日本国憲法VS「非合意・強制型の共同親権」という婚外子差別

「鰯の頭も信心から」

 国会で離婚時の共同親権についての民法改正案が審議され、共同親権に対する関心が高まっている。国会審議では、「非合意・強制型の共同親権」というフレーズを用いて反対議員が、合意がないのに共同親権なんて子どものためにならない、と盛んに言っている。ところで、この「非合意・強制型の共同親権」というのは、憲法学者の木村草太が言いはじめたことだと記憶している。

最初聞いたとき、なんのこっちゃと思った。「親権の概念を変えて親責任にしよう」とか言ってる連中が、一方の意向で逃亡を免責する主張を一生懸命している。「鰯の頭も信心から」程度の理屈にしか思えなかった。

SNS上で同様の書き込みを見て、合意があって子どもが生まれたのに、こんなの生まれてこなければいいような理屈じゃないかと反論したところ、「こどもに関わる問題で意見が一致しない場合には事を運べなければ、被害者は子ども」と繰り返す。その次にDVの例を挙げ、共同親権でかかわりが必須になれば命にかかわる、ともいう。

親は離婚するが子どもは離婚するわけではない

ところで、配偶者間の殺人が問題になるのは婚姻中で、民法上は協力義務は一応あるので、であれば、主張するのは婚姻の禁止が正しい。また、子どもが殺害される事例は女性が9割の親権を得る単独育児の場合に度々起き、これは合意がない結果だ。なぜ子どものために親どうしの協力が可能な法や支援を求めないのか、ぼくは問い返すことになる。

親は離婚しても子どもは離婚するわけではない。子どもが片親を失うことの痛手について想像すらしない主張を大真面目に言う感覚に、性役割の浸透を見る。

戦後憲法の施行と婚姻中共同親権の来歴と構造

 このところNHKの連ドラの「寅に翼」の影響で、戦前、女性が無能力者にされ、親権もとれなかった時代について紹介されている。戦前は家父長制戸主制度のもと、父親単独親権だったので、度々の民法改正の議論の中で、共同親権を求めていたのは女性たちだった。

民法改正は戦前は機会を失い、戦後、両性の本質的平等と個人の尊重が規定された日本国憲法のもとで共同親権がようやく実現している。共同親権は男女平等の成果だ。それに反対するということは、家制度への回帰を求める、と言われても反論はできないし、控えめに見ても女性が親権を取れる状態を維持したい既得権に他ならない。

 ところで、1947年に8カ月間暫定的に規定された「日本国憲法の施行に伴う民法の応急的措置に関する法律」では父母による共同親権を規定した上で、婚姻外においては協議による親権決定を可能とし、決まらなければ司法が決めるとしている。表面的には今回の民法改正案に近似している。

しかし実際の戦後民法改正は婚姻中のみに共同親権を適用し、しかも父母の意見の不一致の場合の調整規定を欠いていた。法の構成としては、戦前の単独親権制度の上に婚姻中のみ共同親権を部分的に導入している。

今回の民法改正案も単独親権制度

この範囲を離婚後と未婚時に一部広げたのが今回の民法改正案であり、しかも未婚時と出生前の離婚の場合は母親親権がメインとなっている。これは、父母の原則共同親権のもと、離婚時への手当を行なった応急措置法とは構成が逆になっている。現行民法改正案もまた大本は単独親権制度であり、故に意見の不一致の場合の司法決定として監護者の指定という形で、他方親の親権を無効化する規定を新たに設けている。

故に、この監護者指定の必須を要件に共同親権に反対することは、性の違いはあっても、構造的には戦前の家父長制の復権に他ならないし、言い方に誤解を与えるのなら、戸籍制度として生き残った家の温存を図るものだ。左派やリベラルにとっては本来、日本国憲法の理念を自ら空洞化する劇薬に他ならない。 

「非合意・強制型の共同親権」という婚外子差別

 ところで、共同親権反対の議論には、単独親権ではなければ社会的養護しかない、という主張もあり、こうなると家族とは国のために存在する、という国家思想を彷彿とさせる。

男女が子作りするときに、まさか自分が子育てできない身になるとは想像しない。また、子どもは親の不仲で片親を失うなんて納得がいかないと、よく両親がけんかしていたぼくは素直に思う。親の虐待を受けて育った子どもの体験は貴重だ。しかし、だから他の子も同じように親の養育を受けられなくても仕方がない、となれば、他の親子には迷惑この上ない。

ところが、親の不仲で父母双方から養育を受ける機会を子は失ってしかるべきだし、それが婚姻の内外で区別しうるという主張に、共同親権反対の人達は血道をあげている。それは婚姻外においては子は婚姻時に一応は法的に確保されうる権利を失うという意味で、婚外子差別にほかならない。

リベラル・左派の乱心

それはまた、ぼくたちが先の国家思想・家族思想と対峙している共同親権訴訟の下級審判決で「婚姻外の差別的取り扱いは合理的」と述べた、司法の姿勢を反映したものだ。実際、共同親権では「適時適切な意思決定ができない」という法務官僚の反論を下敷きにした司法決定を、共産党の議員がぼくたちの訴訟の判決文からそのまま引用している(たしかに判決文を本村伸子事務所に手渡した)。信義を損なってまでの司法官僚の手先ぶりは見事だ。

また、別姓事実婚を実践していた福島瑞穂のような政治家が、非婚の子の差別的取り扱いをすべきだと、率先して審議で主張して法律婚優先主義の強力な守護者となっているのを見ると、なんと身勝手な人間が護憲活動をしてきたことかと感嘆する。

「お金は分けられるけど子どもは分けられない。だから時間を分ける」

日本国憲法の精神を民法に活かすとするならば、婚姻内外問わず養育時間における男女同権が基本となる。それを共同親権と呼ぶのが気に食わないなら、双方親権と呼べばよい。呼び方の問題が重要ではない。(2024.5.2)

親権のきた道

 久しぶりに日曜日に習志野市内の幕張本郷の交番に行くと、交番相談員のYさんが「最近は来ないから、どうしたかなあと思って」と口にした。

 昨年の12月に下の子が18歳で成人した。それに先立って、最高裁の決定で月に1回4時間の面会交流の決定が取り消されていたため、元妻とその夫に面会交流を義務付ける決定はなくなっていた。なので毎月第2日曜日の午後2時からと決まっていた決定の日時をこちらが尊重する必要もなくなった。何かと都合がよかったので、土曜日に曜日を変えて習志野市まで行って交番に立ち寄り、娘の暮らす家に行ってチャイムを鳴らす。

 土曜日の交番相談員は別の相談員でこの人も顔見知りだった。話は通じるものの、日曜日が担当のYさんは、毎月訪ねて来ていたのにどうしたかなと聞いてきたのだ。

「もう娘も高校3年になってこの春で卒業です。卒業したら家にいるかわからないから、ここに毎月来るのも今日が最後になるかもしれません。長い間ありがとうございました」

 裁判所の決定では子どもとの合流場所がここになっていた。元妻やその夫(の元友人)が子どもについてやってきて、子どもが「帰る」というと、交番に子どもを連れ込んで引き離すというのを繰り返していた。交番の人もわりと公平に話は聞いてくれたと思うけど、面会交流の間に子どもを戻してくれはしなかった。いろいろあってその後家を訪問するときには、トラブル防止でYさんと交番には挨拶をすることにしていた。

