各地で工事が大幅遅れ。リニア開通は早くても2031年以降!?

長野県側の工事も2027年開業は無理

「小渋川非常口」に至る道路

2020.08.17

「小渋川非常口」に至る道路は増水した川で路肩が流出した(撮影・前島久美) JR東海が当初予定していた「リニア中央新幹線」の2027年開業。いま、静岡県での工事未着手がどう影響するかということが大きな話題となっている。  

南アルプストンネルの長野県側の起点である大鹿村に住む筆者は、今年7月の豪雨災害で、リニア工事現場が被災しただけでなく、すでに村内で5年の遅れが出ている現場があることをレポートした(「『問題だらけのリニア工事』。静岡県側でなく、南アルプストンネル長野県側も驚愕の惨状」参照)。  

しかしこの遅れを挽回できれば、2027年にも間に合うという意見もある。実際はどうなのだろうか。 「今までの掘削ペースを見る限り、長野県側でも2027年開業には間に合わない」  

そう強調するのは、長野県側でリニア問題に取り組む飯田リニアを考える会の春日昌夫さんだ。  

6月27日には、川勝平太・静岡県知事と、金子慎・JR東海社長との間で会談が行われ、金子社長は工事の進捗についてこう述べている。

「(大井川最上流の)西俣から掘り出して斜坑を掘っていくと長野側と山梨側に伸びるんですが、一番長いのが長野県側3.5kmと3kmあります。(略)順調にいって月進100m(1か月に100m掘削する)と言われています。そうなると西俣から掘り始めると65か月、5年5か月かかることになります」  

すでに金子社長がこだわっていた「7月中の工事開始」のリミットは過ぎている。春日さんは「実際の掘削ペースを見ると、月進100mはとても無理なのでは」という(詳細な計算式は「南信リニア通信」というサイトが詳しい)。

増水した小渋川を望む

増水した小渋川を望む。対岸の崩壊地の下を残土置き場として計画したが、予定地は豪雨で水没 現在、大鹿村内の南アルプストンネルは「小渋川非常口」と「除山非常口」が先行している。

「延長1150mの『小渋川斜坑』(本線トンネルに伸びるトンネル)は2017年7月3日に掘削を開始し、2019年4月5日に斜坑の掘削が完了。2019年8月23日から本線トンネルの先進坑(本線トンネルに並行して掘削するパイロットトンネル)の掘削を開始して、現段階で480m掘削したといいます。  

斜坑・先進坑合わせて1630mを946日で掘っているので、1日当たり1.72m。30倍して月進51.7mの実績です。同様に計算すると、『除山斜坑』は月進40.2m。今年3月3日に掘り始めたばかりの『釜沢斜坑』は、月進18.6mにすぎません」  

予想されたことだが、南アルプストンネルの掘削は一筋縄ではいかないようだ。

トンネル工事の進み具合で計算すると、開業は早くても2031年9月以降!?

豊丘村の福島てっぺん公園から伊那谷を見下ろす

豊丘村の福島てっぺん公園から伊那谷を見下ろす。高架橋や天竜川の橋の建設は、2017年の予定だった

「『除山斜坑』は本線トンネルとの交点まで残り575mですが、延長を1850mとする資料もあるので、残りを 555mとします。本線トンネルの交点から静岡工区との境までは約5090mなので、合計するとあと5645mを掘削しなければなりません。この部分が長野工区ではいちばん距離が長い。この5645mを月進51.7mで割ると約109か月、9年1か月です。  

つまり、現在のペースなら掘削終了は2029年9月。これはいちばん早いペースの『小渋川斜坑』での計算式なので、『除山斜坑』の月進40.2mで計算すると、11年8か月。完成は2032年4月です。 金子社長はガイドウェイを作って最終的な試験をし、それが2年ぐらいかかると川勝知事に説明しています。開業は早くても2031年9月~2034年4月以降でしょう」(春日さん)  

実際、厚生労働省の「トンネル建設工事の工法等について」という資料によると、代表的なトンネル工事で月進100mを超えた例は少なく、発破を使っても80~100m、機械掘削だと60m前後が多い。

「金子社長も『本線トンネル部分の西俣斜坑交点から長野側の3.5kmに65か月かかる』と言っています。月進は54m程度で、長野県側でいちばん早い『小渋川非常口』の掘削よりやや早い程度」と春日さんは見ている。工事はトンネル上部から地上までの高さが掘り進むにつれ1000mを超え、慎重を期さねばならない。静岡側の工事が長野県側よりスムーズに進むとも考えにくい。

工事着手は3年遅れ、ヤードは豪雨災害で水浸し

2017年12月に起きたトンネルの外壁崩落

2017年12月に起きたトンネルの外壁崩落。事前にクラックを確認していたのに、JR東海は納期に間に合わせるため火薬の量を倍にした JR東海7月17日、大鹿村内の「青木川非常口」の掘削を開始した。これで県内5本の本線トンネルのうち2本目の伊那山地トンネルの掘削が始まった。2014年の認可から2027年の開業までもうすぐ折り返し点というのに、いまだ3本のトンネルが未着手だ。  

23.3㎞ある中央アルプストンネルでも、複数の断層を横切るため難工事が予想されている。ところが2019年4月、岐阜県側の「山口非常口」で掘削開始後200mの時点でトンネルが崩落。急きょ、予定していなかった先進坑を本線トンネルに並行して掘り、工事の安全を図るという、抜本的な計画変更がなされている。  

JR東海は、大鹿村に至る残土運搬用アクセス道路のトンネルの掘削でも、2017年12月に出口付近で火薬の量を倍にし、外壁の崩落を起こしている。このように、工事を急げば同じ過ちが繰り返されるおそれがある。

伊那山地トンネル「坂島非常口」への道路

伊那山地トンネル「坂島非常口」への道路は、水害によって各所で被災した 長野県内の地上部分の本格工事も始まっていない。それに加えて、今年7月には豪雨災害が起きた。伊那山地トンネルを挟んで大鹿村の反対側の豊丘村でも、今回の豪雨で「坂島非常口」に至る林道が寸断された。この「坂島非常口」も2018年掘削開始予定だった。

「坂島非常口」のヤードは水に浸かっていた

「坂島非常口」のヤードは水に浸かっていた。2017年の掘削予定だったが、まだ始まっていない とりあえず土を寄せた個所があちこちにある道路を、のり面や路肩の崩壊を眺めつつ「坂島非常口」の現場に行くと、道路脇の掘削予定地はやはり未着手。来年に掘削が始まったとしても、予定より3年遅れだ。ヤードの中は水浸しだった。静岡県だけでなく、どこもかしこも工事が遅れているのだ。

山梨県「早川非常口」に至る橋の手前

山梨県「早川非常口」に至る橋の手前は、昨年の台風19号で陥没 JR東海のサイトでは、ほとんどの部分の工事契約が締結されてはいる。筆者は2020年3~5月、アウトドア誌の取材(『Fielder』51、52号)でリニアの沿線を自転車と徒歩で全線トレースしている。8割以上が地下部分の工事なので、地上から見える部分は限られるが、実際には「順調」とは言えない状況だった。  

山梨県側は、2016年10月26日に南アルプストンネルの「早川非常口」の工事が着手され、2017年6月に8か月で斜坑の掘削を終えている(日進62.5m)。いちばん捗っているはずの「早川非常口」の現場に今年3月に行ってみると、坑口に通じる橋が2019年の台風で通行止めになっていた。渇水期を待って改修をするというが、その間にこの豪雨災害が起きている。

