無理筋の方法論によっていて、それで男女平等は実現しない。

しかし、女性の側からすれば、男性支配から逃れたということで正当化されるこの手段は、男性の側からすれば子どもを奪われる拉致だし、親権をはく奪して男性を弾圧するための差別となる。結局のところ、親権というのは奪い合うことしかできないし、家庭における権力闘争に女性が勝利する手段として拉致とDV法がある。養育時間を分け合うことは、この権力闘争に女性が勝てないことを意味する。ここでの親権は、子どもに対する支配権そのままで、子どもが自身の意見表明を手続き上保障されるのは、親と分離された後でしかない。これは家庭における忠孝秩序の現代的なバージョンだ。父系から母系に変わっただけの家制度の変更はない。

関係が困難になっているのに、共同での子育てはできるのか。答えは単独親権制度があるから関係は困難になるし、支援があれば共同での子育ては可能だ。女性支援はそのノウハウがないから、「DV男は変わらない」としか言えない。

しかし、共同親権、子育ての機会均等を前提にした支援のあり方は、家を前提にした忠孝秩序の基盤を損なう。戸籍とは臣民簿である。戦前の天皇制支配を支えた最少単位としての家では、関係としての家族と場としての家庭は一致し、上意下達の忠孝秩序がそれを支える。しかしそんなことは最初から無理な話だ。戦後は核家族をモデルにした家族幻想が振りまかれ、体裁、世間体が家族関係を規定し、今DVや引きこもりという形でそのひずみが顕在化している。

家族関係を家から解放し、複数の家庭の存在を前提にし、「選ばなくていい。パパの家、ママの家」なんて言ったら、戸籍はどうするという話になる。不平等条約の解消のために、民法典の編纂が目指されたとき、「民法出でて忠孝滅ぶ」と論争が起きた。今日本は外圧を受けて、国際離婚に関しては国際的な子の奪取の民事面に関するハーグ条約を批准し、国際的な人権保障の枠組みに入った。家族関係の再編に戸籍の形しか許さない国内の体制は続いている。それが続く以上、再編手段としての日本の国内拉致の解決を求める外圧は止まらない。木村草太が言っているのは、「共同親権出でて忠孝滅ぶ」にというそれに対するリアクションだ。

(宗像充、「越路」9号、2018年12月)

子どもに会えない親たちの運動10年

ぼくは2007年に元妻から出された人身保護請求によって子どもと引き離された。当時彼女とは事実婚(法的には未婚)だったため、民法上親権は女性の彼女にあり、それを根拠にぼくが子どもたちを拘束しているとされた。引き渡したときに子どもには「会わせる」との約束があったけれど守られず、その結果10年の間に5回裁判をすることになった。

この国では親の別れが親子の別れに直結する。子どもと離れて暮らす親が子どもに会いたいと言えば、「ワガママ」「権利ばかり主張して」と罵声を浴びせられてきた。それだけならともかく、「加害者」「DV男」「子どもに執着している」……ぼくたちが声を上げたときに投げかけられた言葉には果てしがない。

10年前の2008年に、当時住んでいた国立市の議会に離婚後の親子交流の法制化の陳情を出したことでぼくは運動を始めた。当時は「シングルマザー」という言葉はあっても、「別居親」という言葉はなかった。子どもと離れて暮らす親は、親というより「シングル」とみなされていたのだ。

しかし、離婚時に親権をどちらか一方の親に決めるという必要性はどの程度あるだろうか。実際には「子どもにとって離婚とは家が二つになること」という当たり前の事実に気づいた海外の国々は、欧米を中心に共同親権へと移行していった。この流れは世界的なもので、中国やお隣の韓国も法制度的には共同親権だ。子どもは両親から生まれる、という事実は、家の都合や親権をめぐる男女の主導権争いを凌駕していったのだろう。いったい何のため、誰のために単独親権制度を守るのだろうか。

運動が無視できない状況になってくると、今度は「問題のある別居親」(週刊金曜日)とぼくたちは呼ばれるようになった。この問題に限って言えば、別居親や、その多くを占める男性に対するヘイトをためらわないのは、むしろ、左派・リベラルである。親権なんか別居親に渡すと、被害者のDVやモラハラの被害が継続するというのだ。しかし、彼らが「被害者」であるのは、子どもを確保しているからである。

男女の親権取得率は女性が8割を占めるが、それは夫婦間に葛藤を生じたときに、相談に行って逃げる場所(多く「シェルター」などが用意される)を用意されているのは女性だけだからだ。そして裁判所は子どもを確保しているほうにまず間違いなく親権を認める。つまり親権目的の子の連れ去り=拉致が生じる。この点から見れば、別居親は被害者である。しかし別居親を批判する側は、これを被害とは認めない。

なぜだろうか。

それは男性が子育てに関わることの権利性を認めないからだ。そうなると、そんなやつらのために法整備を認めるなんてとんでもない、ということになる。「問題がある」のが別居親ではなく、別居親は「問題がなければならない」のだ。原因と結果が倒錯しているように感じるが、そう感じないとしたら、あなたが性別役の罠にどっぷりはまっているからだ。何のために単独親権制度を守るのかと言えば、それは家制度=戸籍である。

ぼくは事実婚という男女のパートナーシップのあり方をとってこうなっているので、親権が欲しいわけではない。しかし、ぼくたちが「親子が親子である」ためには、こういった現在の法制度とそれを支える社会の偏見を取り除くしかなかった。男が仕事しないで子育てできる、そうなれば、男女のパートナーシップのあり方はもっと多様になっていくだろう。

(宗像 充「月刊まなぶ」2019年1月号)