 洗濯物が出ているのに雨戸は閉められ、人は出てこない。あらかじめ書いておいた手紙を投函してそのまま駅に向かう。子どもが来なくなって家に行くようになって、いっしょに共同親権訴訟の原告のSさんが来てくれるようになっていた。何回も行っているので近所の人とも雑談をかわすようになっている。現れないのは子どもだけだった。

 この通常国会で「離婚後の共同親権を導入」する民法改正案が提出され、つい先日衆議院を通過して、この調子だと成立する見込みだ。ぼくたちが2019年に単独親権制度の違憲性を訴えて国賠訴訟を提起したのとちょうど同じころ、国で論点整理の議論が始まり、その後法制審議会で要綱案がまとめられ、今年2月15日になって法務大臣に答申されている。

 この法案の中身は親子を無法に引き離す現行の司法運用を合法化するものだったので、このまま立法されても困ると、「ちゃんと共同親権」という少人数で短期間のワーキングチームを年明けから作って活動を始めた。リーフレットを作り、法案が国会に上程されるタイミングで法案には反対を表明した。

この法案では、養育費徴収の強化については具体的な立法がなされたものの、親子関係の妨害を排除する手立ては努力規定に止まっている。「子どもに会えなくても金は払え」だった。それに離婚後に合意があれば共同親権を選べるとはいうものの、もめれば司法に一任されてDVなどの「おそれ」があれば親権を奪われる。また、仮に共同親権になったとしても、司法は監護権を一方に指定し、そうすると他方の親権者の権限が空洞化する。結局これだと単独親権制度の焼き直しになる。

父母双方に協力義務や人格尊重義務が課されているのは、結婚、未婚かかわらない。一方で、「離婚後」に共同親権が協議で可能となったのに、「未婚」や「出産前の離婚」は、母親単独親権メインになり、ここで離婚の場合と区別される。法律婚優先を維持するために、婚外の父母の法的関係を婚姻内とは区別し、かつ未婚でも場合分けする。子どもの側から見れば、非婚(未婚と離婚)でも、離婚や事実婚の場合は共同親権になり得ても、父親が逃げた未婚の場合は父親の養育を受ける芽はなくなる。二重の意味で婚外子差別を強化する。当事者間も分断を深める結果が予想できたのだ。

非婚の父親として最初から親権を放棄した人間としては、「共同親権が欲しい」ではなく、「親権がないことによる差別」が問題だったので、共同親権訴訟も基本的人権の尊重を明記した日本国憲法が素直に武器になった。この点については反対の中で強調したし、理解してくれる仲間がいた。

こういった点は親権決定における司法の基準である「子どもの利益」の解釈の議論に集約される。そもそも一般的な意味での「子どもの利益」なんて、虐待とか親が子に危害を加える場合には除外規定として特定できても、何が「子どもの利益」になるかなんて、普遍的なものがあるわけもない。特定の子の利益はその親がまずもって考えるわけで、他人が「買い食いよくないよ」とか言ったって、「うちの子のことですから」ですませられてしまう。

この場合の「子ども」は、単なる少年少女の意味じゃなくて、親に対する特定の子どもで、その子は父母2人から生まれる。だから双方とのつながりを維持することが海外では「子どもの利益」とされた。単独親権から共同親権へと法改正で転換していった理由だ。共同親権賛成、法案反対が基本姿勢ということになる。

ところで、難波さんも書いているように、この議論には熱烈な反対勢力がいて、もっぱらの反対理由はDV被害が継続するというものだ。この点についての反論はたくさんしたけど、特定の人が嫌な思いをしたからといって、見ず知らずの親子を生き別れにする権限なんて最初からない。

こういった反論とともに、法案の問題点を毎週上京して議員たちに説明し、一方でネットラジオで問題提起し続けた。立憲民主党がいろいろいちゃもんを付けても、反対したのは国会では共産・れいわ新選組だった。

ところで、昨年末に『結婚がヤバい 民法改正と共同親権』という本を出している。この本のメッセージは、結婚はぜいたく品になってしまって、それが戸籍制度に残る家制度による性役割に起因するというものだ。「正社員家庭」という言葉を作った。ぼくとかは「非正規」の家族関係だ。

共同親権を掲げる運動は当初から、「親子関係と親どうしの関係は別物」と言ってきて、それはまた、「結婚と親子関係は別物」ということでもあった。そうすると、出産子育てを前提に、氏による家の存続が至上価値になる日本の結婚は、親子関係を共同親権で保障することによって再編成されることになる。

日本国憲法は「婚姻は両性の合意のみによって成立する」と規定している。届出主義の戸籍結婚は、事実婚主義の憲法結婚が本来の姿だった。そうすると、夫婦別姓や同性婚の立法化が可能になる。だけど実際には、選択的夫婦別姓や同性婚の活動家から、共同親権は反発されている。みんな自分のことしか考えていない。

婚外子を犠牲にした民法改正に疑問を投げかけることで、結局、親権の議論をしていたつもりが結婚の議論をしていたことになる。娘も成人した。いくら法律が変わったといっても、国の法改正の動機は外圧なので、形通りの法改正ですみはしないだろう。自分も含めて家族はどこに行くのか、見届けるのは運動であって、趣味で、それもいのちきになるみたいだ。(2024.4.23 越路23号)

共同親権反対という改憲運動

左派系党派が共同親権反対を表明

 4月16日に「離婚後の共同親権の導入」を盛り込んだ民法改正法案が衆議院を通過した。衆議院で法案に反対したのが確認できるのは、共産党、れいわ新選組になる。前後で左派系党派が反対をおっとり刀で表明している。みどりの党、生活者ネットなどだ。社民党は福島みずほや大椿ゆうこが反対集会で発言している。

 中身を見てみると、DVが継続する、合意が得られない場合の混乱などがもっぱらで、かねてからこれらの批判は既得権にすぎないと批判してきた。海外では共同親権でも対策がとられるし、DVや虐待は年々認知件数は過去最高を記録し、単独親権制度にDVの抑止効果はない。それどころか、子の奪い合いや育児の孤立による事件はいくらでもあるからだ。

 男性の側のDV被害も報道されるようになった。司法で女性が親権を得る割合は94%だから、親権者に多く加害者が含まれているのは明らかだからだ。これらは被害者保護や暴力抑止の失敗の末であり、共同親権を犯人に仕立て上げるのは無理がある。

共同親権は家父長制の復権は本当か?~家族主義的な反対論

 共同親権反対には共同親権は家父長制の復権でバックラッシュだ、という根強い意見がある。

 しかし、戦前は家父長制家制度のもと父親単独親権で、父母同権の共同親権を求めてきたのはもっぱら女性たちだった。

 現行民法は日本国憲法が5月3日に施行された1947年に改正案がまとめられ、翌年から施行されている。今回と同じく法制審議会と法務省は関係団体に意見の照会をしている。

 その際、当時の主要な女性の法律家や研究者、共産党や婦人民主クラブの活動家などからなる家族法民主化期成同盟会は、民法改正案における修正意見を出し、「氏」に実効的効力を求める規定の削除を求めた。そして、「婚姻、離婚、私生児認知などの場合に、子と氏を同じくする父母の一方のみが其の子に対し親権を有するのは不当であるから父母は親としての関係に基き常に子の監護、教育について権利・義務を有するものとすべきである。 」と父母による共同親権を求めている。

 同盟会には法制審議会委員の川島武宜 もいて、戦前の家制度が「氏」によって夫婦と未婚の子の戸籍制度として温存されたその経緯を理解していたことがわかる。こういった意見は唐突なものではなく、戦前には実現しなかった民法改正の議論を踏まえたものだ。  

