「天国に一番近い村」大鹿楽園計画<その1>車を麓に下ろしたら

 長野県大鹿村に住んでいる。ここに住むようになったきっかけは、南アルプスを通るリニア新幹線についての取材で村を訪問し、地元の人と結婚したからだ。とはいえ、別れたので今は一人で暮らしている。

2016年にこの村にやってきて今年で8年目になる。だんだんここでの暮らしも愛着が湧いてきて見えてきたものも多くなってきた。そこで秘境や中山間地と呼ばれる地域での生活をもっと楽しむために、これまで気づいたことを書いていこうと思う。

近年都会から田舎へと移住を希望する人も増えたので、ここでの個人的な経験も多少は役立つ情報だと思う。また似たような状況で暮らす人にとっても参考になればと思っている。大鹿村の人はこの文章に触れる機会は少ないかもしれない。いろいろ異論や反論はあると思うけど、当然個人的見解なので、言いたいことがあったら伝えてほしい。

「天国に一番近い村」

 最新の村の広報を見ると大鹿村の人口は873人になっている。大鹿村の高齢化率は45.5%になっていて、全国平均(28.7%)よりも16.8ポイント高いというデータがある。この割合は長野県内でも高くて以前は10位以内にランキングしていた。長野県は全国トップの長寿県なので、大鹿村は全国でも指折りの高齢化率の高い村ということになる。

なので「天国で一番近い村」だと言ったら村で怒られそう。

でも逆に言えば、それだけお年寄りが元気に暮らしている村だということも言える。以前「消滅可能性自治体」として選定されたこともあるけど、近年はそこから外れている。お年寄りが亡くなったのかもしれないけど、小さい子を育てる子育て世代もそこそこいる。以前から移住者は多い。

接点のない村民と登山者

 大鹿村のことを村役場は「南アルプスと歌舞伎の里」と呼んでいる。歌舞伎は一生懸命取り組んでいるけど、南アルプスについてはリニア新幹線を受け入れているくらいだから、あんまり好きな人が大勢いるようにも思えない。それに登山者は大鹿村を素通りして登山口に向かうので、村の人が登山者と触れ合う機会は多くない。山に登る人間としてははなはだ残念な状態が続いている。

 でも標高1000mの上蔵という集落の一画で暮らしていると、近所の人たちが猟をしたり薪をとったりキノコや山菜を採ったり……と身近な山に親しんでいることがよくわかるし、自分もそういう暮らしは楽しいのでいろいろ習ったりしている。

なんというか、外から来る登山者と、山を生活の一部としている村の人の接点がないのだ。これは両方の立場にいる自分としてはとても残念に思える。

 村に来て登山者目線で村の登山者への扱いを見たとき、そもそも眼中にない、という気がした。そして村民目線で登山者を見たとき、麓の暮らしに目を向けたらもっと楽しいのに、と思う。だけど登山者は暗いうちに登山口の駐車場に着いて歩き出すのでそもそもどこをどう通って来たのか印象がない人も少なくない。

マイカー規制は架け橋

 よその登山口は、マイカー規制による登山バスを走らせ、麓の駐車場から登山者を登山口まで運ぶことが少なくない。先日仙丈ケ岳と甲斐駒ヶ岳の登山口、同じ南アルプスの北沢峠に行ったら、麓の戸台から10台くらいの登山バスを走らせて、それでも乗り切れずに2回戦目でようやく1時間ほどバスに揺られて峠に着いた。麓には登山者向けの入浴施設と食堂があった。

車内放送では、このバスが自然保護運動の中でも有名な、南アルプススーパー林道反対運動の結果実現したマイカー規制によって生まれたものだと車内放送があった。大鹿村の登山口の越路ゲートまでは延々40分ほど曲がりくねった鳥倉林道を車を走らせ、登山者にとっても運転に気を遣う。

また上蔵を通って鳥倉林道に合流する道もあって、休日ともなるとバイクの音とかがわりと気になる。そもそも鳥倉林道は林道なので、林業関係者から見ても自家用車は通行の障害になるという声も聞いた。

なので、麓に駐車場を用意してマイカー規制をすれば、登山者は麓にプールされて村の店舗に金を落とすこともあるだろう。登山口に着く時間が固定化されれば、宿泊施設の利用も増えると思う。

屋久島とかに行けばわかるけど、登山者向けの弁当屋が島のあちこちにあったりする。要するに登山者に向けた小銭稼ぎ程度の産業化が実現するし、登山者もバスを待っている間に村に目を向ける時間ができる。

なんてことを考えたのが8年前。誰彼に言ってたら、そこそこ「いいんじゃない」という人も増えてきた。(2024.8.19)