リニアは無理ゲー

 今年の夏は暑くて、草の成長がものすごい。家や田んぼの周りの草刈りも切ったばかりなのにすぐ伸びて、年中している気分になる。コロナ以後、ぼくの暮らす上蔵の人口も減っているので、部落総出の草刈り作業も以前のように手分けが行き届かず、刈り残した部分が出ている。家の周囲は4回くらい草刈りをした。人間も動物なので、夏の間は活動が活発になるからそれもできる。

あちこち取材に出かけ、山小屋の手伝いや遠方の友人を案内している間に気づけば8月は終わっていた。初夏に隣のKさんが来て蜂の巣があると教えてくれてそのままにしていたら、9月には蔵の下に大きなスズメバチの巣ができていた。また母屋の屋根裏にも巣があるようで、やはり暑いので出入りが活発になっていた。

1年前に注文した薪ストーブができあがり、それを運び込むときに刺激したのか、そのうちの1匹に刺された。動悸がして息苦しくなってKさんに車に乗せてもらって診療所に行き、点滴を打ってもらった。「次刺されたら救急車呼んでください」と看護師さんが言っている。

家にいるとあれこれしてしまうので、8月の末、ハチに刺される前に大分の実家に帰ってしばらく休んだ。自堕落な暮らしをしていると母が「大分に帰ってくればいいじゃない」という。理由は「こっちのほうが便利やろ」のようだ。息子が縁もゆかりもない山奥に離婚して取り残されひとりぼっちで寂しく暮らしている、というイメージなのだろう。

生活するとなると別の苦労も生じるだろうけど、たしかに大鹿村よりは買い物とかは便利なところはある。どうして大鹿村に来たんですか、と聞かれると「結婚したから」と答えてたけど、最近はその説明はかえって面倒なので「山が近いから」と答えるようにしている。

そう思うと、それは随分適切な理由に自分でも思えてくる。家から森や山が見え、思い立ったらすぐ山にでかけられる環境での暮らしは自分にとって重要だ。だからリニアにも反対している、とも思える。山登りは趣味だ。だとするとリニアに反対するのも趣味だよなと思う。仕事は金を稼ぐだけかもしれないけど、趣味は生活や命をかけたりする。

7月18日はストップリニア訴訟の判決日だった。訴訟自体の勝訴は原告の人たちも期待してなかったようだ。それでも、あまりに国とJRの言い分そのままの判決文は、権力の側の焦りと責任放棄を反映しているようにも見える。判決前後には、静岡が足を引っ張っているという川勝批判の記事がネットにはあふれた。運動も敗北して後は静岡だけ、と言いたいようだ。全線の工事の遅れや失敗が訴訟を契機に話題にされても困る。「工期や開業の遅れは川勝のせい」と批判を集中させて問題が出るのを避ける意図は見え見えだ。判決後しばらくすると、ぱったり記事がやんだ。お金も動いただろう。

認可の違法性を問うリニア訴訟でも、認可後の「事後アセス」って何だよという批判が出た。なされるべきだった手続きを求め続けると工事は遅れる。計画が杜撰だからだ。これまで2度工事を止めた。実際には事故は多発し、勝手に工事は止まったし、工事の遅れは目に見えるようになっている。

山梨の山岳会に呼ばれて現地を見に行く機会があった。テレビ報道では、「山梨は着々と工事は進んでいて、静岡が足を引っ張っている」というキャンペーンが貼られていた。同じ現場を見に行くと、工期は2026年までになっている。その後開業まで2年かかるというJR東海の説明を入れれば、やはり山梨でも工期は間に合わない。

というか「掘削が始まっています」とテレビが言ってた現地に行って、後ろを振り返ると街並みは以前と変わっていない。記者たちはこの光景を見ていながらJRの言い分を宣伝するためにニュースを作った。会場に来ていたリニア訴訟の川村さんが、県内の橋脚の建設ペースをもとに計算してみると、完成まで60年かかるという。果てしない。

この状況は長野県側でもさして変わっていない。

飯田市のサイトを見ると、リニア工事の工期一覧が出ている。おしなべて2026年度(2027年3月まで)が完成年になっていて、これは2027年にするとさすがに開業に間に合わないというのがバレるので、前年に一応設定しているというのが理由だろう。実際にはこれでも間に合わない。川村さんが言ってたけど、そもそも2027年に開業できるなんて根拠がなかった。