 男女同権や未婚の母の法的地位の確保という観点からは、共同親権を婚姻内にとどめる理由もない。実際、準備が間に合わずに憲法施行から翌年の現行民法の施行までの間に一時的に適用された「日本国憲法の施行に伴う民法の応急的措置に関する法律」(応急措置法)では、婚姻内外問わず一律共同親権とされた。すべての子どもに親の保護を与えるのが狙いだったことを当時の裁判所は述べている。離婚や認知の場合の親権者は協議によって決めることも可能だった。実際共同親権で離婚したカップルもいた。

 1948年から施行された民法は、共同親権を婚姻中のみにとどめ、たいした議論もないまま「氏」のもとに残った家制度と手打ちをしている。

「寅に翼」の時代~現代の女たちの勘違い

 NHKの連ドラ「寅に翼」で戦前の女性たちが置かれた法的立場が注目されている(見てない)からか、共同親権の立法化が先行し、自民党の反対でとん挫した夫婦別姓が進まない女性たちのいらだちを、度々記事やネットで見かけることがある。しかし「寅に翼」の主人公「猪爪寅子」もまた、司法事務官和田嘉子としてこの期成同盟に名を連ね、共同親権を求めている。「ふぇみん」の赤石千衣子さんの婦人民主クラブや共産党の人も期成同盟にいる。

 共同親権はバックラッシュだという女性たちの反発に、何を言っているんだろうと最初思った。女が親権をせっかくとれるようになったのに、また男(父親だけど)に口を出されるのかという心情は想像できる。実際、戦後初期は女が親権をとれない状況で、親権取得率の男女割合が逆転するのは1966年になる。

 しかし、共同親権が父母同権を実現する手段であったなら、1966年後に男女ともに親権がとれるようになった時点で法改正をしておくべきだったのだ。しなかったのは、氏によって残存した家制度が法律婚優先主義の意識を定着させたので、「婚姻外の差別的取り扱い」に疑問を感じる感性が奪われたからだろう。歴史的経過を振り返れば、司法で女性が親権をとれる割合が94%になった時点で、共同親権に反対することは、いろいろ理由をつけようが既得権以外に説明のしようがない。

共同親権反対という改憲運動~男女同権の遺産を食いつぶしている

 ところで、今次共同親権に反対論者や政治党派は、護憲を標榜する人が多い。自民党の改憲案が婚姻の自由と家族における個人の尊重と両性の本質的平等を規定した憲法24条の復古主義的な改正も視野に入れているので、その自民党が推進する共同親権法案について、警戒しているのはわかる。

 実際、親権をもてない女性のための便宜であった監護権は共同親権であれば不要なものなのに、逆に共同親権時にも他方親を排除する権限として温存され、その点では危惧も根拠なしとしない(この点から単独親権制度の廃止を求めてきたぼくたちは法案には反対した)。

 しかし、共同親権に反対する人たちが求めているのは、逆にこの監護権による事実上の母親単独親権の司法慣行の温存である。結果的に子を確保できる状況にない大部分の男と、女だけが子どもを見ることを潔しとしない少数の女が割を食う。

 これでは戦前戦後と女たちが求め日本国憲法の施行によって実現した男女平等の成果を損なってしまう。自民党の狙い通りに家族の国家支配を強化し、改憲を促進するだけだろう。民法改正のこの時期に、護憲派が何をしたか、記憶に残すためにこのエッセイを記録に残すことにする。(2024.4.24)

立憲民主党の親権政策がチルドレンラストなわけ

民法改正法案委員会審議入り

 この記事を書いている3月27日に衆議院法務委員会で「共同親権の導入」に関する民法の一部改正案の政府による趣旨説明が行われ、審議入りした。共同通信はDV、虐待をどう防げるかが焦点と早速議論を誘導している。あたかも単独親権制度がDV、虐待に貢献してきたかのような書きぶりだが、この間、一貫してDV、虐待の認知件数は増加し続けている。

 与党がこの法案を通すという方針を決めて通常国会序盤で法案提出してきたので、野党の対応が注目され、この間、「ちゃんと共同親権」では、銘々野党議員に働きかけをしてきた。立憲民主党や共産党、れいわ新選組の議員には、共同親権に反対する議員が多いので、ぼくは親切でそれら議員事務所を訪問している(といっても1人でやっているので人数的にはたいしたことない)。門前払いが多い。

立憲民主党は単独親権擁護

 3月24日には、長野県の地元の国会議員の杉尾秀哉氏さんのオンラインミーティングが共同親権について取り上げ、立憲民主党の法務担当の米山隆一さんがゲストとして招かれるという形で、党の政策が示された。

 米山氏の説明によれば、まず、面会交流・養育費と共同親権の議論は関係ない。婚姻中は共同親権で問題ない。離婚後においては、協力できる父母は共同親権でいいけど、合意できなければ単独親権。親権者変更で親権のない親が共同親権を持つと困るので、要件を厳しくするような修正か付帯決議を付ける、というのが大方の方針のようだ。その後の立憲議員との面談でもおおむねこの方針は共通政策とされていることがわかる。DV支配の継続を防ぐというのがその理由とされていて、「そうすれば単独親権と変わらない」と支持者と議員の間で言い合っていたのが印象に残る。

 改正法案では単独親権にしたいほうが立証義務を課されるのが危惧されるという。家裁は職権探知で証拠調べなんかまじめにしない。ただ1947年に施行された、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚する応急的措置を講ずることを目的とする、「日本国憲法の施行に伴う民法の応急的措置に関する法律」は婚姻内外問わず共同親権とされ、すべての子どもに親の保護を可能とすることが目指された。歴史的経過から言えばむしろ歓迎してもよさそうだ。

とにかく不勉強

 ところが米山氏は「 婚姻中は共同親権で問題ない」という。相当ずっこけた。この人は、各国で共同親権へと転換した家族法制が、婚姻と親権制度を分離することを最終的な着地点としてきたことを何も知らない(知ってて言ってるとしたら悪質なのだけど会話中にその素振りは感じられなかった)。

 また面会交流・養育費と親権議論を分離するというのは、おそらく親権議論を決定権の問題に切り縮めるのが目的だ。改正法案は、養育費の徴収強化については立法化した。しかし面会交流についてはこれまで通り(か気休め程度の努力規定)。立憲民主党が面会交流の実現についての立法化の見送りに異議を唱えたとは聞いていない。「会わせたくないけど金はほしい」と言っているだけだ。

 杉尾氏のオンラインミーティングでは、別居親がDVについては刑事で取り組むべきことと主張した。そうすると一斉に不満の声が参加者から湧きあがった。助け船を出そうかとも考えたけど、途中で米山氏、杉尾氏の知識不足に呆れ気味だったので、悪いけどしゃべる気力がなくなっていた。政策的に言えば、取り決めの不在が争いの継続を生むので、養育計画の策定を義務付けることが一助となる(「会わせたくないけど金はほしい」人はこれは避けたい)。

思考放棄と無責任

 現在のDV施策は自力救済という逃亡支援という民事対応だ。なので子連れでうまく逃げられなかった人は男も女も見捨てられる。

 米山氏は弁護士でもあったので、継続性の原則がおかしい、というぐらいの知識と自覚はあった。だけど、親権がほしかったら子どもと離れないように言わないと、クライアントから訴えられる、と「連れ去り」と呼ぶことは否定した。ここに親権を失った側への同情や、親と引き離された子どもの境遇への想像力は感じられない。「大した問題ではない」と思っているのだろう。