残土置き場が決まらず、地権者との交渉も進まず

山梨県内でも残土全量の処分場は未定

早川町内ではビルのような残土置き場が各所に現れている。山梨県内でも残土全量の処分場は未定 地上部分の工事では、静岡県に限らず、長野県南木曽町や阿智村のように「残土やアクセス道路、水源問題などが先に片づかなければトンネル掘削は認めない」という自治体もある。長野県内で排出される970万㎥の残土のうち、残土置き場が決まったのは現時点で50万㎥にも満たない。   

地権者交渉も難航している。神奈川県、山梨県では住民によるリニア工事反対のトラスト運動が続く。神奈川県駅~相模川間の区分地上権の地権者は850軒あるが、団結して弁護士を立てている地域もあり、交渉がすんなりといく見込みはない。  

山梨県では、JRの工事についての説明を拒否している自治会や、工事差し止めを求めて裁判を起こした地権者もある。長野県駅周辺や本線の予定地でも、話し合いに応じない意思を示す地権者もいる。  こういった問題は、最終段階でJRが強制収用の意思を示してはじめて可視化する。しかし、開業時期が設定できなくなり「最終段階」が見通せなくなった。もはや、静岡県の水問題だけが解決しても、リニアはまだまだ前に進めない。 <文・写真/宗像充>

ハーバービジネスオンライン
https://hbol.jp/225897

「問題だらけのリニア工事」。静岡県側でなく、南アルプストンネル長野県側も驚愕の惨状

7月の豪雨災害で道が寸断、集落が孤立

釜沢集落に至る道路

釜沢集落に至る道路は、地割れしたアスファルトが撤去されていた。路肩を見ると、どの程度地面がずり落ちたのかがわかる 筆者はリニア南アルプストンネルの長野県側の起点、下伊那郡大鹿村に住んでいる。現在、静岡県側での工事開始をめぐって、静岡県知事とJR東海が対立している。そこで指摘されている「工事現場の危険性」や「工事の遅れ」は、長野県側でも進行している。  

今年7月に入ってからの豪雨で、大鹿村内で“最奥”に当たる釜沢集落は、集落に続く道路で地滑りが起きた。そのため7月17日まで9世帯15人に避難勧告が出て、住民は4日間孤立した。この集落の下方に南アルプストンネルの掘削起点が2か所あり、そこに至る道路も不通になった。

道路は地割れで損傷

道路は地割れで損傷。左の電柱と右の電柱を比べると、傾いているのがわかる 釜沢集落への道路は17日から住民と関係車両のみ通行が可能になり、筆者は21日に自転車で現場に入った。  

地滑り個所は現在、地割れしたアスファルトを撤去し、道路をならして仮復旧している。電柱は倒れ、電気は通じているがライフラインは極めて不安定な状況だ。

釜沢地区

渓谷の狭い一本道で至った先に釜沢地区がある。南朝の宗良親王の伝説もあり、スローな生活が営まれている

リニア工事につきまとう「地滑り」のリスク

 車から自転車に乗り換えた個所から、水平方向に集落に続く道と、リニアの工事現場に下りていく道に二股に分かれている。この二つの道をまたがる地面がずり落ちた。畑で農作業中だった女性・Aさんはこう語る。

「集落の川向うの斜面も落ちて、崩壊音がすごかった。1週間集落の外には出ていないけど、いつも覚悟はできていた。米と味噌があればなんとかなる。郵便は、通行止め個所の手前に郵便配達の人が置いて行ったのを、集落の誰かが持ってきてくれた」 「孤立」とはいえ、地域での自給自足的な生活を落ち着いて続けていた。大鹿村内の集落の多くは地滑り地帯の上に発達していて、地滑りはリニア工事のリスク要因の一つだ。

「事業者は『関係車両を今日は2~3台だけ通させてくれ』と言う。これまでも、なし崩しに増えて行って結局は何往復もすることになった。こんな状況で工事を再開されても困る」(Aさん)

工事現場に至る県道の路肩は大きく崩壊していた

工事現場に至る県道の路肩は大きく崩壊していた 警戒の矛先はむしろリニア工事だ。「下の道」が通行止めのため、「関係車両」が集落内を通って現場に向かうことになった。

「下の道は県道で、行政による災害復旧では手続きの関係で復旧までに半年かかる。それだと遅れるからJRと鹿島建設で復旧するというけれど、まだ地滑りは続いている。どうなるかわからない」(同)

スケールを見ると40cmほどずり落ちていた。地面はまだ動いている

スケールを見ると40cmほどずり落ちていた。地面はまだ動いている 上下に家々が立ち並ぶ集落を下り、下の県道の通行止め箇所を見に行くと、ショベルカーでの復旧工事が続いていた。路肩が大幅に崩壊し、石垣が道路に崩れ落ちている。

非常口、変電施設、橋梁……すべてが遅れて見通し立たず

「除山非常口」の掘削現場を覆うフェンスは倒壊していた

「除山非常口」の掘削現場を覆うフェンスは倒壊していた 集落の下を流れる川の上流にある工事現場を見に行った。現場までの道路は現在、JR東海の工事専用道路になっている。そのため、山道をたどって川の対岸からトンネル掘削地を眺めた。豪雨で流されたのだろうか、工事現場のフェンスがなくなっていて現場が丸見えだった。ほかにもフェンスが倒壊した場所や、フェンス下の地面が崩落した箇所が対岸から見えた。  

被災は見たところフェンス周辺だけに見えるので、掘削工事は再開できるかもしれない。しかし、いくらJRが頑張っても地滑りを止めることはできないし、重機を自由に持ち込める状況ではない。現実は厳しい。  

大鹿村内には4か所のリニア本線トンネルに通じる斜坑掘削地があり、完成後には非常口となる。JR東海は2014年10月の認可後、2016年11月に大鹿村内で起工式を行い、今回見に行った「除山非常口」を2017年4月に、同年7月から「小渋川非常口」を掘削しはじめた。

「青木非常口」は中央構造線沿い

「青木非常口」は中央構造線沿いにあり、難工事が予想される 釜沢地区にはもう1か所「釜沢非常口」があり、こちらは2020年3月から、そして伊那山地トンネルの「青木非常口」は2020年7月17日に掘削を開始している。  

工事認可後の2014年の事業説明会では、村内非常口は2015年秋、変電施設は2016年、小渋川に架ける橋梁は2017年にそれぞれ掘削・建設を始めるとされていた。非常口については、いちばん早い「除山非常口」の工事着手も1年半遅れとなっている。未着手の変電施設や橋梁も、それぞれ4年遅れ、3年遅れとなっているうえに工事開始の見通しは立っていない。  

大鹿村の現状も、JR東海が目標としていた「2027年の開業」に間に合うものではまったくない。静岡県側の工事の遅れによってリニアの完成時期が先延ばしになるといった報道が見られるが、長野県側でもやはり工事は遅れているのだ。

「小渋川非常口」の対岸に予定された残土置き場

「小渋川非常口」の対岸に予定された残土置き場予定地は、今回の豪雨で完全に水没 遅れの理由はいろいろある。例えば、路線の維持管理の経験はあっても、建設工事の経験のないJR東海は、地元との調整や手続きにもたついた。もともとJRとしては、起工式が行われた「小渋川非常口」からの工事開始を予定していた。しかし、住民が掘削予定地の保安林解除に異議を申請して、2年近くの遅れが出た。  

2015年秋着工の予定だった「釜沢非常口」も、現場に至る橋梁の建設に手続き上の時間がかかったうえ、保安林解除の地権者交渉でつまずいた。ヤードの規模を縮小して、5年遅れで2020年3月にやっと着手できた。

住民の理解得られず、未解決の残土処分

釜沢地区の残土仮置き場

釜沢地区の残土仮置き場はすでに満杯。先の豪雨では、後背の斜面が轟音を立てて崩落したという 大鹿村内だけで300万㎥(東京ドーム2.4個分)とも言われる大量の残土処理も、遅れの大きな原因だ。村内の残土置き場はどこも10万㎥以下の小さなもので、平地が少ないのでその数も限られている。  

