家庭裁判所前の殺人~分離強化は再発防止につながるか

「やったことに対しての責任は取らないとならない。しかしもともと妻を殺した男性が危険な存在だったのか」

 離婚や別居に伴い、別居親子が定期的に過ごす面会交流事件を多く手がける、土井浩之弁護士(仙台弁護士会)は嘆息する。3月20日に東京家庭裁判所前で31歳の女性が切りつけられ、離婚調停中のアメリカ人の夫が逮捕された。その後女性は失血死している。

 ライターである筆者は、子どもと引き離された経験のある別居親である。夫婦間で妻の側が被害者の事件報道もウォッチしてきたが、こういう場合、まず夫の人格の異常性が強調されることが多い。今回も、男性がDVだったということを前提に、「命がけで救いを求めて訪れる被害者たちを裁判所は守れているのか」と警備強化や保護命令制度の活用を唱えて、分離政策を後押しする論調が出ている。しかし本当にそれで暴力が防止されるのだろうか。

「殺したのは究極のDVですが、過去彼がDVだったという根拠があったのでしょうか。妻を殺した男性のものと思われるSNSには、昨年の8月に妻子がいなくなって一週間、何が起きたかわからない状況だったことがわかる書きこみがあります。誘拐されたと大使館に相談もしている。自分が置かれた状況がわかっていたのでしょうか」

 妻は同時期、「夫が精神的に不安定」と警察に相談していたとされる。一方で、夫のSNSには、子どもが生まれてから妻が「メンタルヘルス」に問題を抱えていたという書込みがある。

土井さんは「産後など、不安を抱えた女性が行政の女性相談窓口などに相談に行くと、『夫の精神的虐待が原因』『命を守るために逃げなければならない』とアドバイスをすることになる」と解説する。「DVの相談件数が増加するのと歩調を合わせて家庭裁判所への面会交流の申立件数も増加しています。行政のマニュアル的な対応が面会交流の事件数増にかなり影響を与えている。行政の引き離し政策で男性な危険な状態に追い込まれたのが事件の背景」というのだ。

「孤立して不安定になっているのに、本人に状況を冷静に伝えるサポートはない。男性の側の話を聞いて自身の気持ちを消化し、相手の気持ちも考えることが本質的にできにくい体制になっています」

 そう男性の置かれた状況を説明するのは、加害・被害、男女を問わず、家族の再統合や脱暴力の家族支援を行う日本家族再生センター代表の味沢道明さんだ。どこの国でも同様の事件は起こりえるものの、暴力防止の観点から日本の現状に首を傾げる。

今回事件が起きたのは家庭裁判所の手荷物検査の前だ。セキュリティー体制を強化すれば事件は防げたのだろうか。

「今回は日時がわかって家庭裁判所の前で待ち構えていたんでしょうが、別の場所に妻が現れるとわかっていたらそこで事件が起きたかもしれない。居場所だって本気で探そうとしたら見つけられる。分離すればすむという問題ではない」

 味沢さんは首を振る。2013年に東京家庭裁判所に手荷物検査が導入された際、筆者は東京家裁に直接理由を聞いている。東京地裁など、すでに手荷物検査が導入された施設との間に地下通路ができて、東京家裁の入り口にも取り入れたというのが導入の理由だ。夫婦間暴力の防止の強化が目的だったわけではない。本質は別のところにあると味沢さんも強調する。

「日本のDV対策は民事対応です。刑事介入がなされて双方の事情を聞かれるアメリカなどと違って、加害者とされた側は、いきなり妻子がいなくなって行方不明になり、家庭裁判所から調停の呼び出し状が届くことになる。周囲もDVの加害者とされているわけだから引きますよね」(味沢さん)。ますます置き去りにされた側は孤立を深める。

「そもそも家庭裁判所では親権は子どもを確保している側に行く」。批判は家庭裁判所の姿勢にも向けられる。「調停でもなかなか子どもと会えず、離婚など目的を達するために子どもを取引材料にすることもある。そうなると感情を逆なでして、むしろ暴力のリスクは高まる」(同)。

女性保護にだけ目を向け分離を強化することが、むしろ暴力を誘発するというのだ。

「男性や引き離しに遭った側、それにDV当事者への脱暴力支援がない。そういった問題に取り組むコミュニティーにそういった人たちを引っ張り込むのが必要」(同)。

男女双方に目を向けた制度の構築と支援が抜きに、事件の教訓を生かすことは難しい。


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