 継続性の原則がおかしくて、だけど「連れ去り」とは呼ばないでほしい、というなら、「先にとったもの勝ちとならないような制度設計はいかなるものか」という問いに答えるのが政治家の役割となるはずだ。その答えが「単独親権制度の維持」なので、もはや思考放棄と無責任の合体技だとしか思えなかった。婚姻中の単独親権も主張すべきだ。海外の施策を少しでも調べればこんな結論にはなりようがない。

婚外子差別とチルドレンラスト

 ところで今回の民法改正法案は、未婚や出生前の離婚においては母親親権メインが残り、離婚後の共同親権の導入を自己目的化して法が改変された分だけ婚外子差別を強化している。この点、立憲民主党の議員に陳情する場合のポイントとして強調してきた。米山氏の「婚姻中は共同親権で問題ない」は、逆に言えば「婚姻外の父母は問題ある」と言っているようなもので、共同親権訴訟で司法が言い放った、婚姻外の「差別的取り扱いは合理的」そのままで、司法と同様の差別思考だ。

 そもそも婚姻の有無や親の不仲といった親の関係によって、親と会えたり会えなかったり、子どもから見たら理不尽そのもので、このこと自体が婚外子差別であるとともに、子どもに序列をつけている。法案が成立すれば、離婚後の「共同親権の導入」が現実となり、実際に共同親権での離婚が増え、父母間を行き来する子どもも増えることが予想される。そうすると、父母の不仲で片親との接触を禁じられた子どもは、境遇の差に理由を求めるだろう。

 もし聞かれたら、「政治家たちはそのことを考えようとはしなかったんだよ。特に立憲民主党という政党の仕打ちはあなたに冷たかったよね」と説明しようと、今から思っている。(2024.3.28)

 

 

共同親権民法改正のタウンミーティング開催の陳情を大鹿村議会に出してみた

3対4で不採択

 現在、共同親権についての民法改正案が国会の審議にかけられている。ぼくは子どもと引き離された経験があったので、長年民法改正運動に取り組んできた。そんな中で出てきた法案は、単独親権民法のもと親子を引き離してきた司法慣行を追認する欠陥法案だったので、法案には反対している。国が法改正を急ぐ理由は外圧なので、仮に法案ができなくても国はまた出し直さないとならない。欠陥車のリコールを求めているような形だ。

 昨日14日に衆議院本会議で法案審議が始まった。そして陳情の趣旨説明があった8日には法案の閣議決定が行われている。そして今日15日に本会議採択が行われて結果は3対4で不採択となった(議員は計8人、議長は投票に加わらない)

日本でもっともダーティーな村議会

 ところで、大鹿村議会は2つの常任委員会があり、陳情がかかったのは総務社協常任委員会で委員全員8人が出席している。委員会審議は非公開だ。陳情提出者は委員会で発言できるわけだけど、それを傍聴することもできない。

 自治体議会の公開は地方自治法で定められている。委員会は議会が付託するものだから法の趣旨に従えば公開が原則となるはずだ。しかし村議会規則で委員長権限で公開・非公開を決められるようだ。多数決で非公開を決めているのだろう。悪質なことに、もう一つの委員会も8人全員が出席していて、結局案件の実質審議を密室でするために非公開にしているわけだ。

多分8人で昼間っから宴会でもしているのだろう(そうじゃないと言うなら公開にすればよい)。「村民に言えないようなこと話してるんでしょう」と陳情の趣旨説明の最初で8人全員に向かって言った。

大鹿村は日本でもっとも美しい村連合に加盟しているが、村議会は日本でもっともダーティーだ。村の空はいつも鉛色。

採択の中身

 ところで、一応委員会の審議は本会議で委員長報告があって、伊波ゆかりさんが発表。中身を聞くと不採択意見は「法案に問題がない」「大鹿村だけでタウンミーティングをもとめても」というもの。採択は説明を聞きたいという当たり前のものだった。

 委員会で意見が割れると、大鹿村議会の場合、賛成反対それぞれ代表者が1名ずつ出て討論をする。この辺茶番っぽい。

採択の意見は加藤哲夫さん。親権問題で悩んでいる人が知り合いで2人いて、離婚して前妻の子3人と年3回会っている人と、息子が離婚して子どもと会えなくなって、会いに行って警察沙汰になったことがあるという。どこでもあるんだなと思った。共同親権になって子どもに会うという面では進歩だし、公聴会で様々な意見を聞いて決めるのがいいのではないか、と陳情提出者としてうれしい意見を言ってくれた。反対は、松澤武裕さん。「内容を検討したが必要ない」という。「お前が議員に必要ないわ」と心の中で思ったけど、礼儀正しいのでヤジったりはしない。

 ちなみに委員会審議では子どもと会うために5度裁判手続きをして、今は国を立法不作為で訴えているという自分の経過をしゃべった。そしたら「子どもの意思もあるのに親のエゴだ」という意見が田代久夫さんから出た。子どもに会いたいという気持ちを言わせない社会のほうが間違っているから、社会運動が成り立っているわけだ。否定した上で「子どもが会いたくないと言うのは理由があるけど、半分半分で子どもの養育ができていれば子どもが会いたくないとか言い出す機会は少なくなりますよね」と説明はしておいた。

 大鹿村は島だ。離婚も多く、子どもがそこに巻き込まれないためにも、発言し続けるのは大事だなと思った。

 採択の賛否は以下である。(2024.3.15)

採択  伊波ゆかり、加藤哲夫、宮崎純平

不採択 秋山光夫、松澤武裕、田代久夫、齋藤栄子

(議長 河本明代)

自己責任の価値の暴落

宗像充(インチキフリーライター)

 安田順平が拘束から解放されて日本に帰ってきた。安田氏とはフリーランスという以外に共通点はないし面識もない。そうはいっても、安田氏が取材先で拘束されて、戻ってくる度に「自己責任」という批判が起こることには、かなり違和感がある。

 その理由の一つに、安田氏は、何回か拘束されても殺されずに戻ってきている、ということがある。もちろん次は死ぬかもしれないし、拘束されずに戻ってきて、現地の様子を伝えるということも、ジャーナリストとしては本分かもしれない。だけど拘束されて殺されずに戻ってくる体験が何度もできる人は普通いない。それだけですごいことのように思えるし、実際殺される人がいたのだから、単に運が良かっただけでない、生き残るための技術があったとのではと思う。例えば離婚体験のない人が、離婚の実像を当事者にインタビューして伝えるのと、何回か離婚した経験のある人が離婚について語るのとでは、表現の巧拙の違いはあっても、説得力の違いがあると思う。それって単純にぼくは知りたいと思う。

 それに、安田氏は身近な人に心配をかけたのはあるにしても、何か誰かに迷惑をかけたのだろうか。国が行くなと行ったところに行ったのだから……と批判する人がいたとする。しかし、そう批判した本人に安田氏は何か迷惑をかけたか。税金を無駄に使われたから不満なのだろうか。国が自国民を守らなければ国がある意味もなさそうなので、適正な税の支出方法だとも思える。

そもそも現地の人はジャーナリストに利用価値があると思えば殺さない。自分たちの声を外部に伝えてくれるものであると期待できるとしたら、むしろ利用する。ジャーナリストとして利用価値がなければ人質にして金と引き換えにもしよう。

ジャーナリストでもなければ自分たちの声が外部に伝わらないという状況は、ジャーナリストにとっては飯のタネだけれど、その声は見捨てられた現地の人の不満なのだから、それを代弁しようとすれば、そういった状況を作った側に批判的になるのは当たり前だ。そうしてほしくない国の政府はそこには行くなと言うに決まっている。だから、そもそもジャーナリストが国を批判するのは当たり前で、批判しなかったらジャーナリストじゃない、ということになる。