当初、村外の残土置き場は谷を埋めて造成する予定だったが、下流住民の反対でとん挫したり、地元住民との調整に手間取ったりしている。長野県南部の伊那谷では、1961年(昭和36年)の「三六災害」で各地が被災し、その経験が共有されていたのだ。

「三六災害」とは、死者行方不明者136名、浸水家屋1万8000戸以上、土砂崩れ約1万箇所という、伊那谷を襲った豪雨による大災害だ。大鹿村内での今回の降雨量は、この「三六災害」を上回った。残土置き場造成への住民の反発は、大きくなることはあっても小さくなることはないだろう。  

実際に「青木非常口」は5年遅れで着手したが、隣接する村の残土置き場をリニア工事に使用するため、大鹿村内の別の場所にその残土を移すという迂遠な作業をしていた。釜沢地区では残土を農地に仮置きしたが、その場所はすでに満杯になっている。

長野県が飯田市への残土搬出のために建設した道路

長野県が飯田市への残土搬出のために建設した道路は、濁流に流された。その復旧工事も、その後の雨でさらに流された 残土の処分場が決まらないので、予定地に仮置きした残土を片づけられずに変電施設も建設できない。また、飯田市に建設予定のリニア「長野県駅」で立ち退く住民の引っ越し先造成のために、大鹿村の残土を利用することになっていた。しかしこの残土を排出するために長野県が建設した河川敷の道路も、今年の豪雨で流出した。  

こういった豪雨は近年頻発していて、残土の問題があと5年できれいに片づくとは思えない。「被災現場の復旧と残土の処分地探しで、トンネルを掘りたくてもできない」というのが、長野県側のリニア建設工事の実情だ。

2020.08.07

ハーバービジネスオンライン
https://hbol.jp/225400

崩落だらけの大井川最上流のリニア工事現場。「建設工事」どころか「復旧工事」の有様

昨年の台風19号の豪雨が、建設現場を押し流した

西俣建設予定地に至る林道

西俣建設予定地に至る林道は、2か所で崩落川勝平太・静岡県知事は6月11日、大井川源流域のリニア中央新幹線建設予定地を現地視察。リニアの建設を急ぐJR東海の金子慎社長は、掘削予定地周辺の整地・伐採など、「6月中に準備の了解が得られないと、2027年の開業は難しくなる」と述べ、現地で難色を示していた。  

その後も川勝知事は首を縦に振らず、金子社長は記者会見で2027年開業が困難であることを表明している。  

知事訪問時の6月11日は大雨で、川勝知事は静岡県側に3か所ある工事予定地の中では、いちばん手前にあたる「椹島(さわらじま)」を視察。残土置き場予定地の「燕沢(つばくろさわ)」で引き返した。しかし実は、その先にもリニア工事の建設予定地があるのだ。筆者はそれに先立つ2週間前の5月末、山越をえして最上流の西俣工事予定地を見てきた。

ちょうど1年前の現場

1年前の西俣非常口建設予定地。整地は終了していた

同じ場所から1年後

同じく西俣非常口建設予定地の1年後(今年5月末)の姿。ごっそりと地面が流出している 1年前にも筆者は同じ場所を訪問していたが、前にはあった入口ゲートは消えていた。そこから先の地面がごっそりとなくなっている。昨年10月に上陸した台風19号の豪雨が押し流したのだ。資材置き場だった個所のすぐ下まで河原になり、岩の上に鉄板が不安定に取り残されていた。

電柱が横倒し

河原を見ると、電柱が横倒しになり資材が散乱していた リニア工事のために建てた電柱に1年前は電線が渡してあったはずが、今回は見当たらない。「おかしいな」と思ってゲート(があった場所)付近から河原を見下ろすと、電柱が横倒しになっていた。  

ここには最上流の登山基地の「二軒小屋」から徒歩でちょうど1時間かかる。二軒小屋から予定地までの林道は2か所で大規模な崩落が見られ、それぞれ補修作業が行われていた。始まっていたのは建設工事ではなく復旧工事だった。

リニアの工事現場は崩壊地だらけ

ここから先へは徒歩でないと入れない

土砂が完全に道をふさぎ、ここから先へは徒歩でないと入れない。ショベルカー1台がのんびり復旧作業を続けていた 6月11日に現地を訪問した川勝知事は「ここに救急車が入ってこられると思いますか」と作業員の安全性を強調した。二番目の土砂崩れ個所で道は埋められてショベルカーとダンプカーで除去作業をしていたので、実際にはそこから先は救急車どころかクルマは入れない。道のあちこちに大きな石が落ちていて、晴れていてもいつ土砂崩れが起きるかとヒヤヒヤする。

搬出用のトンネル掘削口

搬出用のトンネル掘削口の手前まで、川が土砂を押し流した JR側もこの現場に至るまでの林道の危険性は認識していて、リニアの本線トンネルに至るトンネルのほかに、土砂運搬用のトンネルをここから掘る予定で、昨年はその個所に立て看板が立っていた。その看板の手前5m付近まで河原が広がっている。  

二軒小屋までは山梨県側の早川町新倉から、南アルプスの一画である白根南嶺の伝付峠を越えて、登山者の足では8時間かかった。この登山道は毎年崩壊していて、不安定な岩稜の上にロープが渡されている。通過時は「こんなところに道を作るのか」と足がすくんだ。  

南アルプストンネルは、山梨県側の糸魚川―静岡構造線と長野県側の中央構造線という、日本を代表する2つの大断層間の25kmを結んで山脈をくりぬく。プレートが削り取った、鉋屑の集合体のような地質となっている。静岡県知事の視察でも崩壊地を指摘していたように、地質は脆弱で一帯は崩壊地の展示場のようだ。西俣の工事現場予定地の上部にも崩壊地が望める。

昨年の復旧工事が、今年7月の豪雨で無駄になってしまった!?

取り残された重機は赤さびていた

取り残された重機は赤さびていた 仮にリニアが開業されたなら、ここは南アルプストンネル内でトラブルが起きたときの避難場所となる。昨年の台風19号では二軒小屋から下流の林道も3か所で崩落している。標高差もあるので、トンネル出口まで1時間かかったとして、ここに出てきたとしても現場が現在のような状況では、1000人近くの乗客は途方に暮れるだろう。  

この先にはダムがあり、かつては林道が伸びていた。今は、ガードレールがわずかに残るだけで跡形もない。豪雨災害による地形の改変は、この地域では日常のことなのだ。工事予定地の奥には、掘削を待つばかりだった重機がそのまま取り残され、キャタピラが赤さびていた。  

知事の訪問の2日後の13日、国土交通省の水嶋智鉄道局長も現地を視察。記者会見で「観念的、抽象的な言葉のやりとりに陥ることないように」と、両者が議論を進めるよう注文した。

コンクリートも押し流す

増水した水流の力は強く、コンクリートも押し流す その後に起きたのが今年7月の豪雨災害だ。川勝知事は7月21日に再び現地に至る林道を視察。被災状況を確認し、中断している工事の再開について「机上の空論だ」と主張した。昨年の災害の復旧工事は、半年後の災害で無駄に終わってしまったのだ。  

川勝知事の一連の発言は、現地を見た人間の目から見て控えめだった。「2027年の開業は難しい」(JR東海)どころか、どれだけ期間が延びてどれだけ費用がかさむのかは測り知れない、難工事だらけのリニア中央新幹線。作業員や工事の安全を考えるべきなのは、本来なら静岡県知事ではなく、工事を進める国やJR東海のほうだ。