大鹿村でも、南アルプストンネルの昨年度の進捗状況をもとに、静岡県境までの工期を計算してみると、あと10年かかる。長野県は沿線の中で一番工事が進んでいる県だろう。仮に「静岡県が足を引っ張っている」なら、他県はその分工事は進んでいないとおかしい。2027年まであと約3年。ウソがばれる日は近い。

長野県や県内でリニアを進めてきた下伊那の自治体は、JR東海に開業時期の再設定を求めている。リニアを理由にまちづくりや公共事業を進めてきたので当然だろう。だけど、JRとしては、2027年にあまりに近いとやはり間に合わないし、あまりに先に開業時期を設定すると、計画が無謀だったのかバレる。なので言わないだろう。「リニアは無理ゲー」というこの状況は遠くない未来に露見する。

大鹿村では、住民の不満や反発を無視して村政はJRに利益誘導してきた。柳島村政から変わった熊谷村政は、ことリニアに関して言えば、むしろJRの側に立った言動が目立つ。最近では、長野県が新たに作った盛り土条例に基づいた、大規模盛り土の説明会の開催が課題になった。

JRは村と協議して、この説明会の開催を直近の自治会の釜沢だけに実施した。しかしこの盛り土計画は、県に申請する段階で一度事前審査でダメだしされた。盛り土の上に土を盛るにもかかわらず、上部部分の設計しか説明していなかったという。

では釜沢の説明会自体も無効ではないか。釜沢は丘の上だ。実際に影響を受けるのは、下流の自治会だ。しかし豊丘村ではした下流域の説明会を大鹿村ではしなかった。

この点についての疑問を直接長野県の盛り土担当の部署と飯田建設事務所の職員と懇談という名目で実施した。久々の行政交渉に松川の仲間2人と4人で行った。この条例は熱海の盛り土崩壊を受けたもので、本庁の行政担当者としても、いい加減な運用がされると今後にかかわるという気もあったのか、むしろぼくたちの側の話を積極的に聞いてきた。

それで「リニアは無理ゲー」という先ほどの説明をすると、それはほんとなのかと笑い話に聞こえたようだ。これは仏頂面で迷惑顔のリニアを進めてきた飯田建設事務所の連中とは対照的だった。彼らにしてみれば市民の前で恥をかかされた、ということになる。

その後、大鹿村の担当者とも懇談した。

総務課長とリニア担当者と職員が3人出てきた。以前は副村長の長尾が、「意見が違うから」とか「業務妨害だ」とか舐めた態度で市民の意見をつぶしてきたのが勇退。

「村長としては工事を進めて早く終えてもらっていなくなってほしいという思いだと思う」

と課長が言うので、「リニアは無理ゲー」という説明をする。

「あんたたち、リニアができるからと住民の不満をつぶしてきたんだけど、工事はあんたたちが協力したところで終わんないよ。そろそろこっちの話を聞いた方がいいんじゃないか。大鹿だけだよ、こんなに協力して住民が我慢し続けてんの。ずっと我慢させるのか」

上蔵では、要対策土という名の有害残土の実証実験が始まっている。村に質問状を送り、そこで言及された資料を物色すると、有害残土の不溶化材による処分法というのは、高速道路のトンネルなどの大量の残土発生に、安価な処理方法として研究されていることがわかる。福島の原発の汚染水の排出も、他の方法が金がかかるから安価で無策な処分法として反対の声をつぶして実行される。

リニアの有害残土の問題は岐阜県の御嵩町でも生じている。近くで民間業者が要対策土の再処理工場を作っても、JR東海は金がかかるからそこには運び込まず、町有地も含めた処分地計画を進めようとする。公害というのは、業者の営利主義を行政が止めなかったり後押ししたりすることで生じる。水俣病を見ればわかる話だ。

「説明会なんかJRにやらせとけばいいんだから、わざわざ間に入ってもめごとを作り出す必要ないんだよ」

 と念を押した。ちなみにJRに説明会実施の要望書を本社向けに送ると、はじめて地元の事務所から電話で「やんない」という回答が来た。電話口で工事の回覧は自分たちで配って自治会に下すなと言うと、はじめて戸別配布が実現した。文句を言い始めて7年目だった。

 ぼくが県と懇談をしたと村の課長に説明すると、「県からは説明会をしたほうがいいと電話がきました」と小さな声で言っていた。

趣味には根気強さも必要だ。

(2023年10月、「越路」36、たらたらと読み切り176)