ジャーナリストが何かということは別にしても、つまり政府が行くなという場所を設定するのは、その地域の実情が伝わることが、その国にとって都合が悪いからだ、ということが本音に思える。だから小泉政権のもと、アメリカのイラク侵略をいち早く支持した日本政府は、イラクの人質事件が起きたときには「自己責任だ」という本音を丸出しにしたし、今回も「現場で救助に当たっている職員の努力やプロ意識を損なうので自己責任だなんてやめてほしい」とたしなめたりしない。

ちなみに、現場の苦労を理由に遭難ヘリの有料化が議論されたりしたとき、救助に当たる人からの違和感を聞いたことがある。「お前らはどうせ金で動いてるんだろ」と言われているようなものだからだ。ヨーロッパの国立公園では、クライマーの遭難に対してどれだけ充実した救助体制を持っているかを誇りとしている地域もあると、国立公園の研究者に聞いたことがある。自分は行かないで部下や他人に金と権力で仕事をさせる人間が言う「自己責任」などまじめに議論する必要があるのだろうか。今「自己責任だ」とか言っている連中は、そもそも救助をしようという発想すらない。見殺しにしても関係ない(つまり迷惑じゃない)からだ。

最後に、政治的にこの問題を論じることは一面的だ。安田氏がジャーナリストの職務とか言っているのは、自分の仕事の意義を見出したい人間にとっては普通だ。しかしそもそもの動機は、誰も見たことがない場所に行って自分の目で見てみたい、という思いだろう。行って自分だけが知ったことがあれば、だれかに伝えたくなるのは人情だろう。それが結果的にジャーナリズムとして成り立っている。

それを批判する人間は、そもそも自分が知らない世界に対してあえて知ろうとしないか、自分ができないことを他人がやることについて、「おれが我慢してるのにあいつだけ」とねたみや嫉妬から言葉を発する。

自己責任という言葉でリスクの伴う登山に出かける人はいる。それはそもそもリスクを引き受ける側の人間が使ってきた言葉であって、そのつもりもない人間が、他人のミスを見つけて足を引っ張るための言葉ではなかったはずだ。この自己責任論に対して、ダルビッシュや野口健といった、どちらかというと一匹狼や異端児が批判的なのは、そういった他人の感情とずいぶんたたかった経験があるからだろうと思う。しかしぼくたちが、彼らが何か失敗したときに、「自己責任だ」と言うとしたら、ずいぶん下品だと感じないだろうか。(2018.11「府中萬歩記」)

猫屋敷の人々

 中川村のたろう屋さんは自然食品や野菜を売っている。ぼくの本を置いてくれる数少ない店なので、新刊の『結婚がヤバい』をもって行くと、カウンターの横に探検家の関野吉晴さんの講演会のポスターが貼ってあった。

関野さんは一橋大学の探検部を作った人だ。探検がしたくて一番有利な職業の医者になるために大学を入りなおしている。

 ぼくが一橋の山岳部に入った95年は、人類がアフリカから拡散していったプロセスを逆にたどる関野さんの「グレートジャーニー」がテレビで始まったころだ。関野さんは一躍有名人になっていた。山岳部のOBが「寮にいた関野さんのところに遊びに行ったら受験勉強してたよ」と思い出話をしてくれたことがある。たいがい山岳部も探検部も弱小サークルなわけで、学生時代はお互いに仲良しだったようだ。 

 大学を卒業してから登山の雑誌でフリーライターをしていたし、学生のころは大学山岳部の親睦組織の委員長をしていたから、登山家にも探検家にも割と知り合いがいる。学生時代の他大学の山の後輩が今では有名な登山家になり、当時ぼくが最初に講演に呼んだ早稲田の探検部の学生は、そのときの探検を本にして有名作家になった。そんな話をたろう屋さんと、いっしょにいたお客さんにつらつら話していたら「多分、この人すごい人ですよ」と2人で言い合っていた。

「もっと大事にしてほしいですよね」と言ってはみる。だけど「多分、この人……」とか言われてる時点でだいぶ負け惜しみっぽい。有名人と知り合いであることは、自分が何者かであることの証明にはなりはしない。

 この年末年始、ぼくは三伏峠小屋の小屋番をさせてもらった。2016年に越してきて7年。途中離婚して残ったのは村だった。一人暮らしも慣れ、何か新しいことがしたくなった。

 一昨年の年末、山の友達がぼくがここにいるものだから、うちをベースに塩見岳を目指し、ぼくもそのパーティーに混ぜてもらった。三伏峠小屋まではトレースがあったものの、その先は全部ラッセルだった。

 帰り道、3時間の林道歩きで次々と行違ったパーティーは、「トレースありますか」と必ず聞いてきた。これはもしかして、トレースがあって小屋番がいたら商売になるんじゃないか。

三伏峠小屋はコロナの影響で冬季小屋を閉鎖していて、それはそれで地元の山ヤとしては、小屋の役割を果たせていないようで申し訳ない気持ちにもなる。だったら小屋番させてください、とオーナーに申し出て、冬季営業が実現した。

 小屋開きに至るまで、何をどう用意したらいいのか、何度か知り合いの登山家や三伏峠小屋の夏の管理人さんに、隣町や小屋まで文字通り足を運んで相談した。結局、冬期小屋のある新館(別館)を開けさせてもらって、一人小屋番で営業をすることにした。事前に友人の新聞記者に宣伝してもらい、SNSを使って宣伝すると、若干ながら予約も入った。冬期はトイレの問題は頭を悩ませる。携帯トイレ利用を呼び掛けて環境への意識を持ってもらうというコンセプトにした。

 入山日の12月22日は、この冬一番の寒波が入ったときで、トタンに板付けで締め切っていた新館の扉を開けて、ストーブに火をつけても小屋の中は温まらなかった。いっしょに来てくれた友人夫婦は、あまりにも寒いので、体を動かすために翌日の登山のためにラッセルをつけに出かけていった。夏の小屋番さんが用意してくれていたタンクの水500lは全部凍ってただの塊になっていた。これからどうなるのだろう、と思ったけど、とりあえず布団を出して小屋を掃除し、御品書きを書いて商品を並べたら「山小屋らしくなったじゃない」と戻ってきた友人たちに言われた。

 翌日からお客さんが上がってきた。

 山小屋の宿泊はガイド登山の人がお客さんを連れてきてくれると商売になる。知り合いのクライマーがお客さんを連れてきてくれたことはあっても、でもまだ宣伝も行き届いていないから、単独の人が専ら泊りに来てくれた。見てると若い女性の単独の人が小屋を利用して附近をあちこち登っているパターンがあった。山岳部出身で革靴を履いた女性2人組も小屋があるから上がってきてくれた。もちろん「体力が心配だから」と小屋利用で長丁場の塩見岳の往復にトライする人もいる。

ここからは、烏帽子岳、小河内岳、塩見岳と力量に応じて山頂を選べるし、悪天でも1日待てば山頂には立てる。富士山越しの初日の出も烏帽子岳から拝めるし外れはない。小さな小屋なので玄関に置いたテーブルで、お客さんと距離0で宴会になって仲良くなる。ちゃんと宣伝すればもっと人が来るようになると思う。何より冬山にトライする登山者の息遣いや高揚感が伝わってきてうれしい。