<文・写真/宗像充>

ハーバー・ビジネス・オンライン
https://hbol.jp/225039/2

狼と暮らした男

朝日新聞には山岳専門記者がいる。今は、長野支局にいる近藤幸夫さんがしている。

大鹿村に引っ越してきてから、『ニホンオオカミは消えたか?』という本を出して、勇んで村まで取材に来たのが近藤さんだった。信州大学山岳部のOBで、以前なら退職の年らしいけど、「定年がのびたんだ」と山ネタを書き続けている。ヒマラヤの雪男、イエッティの取材もしたことがあるそうで、こういう話が大好きだ。

ニホンオオカミの生存説については、戦後、近藤さんの先輩の斐太猪之介という元朝日新聞記者が、『オオカミ追跡一八年』ほか、著書を何冊も出して、「もういない」が定説のアカデミズムに挑戦状を叩きつけた。以来、影響を受けてオオカミを探しを続ける人が今もいる。 

『ニホンオオカミは消えたか?』では、その中の一人で秩父でオオカミ探しを続ける八木博さんを登場人物に取り上げて本にまとめた。近藤さんも子どものころに影響を受けて、斐太に手紙を書いたことがあるそうだ。

今、その本では入りきれなかったニホンオオカミに関する謎の続きを、アウトドアの雑誌のフィールダーの連載で紹介している。連載を始めるとまた、近藤さんが興味を持って村までやってきた。

近藤さんは、『怪奇秘宝 「山の怪談」編』というムック本のコピーを持ってきてくれた。それを見ると、「三重県山中に存在した『ニホンオオカミ』の痕跡―〝変な犬〟を飼っていたひとりの男」という記事が出ていた。それは大台ケ原を源流とする大杉谷の山荘で一人暮らしをする男性が、ある日道で出会った「変な犬」としばらくの間いっしょに暮したという記事だった。写真も出ていて、なんだか犬ともキツネともつかない動物の写真が2枚ある。

このイヌ科動物のことを、ぼくは八木さんのところで聞いたことがあり、そのとき写真も何枚か見たことがあった。西田智さんという元高校の校長先生が、大分の祖母山系で2000年に撮影して、当時のニホンオオカミ研究の第一人者、今泉吉典氏がニホンオオカミと鑑定した写真の動物と当てはまる特徴があるように見えた。この動物のことを、存命中の今泉氏から教えてもらって直接本人のところに出向いて写真を入手した八木さんは、半信半疑だったようだ。そんなわけでぼくも行っても成果があるかなあとそのままになっていた。

記事を見ると、この犬についても、今泉吉典氏本人の鑑定が手紙でなされていたことがわかった。オオカミとニホンオオカミのF1雑種だという。現金なもので、専門家の鑑定意見があれば自分でも検証してみたくなる。フィールダーの編集部に話して行ってみることにした。

せっかくなので、斐太さんの本に登場する山の作家、宇江敏勝さんにも取材を申し込んだ。斐太の『オオカミは生き残った』という本に、宇江さんと斐太が紀伊半島の谷で夜釣りをして、おもしろいほどウナギがとれたエピソードが出てくる。その中で、以前宇江さんが山仕事をして造林小屋にいたとき、飼い犬がオオカミに食べられたという話もある。宇江さんからオオカミの糞も送られてきたともあるという。

宇江さんの自宅は、今は田辺市になっている熊野古道の中辺路、野中にある。熊野大社からもそんなに遠くない。山の作家なので古民家に住んでいるのかと思ったけど、家は比較的新しい。本に囲まれた書斎で、原稿用紙に短くなった鉛筆で仕事をしているようだった。

宇江さんに、斐太さんの本に登場するご本人の下りを読んでもらうと、「これは斐太さんの創作」とあっさり否定した。

「斐太さんの文章はおもしろいんだけど、あんまり科学的じゃない。例えば、山にシカの足跡があったとする。斐太さんは『鹿がたくさんいる。だからオオカミもいる』という。別のときに山でシカの足跡が見られなかった。そうすると『オオカミがシカを追い払った』という」

そんなの何とでも言えるじゃないですか、と宇江さんに突っ込んでも仕方がない。実際斐太さんの文章はそういう強引なところがあって、だからおもしろい部分もある。

「ぼくは実際にオオカミは見たことはないから姿かたちはわからない」

そう断る宇江さんに、「オオカミ見かけたら教えてください」と頼むと、まじめな顔で「はい」と言ってくれた。

その日のうちに大杉谷に移動した。かつては人跡未踏の魔境でく、紀伊藩主だった徳川吉宗が探索と開発を命じて人が入るようになったという。宮川の源流に向かって散在する集落を経て、無人の登山センターに着くころには暗くなっていた。さらに奥、吊り橋を軽自動車で渡り、林道の東屋で一泊。翌朝早く、今は営業していない大杉谷山荘に8時に着くと、半裸のTさんが「10時と言ってたのに自分都合だな」と言いながら出てきた。ぼくもそう思う。

「勉強してきたか」と大きな声で話すTさんにテラスのテーブルに案内された。しばらくの間犬といっしょに暮した「オオカミ」の写真を見せられた。何となく、というか一見犬に見える。

「おれがこれをオオカミというのは形じゃない。生態から。犬とは全然違う。そのころうちには犬を飼ってたけど、他の犬がそいつを避ける。餌をやると鍋がこんなに曲がる。すごい顎の力だ。ぴょんぴょん跳ねて走る。走るのは犬より遅いけど、歩くのはトロットで犬より速い。犬は呼んだらまっすぐ来る。そいつは木に隠れながらやってくる」

ほかにもいろいろ聞いたのだけど、じゃあ自分がどの程度オオカミの生態を知っているかというとおぼつかない。とはいえ、動物好きのTさんの解説は詳しく、「帰っていろいろ調べてみます」と言って話を終えた。録音したテープで遠吠えを聞くと迫力がある。

長野に帰る前に、大杉谷を途中までさかのぼった。どこまで行っても岩壁を穿った道が上流へと続き、途中大滝や美しい淵が広がる。たどり着いた淵でインスタントラーメンを食べようと足を投げ出すと、なんだか襟の周りがかゆく、手を伸ばすとヒルがいた。ほかにも靴の中やシャツの間にヒルがいて、血を吸って大きくなったものもいた。

景色は美しいけど落ち着かず、天気もそれほど持たないかもしれないと思ってそそくさと帰路に着いた。途中山荘によって挨拶すると、Tさんはこまめに庭仕事をしていた。40まで会社勤めをしていたというTさんは、やりたいことをやろうと山荘を買い取ってここで一人暮らしをして30年。「仙人」と呼ばれているそうだ。

ぼくが帰ると告げると、「ヒルがついているからよく確かめろよ。靴下の中までいるから」という。「わかってます」と言ってなんだかかゆい腹を見ようとシャツをめくると、小指ほどのヒルが吸い付いていた。

(「越路」17号、2020.7.21、たらたらと読み切り157)

(詳細はフィールダー8月発売号で)

「山の日」に徳仁来る

新型コロナの影響が拡大して、長野県が「信州の観光はお休みです」というポスターを都内に貼っていた。また登山口には、「入山を自粛してください」という呼びかけとともに、「ほとんどの山小屋・テント場は今、営業していません」「感染予防対策を行うため、すぐに救助に行かれません」という掲示が出された。


長野県は「世界級のリゾート 山の信州」として売り出している。コロナへの対応を見ると、長野県が「世界級のリゾート」としては明らかに落第。開店前の店だって「準備中」くらい書くのに、「迷惑」「遭難しても助けてやらない」というリゾート地は嫌なところだ。無視して山梨県側から山に入ったのは言うまでもない。


その長野県の上高地で、第一回全国大会の記念式典が開かれたのは2016年のこと。毎日「~~の日」という記念日があるので、「山に親しむ機会を得て、山の恩恵に感謝する」という山の日があってもいいとは思うけど、なぜそれが休日なのかいまだにわからない。


この記念日ができる前、山の雑誌で記念日制定を目指す会議を取材したことがある。そのときいっしょに行った編集部の人が「あの人たち、あのままだと本気でやっちゃうよ」と言っていたのを覚えている。ほんとに休日になった。山ヤとしては「そんなに山が好きなら仕事さぼって山行け」と思う。


この年、ぼくは大鹿村に引っ越し、年内に予定された南アルプストンネルの工事の開始をにらんで緊張していた。そんなときに、休日に登山口に集まって、「山はいいなあ」とか山ヤが言ってる場合か? ちなみに記念日の盛り上げ役の「全国山の日協議会」の特別賛助会員には、南アルプス破壊企業のJR東海が入っている。


この第一回大会の記念式典に、徳仁が雅子と愛子といっしょにやってきた。この一家の参加は当時の新聞とかを見ると「公務」とされていて、式典であいさつもしているのだけど、大会の役職とかにはついていない。


上高地は1969年以来49年ぶり。夏休みで参加できたという愛子の訪問は初。上高地を散策し、どうも本人たちの感覚だと趣味の延長での「サービス」感覚な気がする。翌年からの式典には参加していなくて、皇室行事として定着しているようにも思えない。


翌日の信濃毎日新聞に徳仁のあいさつ全文が出ていて、「私自身、山に登り始めて50年ほどになりますが、山に登るたびに新しい発見や新たに学ぶことがあり、山の魅力は尽きることがありません」という。そうだと思うけど、だからどうしたふうの挨拶を読むと、サービスだったら、もうちょっと気の利いたこと言えないのかと思う。


49年前の上高地訪問では、乗鞍高原も訪問し、当時休んだ山小屋の方が「皇太子さまは絶えず気を使うお立場。いつでも気を休めに来ていただきたい」とコメントしている。絶えず気を使っているのは本人じゃないと思うよ。

(2020.6.30「府中萬歩記」76号)

横行する養育費ピンハネビジネス

ピンハネビジネス続々

 6月23日に共同親権運動のグループで、「養育費のピンハネは人権侵害」という緊急声明を出して、メディアや官庁に送付した。

 ネットでは、ZOZOの前澤友作社長が作った「小さな一歩」という会社が、養育費の取り立ての代行事業を毎日宣伝している。同居シングルマザーを雇用して事業を展開するという話題で注目を集め、メディアも好意的に報じている。その内容が、回収する養育費のうちの15%を保証料として徴収するというもので、ピンハネになっている。

 前々から離婚弁護士たちが養育費の支払いを自分の口座名義に指定し、ピンハネして残金を母親(父親)に支払うというやり方がとられているということは知られていて、ぼくもそれについてルポを書いたことがある。今日見つけた「日本法規情報」という会社の「養育費安心サポート」という事業では、「保証料」は毎月の養育費の50%になる。

この会社の場合、「保証料」を払えば、支払いが滞った場合でも半額が振り込まれる。この会社は全国1500事務所の弁護士・税理士のネットワークだそうだ。それだけの数の事業所が、この会社1社のピンハネビジネスのすそ野ということになる。

大学の初年度費用と同じ額がピンハネされる


 怖いのは、先の二つの会社が養育費を「子どもの権利」と言っていることだ。養育費は子どものためのお金だという自覚はある。支払うほうもそのつもりで支払う。母親(父親)が何でも自由に使っていいお金ではなく、過去の判例では、父親に使用明細を送るという家裁の決定も見たことがある。

 父親(母親)が自分のためにお金を使って養育費を未払いにするのと同じように、母親(父親)が子どものための養育費を自分の生活費に充てることは当然ある。こんなのは夫のお小遣制がある日本では、婚姻中にも普通にあることだ。つまり申し込み手続きにおける母親(父親)の、養育費の民間会社へのピンハネの同意は、父親(母親)の同意なく子どものためのお金を使い込む同意ということになる。養育権の侵害行為でもある。

 「母親が子どものためのお金を使って何が悪い」という人のために試しに計算してみよう。

 例えば、子どもが3歳のときに父親が連れ去りに遭い、その後母親が「小さな一歩」を利用したとする。養育費の額が4万だとすると、毎月6000円を「小さな一歩」が保証料としてピンハネする。年間だと7万2000円。成人する18歳までの15年間で、6000円×12カ月×15年で108万円になる。文系の公立大学の初年度入学金・授業料ほどの「子どものためのお金」を「小さな一歩」がとることになる。養育費の額が6万だとこの額は162万円になる。

母親だってピンハネされる

 憲法学者の井上武史氏はツイッターで、「養育費については,もっぱら子に対するものであること(同居親の生活費は含まない),同居親にも子に対する扶養義務があること,が忘れられていると思います。制度論としては,同居親は自らの生活費+子の養育費分を稼ぐ必要があるはずで,別居親からの養育費名目の金銭は自らのために使用できません。」と述べている。

 「母親が子どものためのお金を使って何が悪い」という発想からは、こういった意見に反発も出るだろう。しかし実際には、連れ去り・引き離しが横行している昨今、母親のほうが養育費の請求対象になることもある。

その場合、子どもを連れ去った父親が、「小さな一歩」にスマホで申し込んで、ピンハネされた額を受け取ることももちろん可能だ。子どもにも会えずにお金をピンハネされながら「小さな一歩」に養育費を支払い続ける母親は悲惨だともし思ったら、男性だって同じ目にあったら悲惨だと想像できるだろうか。

子どものお金の分捕りに手を貸す自治体と国

 「小さな一歩」を見ると、「保証料への助成制度」という形で、ピンハネの一部立て替えを行政がしている。ピンハネ事業を応援する自治体は、宮城県仙台市、千葉県船橋市、東京都港区、東京都豊島区、神奈川県横須賀市、愛知県知立市、滋賀県湖南市、大阪府大阪市、兵庫県神戸市、兵庫県明石市、岡山県津山市、福岡県福岡市、福岡県飯塚市の各自治体である。

これは子どもへの支援ではなく、明らかに子どものためのお金分捕り支援だ。誰もおかしいと思わなかったのだろうか。

 ピンハネを批判すると弁護士たちの間から、「ただ働きしろというのか」という反発が出てくる。ほかの国では日本と違って時間毎の報酬体系になっていて、トータルでは日本よりもずっと高い弁護士費用になりがちだという指摘もある。とはいえ、日本にもピンハネしない弁護士はいるし、養育費徴収のための弁護士報酬が108万円になることは日本でもめったにない。養育費ピンハネビジネスで儲けること自体がいけないことだくらいは、弁護士業界以外では普通に思う。

 この件で厚生労働省の担当課に電話して行政指導を促したら「法的に難しい」と渋っていた。「だからって子どものためのお金をピンハネするのを許していていいんですか。これはまずいでしょう」と言うと、職員は唸っていた。

弁護士たちは反発して「離婚ビジネス」についてのぼくの記事をヤフーニュースから削除させるくらいのことはするけど、指摘されたらまずいくらいの自覚はある。

そもそも報酬支払能力がない人が多くてビジネスとして成り立たず、それでも子どもが成長するための費用を確保することが社会的に必要だというなら、これは裁判所や行政がやる仕事なのだ。そうなればビジネスを維持するためではなく、税金の無駄遣いという批判を避けるために、未払いの原因を探り、いかに主体的に支払いたくなるか(共同親権)を考えるのは、あってもよさそうな発想だ。それも無理なら、コロナのもとにおいてお試しでなされたように、すべての子どもに対する直接の給付ということになる。