 表で話し声がするので扉を開けると、3人の男性パーティーがザックを下ろしていた。聞くと「チーム猫屋敷」という。その名前に聞き覚えがあった。

 それは大学山岳部のときにいっしょに登っていた、名古屋の大学の友人のFがいた安アパートの名前だった。大学山岳部はどこも1人か2人しかいなくて、そんな連中と仲間になってFもその1人だった。一途な登り方をしていたけど、卒業後に就職し、それを30ぐらいで突然やめて、今度はヒマラヤを目指すと言い出し、近所に猫がいるアパートを根城に仲間と登山を再開していた。

 ところがその練習登山で鹿島槍ヶ岳に登って低体温症であっけなく亡くなった。体を鍛えすぎて体脂肪が減っていたのかもしれない。

 当時Fの仲間に追悼集の原稿依頼をされて、結局書かないままで終わっている。後にも先にも引き受けて書かなかった原稿はその1本だけだった。「何書いていいかわかんなかった」と3人に宴席で謝る。3人はFのことは知らない。代表のYさんには不義理なことをした。

 聞けばそれは16年前のことで、ぼくが離婚やその後子どもと会えなくなって、心の余裕がまったくなくなっていたころだというのに気づいた。毎月出していたミニコミの「並木道」もその時にはしばらく休刊している。何よりFの山登りは当時のぼくには希望だったから、ショックも大きかった。

ぼくが驚いたのは、Fは死んだし、Yさんも山には行かなくなったというのに、チームは続いてこうやって冬山にきてくれていることだった。Fが何かをしようとしたそのスピリッツは途切れていない。何者かになろうとしてそして何物かがたしかに残っていた。心が震えた。

 そう考えると、ここにやってきた一人ひとりの物語の背景は、その人一人に止まらず果てしなく思え、そして輝いて見えるのだった。

猫屋敷の人々が下山した後、テント泊はあっても、小屋泊はしばらく途絶え、ぼくは誰も来ない山小屋に一人いた。それが小屋番の仕事でもあった。誰も来なくても一人ひとりの物語を応援している、とは思っても、やっぱり人と話さない日が続くのはしんどくなる。自分は世間からは忘れ去られた存在で、いったいどんな価値があるのだろう。

 12日間の小屋番ライフを終え、12日分の凍ったウンコをザックに詰めると、入山時よりも重く感じた。歩きなれた道は新雪で覆われ、林道にたどり着くと土も出てくる。

 登山口の休憩所のホワイトボードが何やら書き込みでにカラフルだったので目を止める。そこには、冬山の感想とともに、小屋番への感謝の言葉があちこちに書き込まれていた。

ぼくが応援していたのではなく、本当は応援されていた側だった。

(2024.2.19「越路」38、たらたらと読み切り178)

民法改正サバイバル

不当判決か、反動判決か

 1月25日に控訴審判決日を迎え、結果は不当判決だった。

 判決を傍聴席で聞けばいいだけなのに、当日の昼休み、裁判所前の門前集会を呼びかけたら、仲間が4人集まってくれた。

 2019年に提訴したときは仲間は多く集まってくれたけど、チラシを見て怪訝な顔をする人も多かった。昨年ごろから自分でチラシを受け取りに来る人が増えた。そして今回は「なんだ共同親権賛成のチラシ配りか」と悪態をつく道行く人が現れた。インターネット上ではアンチとの死闘が日々続けられている。それが現実世界にもあふれ出てきた。運動も認知されたんだなと思う。

 そうはいっても、高裁判決(土田昭彦裁判長、大寄久裁判官、園部直子裁判官)は一審判決を追認して輪をかけてひどいものだった。親の「人格的利益」を「重要な利益」と言い換えてみたり、婚姻外で協力できない状況を一審は「類型的」としていたのを「一般的」としてみたり幼稚。人を見下す人間は自分が見下されることになる。

 敵意むき出しの東京高裁の近年の反動ぶりは際立っている。

 この間、今まで勝てていた債務不履行の民事訴訟でも、こと面会交流事件に限っては負けさせるという事例が度々ある。一方で家裁では今までよりいい頻度での面会交流が取り決められる、という報告もある。実際家裁が原則交流に前向き決定を出しても、握りつぶしてきたのが東京高裁だ。官僚主義と自分第一のわがままぶりの延長上に今回の判決がある。敵を上陸させて一斉掃射するような戦法が、兵力の差を前にいつまでも通用するはずもない。

 どうして子育ての平等はダメなのか。親が子どもを育てることをどうしてこうまで国が否定するのか。「子どもの利益」などというマジックワードであからさまな差別意識が正当化されるのか。終了後の記者会見や院内集会でもこういった観点からの司法への不信が噴出した。

メディアと司法の癒着

 一方で、こういった司法の腐敗が外の世界に知られていないのは運動の側の限界であり、敗因とも言える。記者会見で参加した社は5社ほど。門前の旗だしには一社も集まらず、判決に批判的な記事を書いたのは、外国人記者が熱心に取材したネットメディアだった。

 敗訴なのでニュース価値が低いのはわかる。しかし、法制審の答申が出る直前のまさにドンピシャのテーマに、反対側の意見ならホイホイと書く共同通信は配信すらしななかった。声明でメディアの姿勢も批判したが、司法の高圧姿勢は、マスコミ批判などおそるるに足らずの慢心故でもある。ことほど左様に、既得権とマスコミの癒着は深い。

 親権関連の他の国賠訴訟はすべて不当判決となっている。その中でも本訴訟での司法の敵意は露骨だ。立論がまずいからではないだろう。逆に核心をつき動員も終盤まで減らないので、司法はいらだちを隠せない。この腐敗をどれだけ表に出せるかが、裾野を広げた民法改正論争の帰趨を占う重要な要素である。記者会見で上告を表明。舞台は最高裁に移った。

法制審の答申「それで自分の状況は何か改善するのか?」

 司法がこんな状況なので、司法に規制をかける理由は本来ならふんだんにあるはずだ。しかし民法改正案を答申する法制審議会の事務局は裁判官出身の司法官僚である。出てきた法案の骨子は、共同親権はありうるにしても、もめたら司法が決めて単独親権にもなる。共同親権でも片方に監護権を寄せられる。その基準はない。再婚養子縁組でやっぱり親が交換される、等々、これまでの司法の独裁にお墨付きを与える分、改悪にもなる。そのうえ、DVや虐待の「おそれ」があれば単独親権になって子を囲い込める。

 やっぱり、アリバイ作りのための司法都合の改革偽装だった。対象は離婚家庭にとどまらない。基準のない家族への介入で、家族は国家の都合で振り回される。

「それでいったい自分の状況は何かよくなるんですか?」

 これから答申を審査する政治家たちには、率直な疑問や不安をぶつけるがいい。その疑問に応えられない立法活動は、結局司法官僚の手の内で踊っているだけだろう。 

これまでの法改正パターン

 だいたいこれまでの法改正のパターンは、当事者が議員に働きかける。議員は司法官僚と法案を作る。反対派の意見を入れるという名目で「おそれ」を理由に片親を排除する法制度が提示される。別居親内で賛否が起き、分裂、迷走、先送り、というものだ。この場合、既得権を手放さない司法官僚と「改革」議員には当事者のパートナーが必要で、今までは親子ネットやらがその役割を果たしてきた(今回は法制審委員のポストを与えられた)。

 しかしこういった「折衷案」という名の既得権の擁護が法案になるのは、与党議員と司法官僚のなれあいの結果である。そもそもが現在の体制によって生じた問題は何か、そしてその原因を特定しないで「改革」など無理筋だ。病因が不明なのに治療を施しても体調は戻らない。