 そうなると困る人はいる。よくないとわかっててやっている部分があると、議論を封じるという対応はわかりやすい。そういう人は共同親権という言葉は出したくないし、カモを逃がすのも困るので、別居親の不満を抑えるための「面会交流は促進」と口では言う。

流行り病に右往左往

4月の前半に朝起きると頭痛がした。熱を測ると37.2度あった。新型コロナウィルスの感染者の増加が続いていて、飯田でも感染者が出たりしていた。テレビは毎日この話題だ。久美さんのお父さんが毎日体温を携帯メールで聞いてきていた。ぼくもだいぶ時間が経ってはいても、東京や京都に行くことはあったし、保健所の電話番号を知らされて電話して症状を話した。

「その症状だとコロナの可能性は高くないかもしれません。なるべく家から出ないようにして、ご家族の方とタオルを共有するとかはやめてもらって……」

 検査を受けるでもなく、可能性は低いのに自宅待機を言われた。数日後に千葉に娘に会いに行くと言うと、否定されるわけでもない。念のため電話番号を聞かれて電話を切った。 

熱はその日の昼には引いて、一日寝ていたら体調もましになった。前日に野外の杉の木の下で薪割りをした。この時期、野外で作業をすると花粉症で熱を出して寝込むこともあったので、その後の症状とかを見ても例年通りの花粉症だったのだろうと思う。

でももしかしたら軽症の新型コロナだったかもしれない。だけど検査自体が希望しても受けられなければ、感染者などわかりようもない。これは感染者が増えるわけだと思う。自分が病気かどうかを毎日気に病んでいるほうが病気になると思い、体温を測るのはやめた。

 別れた連れ合いとの間に娘がいるので、月に一度千葉県の習志野市に会いに行っている。裁判所の手続きで取り決めもある。母親はもちろんだけど、その再婚相手ももともとぼくの友人だ。それが12年前にぼくに黙って母親と娘を呼び寄せて、その後裁判になったので、後ろめたさもあるのか、向こうのほうから進んで連絡をしてくることはほぼない。子どもたちはいっしょに2年暮らした上のお姉ちゃんも含めて取り決めがある。母親と再婚相手は何かにつけて理由を付けて会わせなかったことがあり、約束の不履行には裁判で被害を償ってもらったこともある。

そんなわけで、向こうはぼくが言わない限り約束を守り、娘も父親を慕う心を周囲に否定されながらぼくに顔を見せる。いろいろと悪態をついたり無礼な態度をわざととったりするけれど、待ち合わせ場所の駅前に顔を見せには来る。千葉はコロナの感染者が初期の段階で出た地域だ。母親からの連絡は期待できないだけに、のこのこ出かけて元気かどうかを確かめる。自分が東京に出かけること自体、周囲には言いにくい雰囲気がある。そうはいっても、親がこそこそにしか会いに来られないと子どもが知れば、子どもの心を傷つける。

松川から乗ったバスには7~8人の乗客しかいない。毎月第2日曜日が娘と過ごす日だ。4月に乗ったときは、4月7日の緊急事態宣言の直後で、ぼくのほかにはもう一人しか乗客がいなかったから、これでも増えている。家族連れと何人かが立川で降り、新宿で降りたのは3人だった。

新宿では月に一度のぼくの上京に合わせて毎月開かれる、別居親たちの交流会を開催した。こういうときこそ困っている人はいるので場を持った。いつもの会場は借りられなくなっていて、有料の貸し会議室はおんぼろアパートの4階でエレベーターもなかった。だけど室内は小ぎれいで窓は開け放たれていた。

この日集まったのは6人。みんなマスクをしている。コロナを理由に引き離された話は、引き離され業界の最近の流行りだ。新型コロナの自宅待機を国が呼びかけ、子どもと会えなくなった親たちが増えていて、アンケートをとったりするとそれがニュースになった。オンラインでの子どもとの交流が提案されたりするけど、コロナをきっかけに子どもを引き離す親は、もともと会わせなくてもいいと思っている。そんなわけで、引き離された側がオンラインでの子どもとの面談を求めたところで実現しない。感染者数が少ない県に住む子どもに会いに行こうとすると、感染者数の多い地域から来た人と接触すると、教育機関から子どもが自宅待機を命じられるという。そんな対応を前に親たちは迷っていた。親が教育機関に子どもを預けるのだから、だったら教育機関が子どもの教育を保障するために知恵を絞るべきなのだ。やっていることは逆だった。

東京にいたときから続けている障害者介助の仕事も一日だけさせてもらっている。介助の世界でも感染の防止というのはテーマになっている。介助先のAさんがヘルパー向けの動画を事業所といっしょに作って登場していた。手を洗おうとかいう呼びかけは予想がつくけど、ご飯はいっしょに食べずに時間をずらして食べろというのも呼びかけられていた。そんなわけでAさんにご飯を用意して待っていると、「そっちの机で食べればいいんだ」と台所のテーブルを示された。「いっしょにご飯食べて感染するんなら、もううつってるんじゃないですか」と突っ込んではみたけど、議論するのも虚しさを感じる。

Aさんには東京の様子をいろいろと聞かされた。国立の感染者数は6人と公表されているそうだ。どこの誰かはわからない。Aさんについて買い物に出ると、大通りの大学通りの店舗は大部分が営業していた。新宿辺りの店は閉まっているのに、国立では人通りもそこそこある。

「国立のほうが立川より規制が緩い。公園も使えて図書館もしばらくはしていた。立川の人はものすごいスピードで車を走らせ市内に入る。それで日ごろ見かけない人がいるから出ていけと喧嘩になる。図書館はバイトだけにカウンター業務をやらせていて、指摘されて改善した」

 殺伐としたいがみ合いとむき出しの差別感情が表に出てきている。テレビを見ると、営業店舗に「自粛しろ」と張り紙を出す「自粛警察」が紹介されていた。そういえば数日前に取材で訪問した南木曾では、観光関係の方にお話を聞いた後、登山者姿でゴーストタウンとなった妻籠宿を歩いていると、地元のおじいさんが待ち構えていた。

「マスクをしてください。それから入村はお控えください。17日からはいいですから」

 日本語に直すと「お前たちは出ていけ。汚いから」になる。それを自宅待機を守らない人から言われるのは気分が悪い。少なくとも、17日になったところで二度と来たいとは思わない。

 長野県では、恐怖感情を背景に閉鎖体質が表面化している。新聞を見ると、県外ナンバーの車は注意を受けるので、車に「地元の住民です」という表示を作って掲げる取り組みが美談として新聞記事になっていた。感染者に出ていけという村の話を聞いたりもする。登山口には自粛の呼びかけとともに、「救助隊が感染症の予防のために救助が遅れる可能性がある」との長野県の標示が張り出された。救急車の利用は同じ理由で自粛を呼びかけないのが、遭難者に限って見殺し宣言の掲示をして恥じないのが「世界級のリゾート 山の信州」の正体だ。国境稜線で足を踏み外すなら他県に落ちたほうがいい。

 どこかで体験したことだと頭をめぐらせると、中学校の校則がこんなだったなと思い出す。規制にまともな理由は感じられないけど、違反は連帯責任を負わされたりするので、風紀委員が目を光らせる。規則は暴動(校内暴力)が起きない程度であれば、理不尽であればあるほど支配者にとって都合がいい。

 考えてもみれば、感染者に「出ていけ」と言えば、自分が感染しても周囲には言えない。そうすれば対応は後手になり感染は広がる。そもそも「封じ込め」が緊急事態宣言だけでできるとも思えない。クルーズ船内で感染者が培養された範囲が今は東京都にクルーズ船がなっているだけだ。規制を緩めれば他県に広がる。そのころ東京都の感染が鎮火されていれば、毛嫌いされるのは今度は長野県民だ。

こういう時期にわざわざ出かける人は理由がある。遊びや仕事かもしれないけれど、遊びが不要不急で仕事が必要など誰が決める。遊ぶために仕事をする人は死ねと言われているのと同じだ。

 コロナで経済活動が停滞する中、大気汚染が改善し、オゾン層が急速に回復しているという。「地球のためには人間はいなくなったほうがいい」とぼくも思うけど、それは事実だったらしい。戦争や環境破壊の旗をふってきた連中が言う「命を大切に」という呼びかけのもとになされる政策を、まとも聞いて命を粗末にしてはいないか。少なくとも感染したところで「お前が悪い」と行政や周囲が言うならば、リスクがたとえあっても「それはお互い様」の関係を維持するほうがまだましだ。なぜならぼくも「命が惜しい」から。

(越路16号 2020年5月12日)

子どもが病気かどうかも知らされない親たちがいます 「パパかママか」(単独親権)から「パパもママも」(共同親権)へ

◆コロナパニックのさ中に子どもの安否がわからない

 毎日新型コロナウィルスの感染拡大のニュースがテレビから流れている。学校は休みになって、仕事と子育ての間で悩む「ひとり親」の苦境が伝えられる。でも、こんな状況になっても自分の子どもの健康状態すら知ることができない親たちがいる。離婚や未婚で子どもと引き離された親たちだ。

 日本では子育てに両親が責任を負う「共同親権」は法律で「婚姻中」に限定されている。離婚や未婚の場合は、どちらか一方に親権を決めなければいけない(単独親権)。だから、親権をめぐっての子の奪い合いが生じ、会わせるともう一方の親に子どもがなついてしまうかもしれないという不安から、子どもを連れ去り囲い込む。

 その結果私たちは自分の子どもと引き離された。会わせるという約束があったのに守ってもらえず、子どもが成人したのに、子どもの住所までわからないという父親もいる。そうやって失われた子どもとの時を国に償わせるために、私たちは単独親権制度は違憲、制度を放置してきたのは違法と裁判を起こした。

◆国際社会から批判を受ける日本の家族法

 ドイツやイタリアは日本への渡航に注意を呼び掛けている。コロナウィルスのことじゃない。日本の「子連れ別居」はいまや“拉致”と国際的な批判を受けている。離婚したら母親が子どもを見るのが当たり前。男性は女性への配慮が足りなかったから、不仲で母親が子どもを連れて家を出て会わせないところで問題ない。そんな日本の「常識」は海外では犯罪とされている。

他人がしても親がしても誘拐は誘拐。他人が殴っても夫が殴っても暴力は暴力。ともに犯罪。共同親権に転換した多くの国では、人々が「別れた後の共同子育て」を暮らしの中で受け入れ、子どもは「パパの家」と「ママの家」を日常的に行き来している。国際離婚も増えてきたため、日本で子どもと引き離される外国籍の親たちも増えてきた。

いま、そういった国内拉致の是正圧力を海外から日本は受けている。EU議会で請願が審議され、議長は日本国内の拉致の横行に吐息をついた。

「とても21世紀の話とは思えない、17世紀の歴史書を読んでいるようだ」。

◆放置してきたのはなぜ? 婚姻外の親子関係を差別してきたから

国は引き離したのは元妻(夫)であって国ではない、と責任を逃れようとしている。水俣病もチッソが水銀が入った廃液を垂れ流したのを行政が見過ごし放置したことで被害が拡大した。コロナウィルスだって同じこと。国が単独親権という病理を放置してきたことが、おびただしい数の引き離された親子や、苦境にあえぐ「ひとり親」を量産してきた。「子どもがほしければちゃんと結婚して離婚するな」。私たちは一つの家族の形を強制されている。私たちのような親子が日々生まれるのは、婚姻外の家族関係を差別したが故の人災。あなたは一体どんな家族を生きていきたい?

(2020.3.17共同親権運動チラシから 宗像充)

分離家族、それは家父長制のリニューアルか?

議論が全然古くなってないので、2017年1月の記事を採録します。

2ヵ月に1度の家族


先日、縁あって長野県大鹿村に引っ越した。大鹿村に引っ越したのは新しく家族ができたからだ。一方で千葉に住む娘と会うのには遠くなった。

2008年に元妻と別れて娘と引き離され、現在2カ月に一度一回4時間、子どもと定期的に会っている。


先日、娘の学校で学級崩壊があったことを保護者懇談会で知った。学級の現状について直接担任と話そうとしても電話窓口は校長だ。元妻である母親が一時子どもを会わせなくしたこともある。親に渡されるプリントの種類や部活動の見学を、別居親であるが故に制約されてもいる。

このような形でしか親として生きられない体験を8年間続けることに惨めさはつきまとう。同じような差別と悩む親たちの問題を解決するため、親どうしの関係の格差是正の運動を共同親権運動と名づけ、会を作り、別居親たちとつながってきた。死別でもないときにあえて、「ひとり親」や「シングルマザー」と名乗り、そこに他方の親は無視していいという意図があれば、それは差別だ。

ぼくはDV男か?


ここ数年、親子断絶防止法(※父母の離婚等の後における子と父母との継続的な関係の維持等の促進に関する法律案)という名前の法律の立法活動があって、ぼくも当初かかわっていたけれど、議員主導の立法活動で及びでないので途中で抜けた。それでも昨年、無断連れ去りの禁止や面会交流、養育費の分担を書面で取り決めるよう促す強制力のない理念法として、国会上程を目指そうとした。そこに女性たちの中から「家父長制のリニューアル」と法律への批判の声が挙がった。


朝日新聞(2016.9.29「「親子断絶」防ぐ法案に懸念」)には「しんぐるまざぁずふぉーらむ」の赤石千衣子さんがDVや虐待家庭における面会の困難や「連れ去り」の正当性を理由に、「子の意見も聞かない法律ができれば、20年以上前に時計の針を戻すことになる」とこの法律の背後にある考えを批判していた。離婚後に分かれて住む親と会いに行く場合にだけ「会いたくない」という子どもの意思は尊重される。

いったい子どもが親の顔が見たくないと家出して、子の意見を尊重して下宿を用意して納得する親はどの程度いるのだろうか。意味が分からず質問状を出したが返事がない。ここにも、別居親の住む場所は、子どもの「本来の」家であってはならないという、単独親権に基づく拭い難い差別がある。


ぼくたちは実子誘拐の非合法化を目指してきた。路上で人を殴るのと同様、家庭内で夫が妻を殴っても暴力は暴力とDVの非合法化が目指された。子どもを連れ去って会わせないのも、他人でも親でも誘拐は誘拐だ。


ハーグ条約(※国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約)のときでも、過去の同様の立法活動のときでも、事務局不明の全国組織のホームページができ、反対運動が展開されてきた。その主張は、親子断絶を規制するより先に養育費の義務化が先、DV被害者が逃げられなくなるので合法誘拐は継続、面会交流の父親の主張は別れた妻への支配とコントロールが目的とされる(暗にほのめかしている)。


この主張だと、8年も面会交流の調停・審判を繰り返しているぼくなんかは、更生のしようのないDV男だ。どう呼ばれようがぼくはかまわないけれど、子どもに会えないというだけで、DV男と言われ続ける男性の社会への憎悪は容易に想像ができる。子どもが手元にいないだけで、「虐待母」と陰口を叩かれるのとその構造は同じだ。


つまりこういった主張には別居親や男性へのヘイトがある。子と離れた女性は想定外で、特定のグループをあぶりだしてDV加害者や、加害者予備軍としてレッテル貼りする。差別意識を背景にして、裁判所も子どもを確保していない親に冷たい。