ちゃんと共同親権「司法VS市民」

 この構図自体はさして目新しいものはない。しかし国を訴えて見えてきたものは、これらの「改革」が政策論の中でなされるので偽装を許すということだ。国は家族に序列をつけ統制する役割を手放さない。故に、ぼくたちの国賠訴訟では、親の権利や婚姻内外の地位の平等について、司法はその権利性を否定してきた。

 でも、国の法律があるからといって、易々と子どもや家族を人々は諦められるのだろうか。そうではないから、子どもに会えない親たちの反乱が起きた。議員と役人が忖度しあうのも、国が家を介して個人を統制する家制度の枠組みを手放すことに二の足を踏んだから。であるとするなら、正面からそれを議論するしかない。

 司法の専横に市民が気づくのは、この国の家族支配の体制が可視化されたときである。その時はじめて「司法VS市民」の対立軸が鮮明になる。そうでもしないと司法は自らの果たした残虐行為に向き合えない。最高裁判決と法制審の民法案の国会上程を前にして、いまそのための活動有志として、「ちゃんと共同親権」を立ち上げた。混沌とした法改正議論のジャングルを仲間とともに生き残る。駆け抜けた先に新しい大地にたどり着きたい。(2024.1.28、共同親権運動・国家賠償請求訴訟を進める会巻頭コラム)

記者会見の仕方

 ぼくは「市民参加」という言葉があんまり好きじゃない。政治はもともと市民がするものだと思うようになったからだ。ついでに言うと、もともと市街地出身者ではなかったので「市民」という言葉もいまいちピンと来ない。英語でいうPEOPLEに当たる便利な言葉が日本には根付いていないと言うけれど、それは対権力との関係で民衆が適切に位置づけられていなかったことにあるのではないかと考えたりする。

だいたいが、意思を取りまとめたり、利害を調整したり、理念を実現したり、というのが政治だとするならば、別に日米安保は高度に政治的だとした統治行為論も、夫婦喧嘩を調停するのも、どっちがより政治的かなんて議論してもはじまらない。そんなこんなを考えるようになったのは、国立に住んでいくつかの運動にかかわるようになってからだけれど、意思はあってもやり方を知らない、やり方はなんとなくわかるけどビビってやらない、というレベルでやる前からあきらめられてきたことは思ったよりも多い。その末に、「そういうやり方は」ときちんと発言しようとする人の足を引っ張ることになれば、発言するのはますます特殊な人と捉えられてしまう。

なので、並木道の会で、表題のシリーズをすることにしました。毎回持ち回りでやります。

第一回 記者会見の仕方

★記者クラブとは 

テレビを見ていると、記者会見は政府の高官や芸能人がやるものだというイメージがあるし、テレビや新聞に出る人はそれなりに話題性がある人や出来事だと思いがちだ。でも、話題というのはある程度意図的に作っていくものだという意識がないと、継続的な政治運動にはならない。それに話題を求める記者のほうも、常に話題になりそうな情報を求めているし、特に地方の支局あたりだと、そういった宣伝物や売り込みのチラシやファックスは毎日のように支局や記者クラブに届いている。

新しい問題を広めたり、イベントに多くの人に参加を呼びかけたりする場合、その情報がマスコミに流れる影響も反響も大きい。もちろん、企画がしっかりしている、という前提あってこそだけれど、マスコミの活用ができるに越したことはない。

 国立市周辺の場合、立川市の市役所内に記者クラブがある。記者クラブというのは、加盟新聞社やテレビ局に定期的に役所の情報を流すために、役所が設ける特権クラブのようなもので、ぼくのようなフリーランスは加盟できない。マスコミというのは「第四の権力」と言われたりするけれど、実際には半官半民だ。行政からタダで情報を仕入れて、それを売る実入りのいい商売なので、実際には本気で権力を監視しようと思っているわけでもなさそうに思える。海外にはない記者クラブもそういう馴れ合いの中から生まれた制度なので、批判にもさらされるものの、実際問題そういうものとして捉えればぼくたちにとっても、一括して情報発信することができるという点で、便利なところだ。

ただし、そういう事情なので、住民からの情報については行政情報よりは軽視する傾向があるのではないかと思う場面は度々ある。これは左派系が住民の話を聞いて、右派系はそうじゃない、というような単純なことではなくて、むしろ、朝日の記者はお役所的な雰囲気を持つ人が少なくないし(身なりもいい)、読売の記者に地方の情報を積極的に取り上げようとする人も少なくない(実際地方面は読売が一番充実している)。

★どこの記者クラブに流すか

 地域でのイベントの場合は立川の記者クラブ。裁判の提訴や判決の場合は霞が関の裁判所の司法記者クラブ(地方の場合は県警に司法関係の記者クラブがある)。都政や国政に関わることなら、都庁(県庁)や霞が関の関係官庁にそれぞれ記者クラブがある。

ただ、中央官庁の記者クラブの場合は、市民団体からの記者会見は受け付けなかったり(外務省とか)、リリースするのに申請書を書かせたりするところもある。また、幹事社が情報の重要度を事前審査して、断ったり記者会見をしないように勧めることもある。記者クラブは官庁にしかない。税金を使って官庁の一角を占める記者クラブの利用者が、そのような態度を納税者に対して示すのは本来おかしい。しかし、たしかに記者会見をしたからといって記事にするかどうかは新聞社・局次第なので、その辺は、費用対効果をこちらも考えてどうするか判断することになる。

★リリース文

 いつもイベントの案内で作るようなイベント名、日時場所時間内容等が明記されたチラシと、「別紙のようにイベントを開催しますので、取材の上、貴紙・貴局で取り上げていただけますか」という連絡先の入った頭書きがあれば十分だと思う。「日本で(この地域で)はじめてのイベント」というような情報の希少性があれば、記者の関心は高まるかもしれない。要は記者が(世の中の人も)おもしろいと思うかどうかだ。

★ファックス送信・チラシ配布

 彼らに情報を流す場合、一番簡単なのが記者クラブに電話して幹事社を教えてもらって、その幹事社の記者と話してファックスの掲示をお願いすることだ。立川の記者クラブの場合、記者はいなくても担当の職員はいるので、幹事社に連絡をつけることができる(他の記者クラブでも誰かが出る)。幹事社というのは、一カ月ごとに各社の持ち回りで担当しているもので、ぼくたちに関係のある仕事としては、外部から記者クラブへの情報を受け付けて、必要があれば、告知や記者会見などの段取りをとるということだ。

普通記者クラブには掲示板があって、立川のような小さな記者クラブの場合、記者は記者クラブに常駐していなくても、何か情報がないか出入りはしているので、来れば掲示板にも目を通したり、チラシが届いていればそれも見たりすることになる。記者が興味を持てば後日電話がかかってきたりする。

 掲示では物足りないと思ったら、直接記者クラブにチラシ等の資料を人数分持ち込むことだ。加盟社の数は記者クラブに聞けば教えてくれる。行くと、担当職員や幹事社に人数分を渡して配布してくれるように頼むか、都庁の記者クラブのように、各社のポストがあって、そこに投げ込むこともある。

★各社戸別配布

 直接記者に説明したいという場合は、記者会見をするか、各社の所在地を調べて、こちらから出向いて記者を呼び出して説明することになる。立川だとだいたい駅の周辺から自転車に行ける距離に各社の支局があるので、こういうことができる。各社のファックス番号を調べて(一括登録しておくと何かと便利)ファックスでリリースする。メールよりは目に留めやすいようだ。都内の大手マスコミの本社などもに同様にできるけれど、来る情報が多いからかあまり取り上げられる確率は高くない。J—WAVEの夜の番組とかは社会問題を取り上げることが少なくないし、マイテレビも地域の話題は取り上げる。週刊金曜日のイベント欄は、情報を送ればだいたい取り上げてくれる。