結果、先に子どもを確保したほうに親権がいくので実子誘拐が横行し、2カ月に1度などという親子双方の人格を傷つけるだけの面会交流の頻度がまかり通る。親権がほしければ子どもを連れて逃げろという、弁護士や女性支援団体のサイトを見ることも多い。しかし、子どもを連れて逃げるような命がけのことをしなければ、親権が獲れないような法制度自体がそもそも問題ではないか。

単独親権という隔離政策


単独親権と実子誘拐が放置される背景には、男は黙って金を稼げという性別役割分業意識がある。別居親の相談を受けていると、「ぼくはATMじゃない」と悔しがって涙する父親の姿を見ることもままある。会えないのに金を払うのかという当然の主張は「男らしくない」からか、「泣き言」として捨てておかれる。

その末に、宇都宮城址で周囲を巻き込み爆死した元自衛官の事件があった。子どもと一生会えないかもしれないという恐怖心は不当に軽く扱われ、その上社会から白眼視されるので、絶望して毎年別居親が何人か自殺している。いったい男たちを何人殺したら、この隔離政策は終わるのだろう。「もともとそういう事件を起こすような人たち」と放置してきたことこそが差別だ。


先日ぼくたちの会が、弁護士を呼んで会で講演会を企画したとき、日弁連の両性の平等委員会の弁護士が所属を名乗って、「あの団体と付き合うとよくない」と人を通じてその弁護士に出席を取りやめるように求める事件が、勇気を持って講演を引き受けてくれた弁護士の告発で発覚した。市民運動への不当な介入事件に対し、日ごろリベラルを標榜するメディアも含めて、運動で声を挙げてくれたところは一つもない。市民運動を担ってきた一人として、ことのほか寂しい経験だった。


現在のDV支援策は、法的には一方の主張だけでDVが成り立ち、異議申し立てもできず、しかも加害者とされるのは男性のみとなっている。保護命令の発令に裁判所の審査はあるものの、現在は住所秘匿の措置が申し出のみでなされるので、裁判所で暴力のねつ造を立証できても、住所秘匿の支援措置が取り消せなくなり、子どもと会う希望は断たれてしまう。男性へのヘイトが、このような超法規的な措置の10年以上にわたる放置を容認してきた。暴力の防止を理由に差別を放置するなら、何のための暴力防止だろうか。


引っ越した先の家は子どもの家でもある。子どもにとって離婚とは家が二つになること、それは事実だ。8年経っても自宅に帰宅できない娘に、赤石さんのアドバイスのもと、あなたは家父長制の被害者だから我慢しろと、親として言う気はさらさらない。

(『市民活動のひろば』147号掲載)

コロナによる片親引き離し

コロナパニックの親子たち

 新型コロナウィルスの感染者があちこちで増え、緊急事態宣言が出されて行動が制約されるようになり、子どもと過ごす約束を守ってもらえなくなった親たちの声がいろいろと聞こえてくるようになった。

世は単独親権である上に、社会は家族であっても分離強化に向かっているので、同居親の苦境はニュースにしやすいが、彼らが実行しているかもしれない親子分離は「やむを得ないこと」とされやすいのは想像がつく。

「近所でコロナの人が出たので中止するつもりはないが、当面自粛してほしい」

「こんな状況で会わせるなんて考えられない」

「不要不急の外出はやめるべきと国も言っている」

 という理由でいとも簡単に親子関係が絶たれ、そうなると事態の収束が見えないだけに、このまま引き離されてしまうのではないかという恐怖は強まる。同居親のほうは子どもと一対一の関係でストレスを感じ、別居親は不安で体調を崩す。免疫も落ちるだろうから、素人考えでも感染症対策として不適切だ。

いっしょにいる時間が長くなるから、DVも虐待も増えるだろうなと予想したけど案の定だった。「コロナ離婚」を煽っている人もいるが、こんな状況で親権を奪われれば子どもとの今生の別れとなることは誰もが想像がつき、子の奪い合いが勃発すれば、自殺やストレスで死人が何人出るか想像がつかない。こういうとき、修復的な援助だけでなく、親子関係を維持したまま、離婚を選択肢にできる共同親権がないことは致命的だろう。

単独親権制度の日本で月に一度2時間程度の「面会」は、「会わせなくてもよい」「家族外の他人」という発想を生むが、子どもにとっては友達のみならず親とも引き離され、寂しい気持ちは周囲は理解できず、感染症は暗い思い出になって心に刻み込まれる。

父親が危険なのと同じくらい母親も危険

 一方で、イギリスのように、政府が別居親子の関係維持を指針として出したところが複数あるということも伝わってきている。日本でこういった指針を政府に求めるとどうなるか。 

一部の自治体では、卒入学式に別居親の参加を認めないという通達を「コロナ対策」として教育委員会が出したという報告がある。親どうしが特に出席について問題視していなくても、こういった措置がなされる点で、明らかな差別にあたる。たとえば白人と黒人が愛し合って結婚しようとして自治体に届け出を持って行ったけど、黒人との結婚は認めないと自治体が拒否するようなものだ。この場合、同居親の親族であれば何人であっても出席できるとすると、もはや合理的な理由などありえない。

 感染症対策としてはどうだろう。

親であっても接触の対象となり、そういう意味では子どもに感染するリスクはある。しかし別居親が社会生活を送っているのと同じように同居親も社会生活を送っている。ここで同居親は多く家事育児を担う女性で家庭にいることが多いのでリスクが低い、などという理由で同居親側の拒否を認めるのであれば、男は外で感染してもかまわないということになる(まさかこれが男性の死亡率が高い理由でもないだろうが)。もちろん「シングルマザーの苦境」は社会問題としてありえない。こんな理屈は実は親どうしが同居していても同じなのだ。

つまり子どもから見れば、同居だろうか別居だろうが、父親(母親)が危険なのと同じくらい母親(父親)も危険だ。同じ程度のリスクがあるなら、いっしょに過ごす時間が長い親のほうから感染させられる確率が高いに決まっている。

感染症対策として別居親との引き離しを認めるのであれば、同居親もまた育児から手を引くべきだ。どちらかの親が感染しているのが明らかならば、現状どちらかの親は入院させられるなりして分離させられる。そういう場合も見越せば、もう一方の親との関係をあらかじめ絶っておくことは、子どもにとって極めて危険だ。

「不要不急の外出」ではなく「必要な帰宅」

不要不急の外出は控えるべきだというならば、別居親が社会活動を送るよりも低い程度に、自分が外に出て気晴らしし、買い物するのもやめておかないとならないだろう。何より子どもにとって、親が暮らす場所自体が二つの家で、親といっしょに過ごすことは、「不要不急の外出」ではなく「必要な帰宅」にほかならない。

コロナの感染が拡大する中でも親子関係の維持を指針として掲げる国がある理由は、子ども視点に立てば明らかだ。単独親権制度はこういった冷静な判断を許さず、同居親の側の恐怖心からくる不合理な判断を子どもを理由に正当化する。「子育ては女性の専権事項」という固定観念がこういった不合理な判断を支える。子どもが感染症にかかるリスクを少しでも減らそうと考えるなら、家に恋人を上げること自体控えるべきだが、嫌いな人間ならすぐに感染症予防を持ち出すなら、それはハラスメントにほかならない。

小野田紀美(参議院議員)が言うように「親に会わなくても子どもは死にはしない」なら、マンションの一室に子どもを閉じ込め、ご飯だけ与えておくというのが一番の感染症対策となる。それを児童虐待と呼ぶならば、もはやそれはコントだろう。

(2020.4.14書き下ろし)