 希少性のある情報の場合、「他の社にはまだお知らせしていません。お宅にだけ流す情報です」と言って確実に記事にしてもらうことができれば、それに越したことはない。記者の気持ちになってみれば、そういうやり方も考えられるし、記者が関心を持てば向こうから出向いてくれることもある。東京新聞の記者はフットワークの軽い人が、毎日新聞の記者は丁寧な記事を作る人が多い気がする。どういう手段をとるかは、持つ情報の性質と拡散の目的によるだろう。

一人理解してくれる記者をつかまえて、小さな情報でもマメに記事にしてもらって、コンスタントに話題にできれば、運動を広げる力になる。各社とも無視できなくなって追随するようになればしめたものだ。

★記者会見

 各社が関心を持つと予想される重要な情報がある場合、記者会見をすることもできる。ぼくがやった中では、子どもに会えない親として顔出ししてやった記者会見が、同情を引いたのか各社とも記事にしてくれた。当事者が実情を訴えるというのが、記者の心を動かすという面では一番記者会見の有効性を感じるところだ。

記者会見は幹事社と日程を調整して開催日を決める。新聞社としては、午後のあまり遅くない時間までに開催すると、翌日の朝刊に間に合う、という事情があるようだ。裁判の提訴などだと、自分でやると自作自演っぽいので、弁護士や学者といった肩書のある人を同席して解説してもらうと、記者も専門家のコメントをとる手間が省けて都合がいいようだ。記者会見に限らないけれど、あんまり論点をいろいろ言うよりは、特殊な問題でも普遍性のあるところはどこなのか、意識しながら説明すると記者も記事にしやすい。離婚後に子どもに会えないのはそのための制度がないからだ、と訴えるような場合だ。

立川の記者クラブだと、ソファがあってそこで記者に対してレクチャーする(記者レク)という感じだ。あまり市民に開いていない中央官庁の記者クラブだと写真撮影がそこでできないようなところもあり、とりあえず記者と知り合いになってレクチャーをする場として捉えたほうがいい。

司法記者クラブだとテレビで見慣れた会見席がある。判決や提訴が続くと会見場が埋まっていたりするし、印象としては司法記者クラブの記者は来ている情報を流すだけの記者が多いので、外からの持ち込みには冷淡な印象を受ける。立川の支局でも映像に撮られることはあるので、誤解されないような言葉遣いはしたほうがいい。

記者クラブが借りられなければ、独自で会見場を用意することになる。その場合は、記者も独自で集める。やり方はこれまでのやり方を活用してください。(宗像 充)

(「並木道」144号、2016.2.14)

陳情の出し方

 議会というのは、大勢では議論を集約するのがたいへんなので、代表者を選出して決めさせ、便宜的にそれがみんなの意見ということにするというつまんない組織だ。民主主義社会だから議会で決まったことには従わないと、とまじめな顔で言う人もいるが、議会は手段であって目的ではないのだから、悪法はきちんと破る、という心構えも民主主義のためには必要だということにもなる。だから、議会が使えそうなときは有効活用しよう。使えそうにない議会は変えればよいし、どうしようもない議員は、選挙で落とすなりしてきちんとやめさせよう。

 国立の市議会はよく国に意見書を出すことが多い。その場合、議員が自分たちで決議することもあるけれど、市民が陳情を出すことも少なくない。議会で議決されれば、それが市議会の意見ということになる。機運を作るのに役立つし、同じような地方議会の意見がたくさん上がって国政を動かすこともある。それにこれはあまり語られないけれど、議員に選択を突き付けて、賛否を明確にさせるという効果もある。こういった賛否を一覧表にして配ったりすると、投票の際の参考にもなるし議員への圧力にもなる。

議員質問、陳情・請願

 自分が持つ問題を議会に取り上げてもらう際、一番しやすいのは議員に質問してもらい、行政の見解を問うことだ。それであまりいい答えが得られないとしても、公の場面で問題が知られるし、何度も質問してもらうことで、いずれは解決しないとならない問題だと行政や他の議員に認識させることもできる。協力してくれる議員を見つけよう。

 陳情というのは、国立市の場合は市民が独自に出すもので、議員の紹介のあるものは請願と使い分けている。他の議会のことはあまり知らないのだけれど、出すなら請願にしろというところもあるようだし(国会とかはそうかもしれない)、いずれにせよ、こういうのがあまり嫌いじゃない議員に事前にやり方や、その議会の習わしを相談でればそれに越したことはない。

出すとき

 議会の始まる前数週間と締め切りが決まっている。議会事務局に聞けば教えてくれる。陳情(請願)項目のついた趣旨文を作って持っていく。議員は最終的には陳情項目に賛否を表明することになるので、文章は仲間と練った方がいいだろう。保守系の議員には、陳情そのものが出ることを嫌がる人もいるので、何かと陳情文はケチを付けられやすい。事実誤認や誤字があるからという理由で不採択にする議員もいる。議会事務局に文章を見せると事務局の人も念入りにチェックをする。資料があるなら人数分用意してくれと言われることもある。新聞記事とかわかりやすい資料を用意しておくといいだろう。いっしょに署名集めをして採択日までに集め、議員への圧力にすることもできる。

議員回り

 陳情を出しっぱなしということもありうるけれど、採択してほしいなら議員に趣旨を説明したほうが丁寧だ。電話して会派の代表者と会って説明することになる。議会が始まってから控室を回ることもできるけれど、最近は事務局を通せとうるさくなった。議員側もまったく知らない内容の場合は、議員が全員聞いてくれる会派もいるし、議会事務局から何度電話しても「今打ち合わせ中」と会おうとしない議員もいていろいろだ。

 味方になってくれそうな議員に、どこの誰から話した方がいいか事前に聞いておくとやりやすい。普通は大きい会派のほうから回らないと軽んじられたと思うのか、ケチを付けられたりしやすい。一方で与野党が拮抗していたりすると、中間派の議員から回ると有効なときもある。いずれにしても議員には難しい人が多い。議員に通りそうにないから取り下げたら、と言われることがある。泣き寝入りを強いる場合や、自分の支持者が割れていて意見表明したくないような場合などが考えられる。そういう議員は自分の仕事が何かわかってないと思ったほうがいいい。従う必要はない。

趣旨説明

 委員会で希望すれば趣旨説明の時間がある。議会事務局はなるべく短く、と言うけれど、必要なことであればきちんとしゃべったほうがいい。議員に質問されることもあるので質問は予想していたほうがいい。仲間に来てもらえれば心強いし、知り合いの議員にあらかじめ質問してもらうことを頼んでもいい。以前は市民の趣旨説明は休憩時間にされて議事録に残らなかったけれど、最近は違っているかもしれない。

採択・趣旨採択・継続審議・不採択

 国立市議会の場合、議員がそれぞれ意見表明して上記のどれかに手を上げ、過半数以上がなければ採択にならない。趣旨採択というのは、趣旨はいいけど……と議員が逃げを打てるあまりよくない制度だ。意見書の提出は全会一致じゃないとダメというところもある。不採択になって反省してもいいけど、わからんちんの議会が否決したと思えばそれだけのことだ。もともと少数派の市民運動なら大勢に影響はない。(宗像充、2016.2.14「並木道」144号)