日本の多様な銘柄米は種子法に守られてきた。 masa / PIXTA(ピクスタ) これまで日本の多様な品種を守ってきた「種子法」が廃止され、日本の農業は大きな転換点に差しかかっている。そんななか、「多様な品種・種子を守る」ためのさまざまな動きが起きている。
4月に種子法が廃止。その後は……?
「このままでは、日本の農産物の多様な品種が店先から消える」
こう警鐘を鳴らすのは、元農林水産大臣の山田正彦さん。山田さんは昨年から種子法廃止の動きに対して「日本の種子を守る会」を結成、廃止の影響を各地で説いてきた。
6月18日、種子法復活法案に関する院内集会で話す山田正彦さん。
しかし、今年4月に種子法は廃止。その結果、「これまで米、大豆、麦類の品種を、各都道府県が責任を持って種子を開発・増殖してきました。それが今後は義務ではなくなるのです。つまり、種子を守るための予算がつかなくなる」というのだ。 「一つの品種が開発されるまでには10年、増殖には4年かかる。各地域の銘柄米を手ごろな値段で口にできたのは、膨大な歳月と労力をかけ、その予算を税金で賄ってきたからです」(山田さん)
山田さんはさらに「日本の多様な品種を大企業の寡占から守っていかなければならない」と危機感を強める。日本ではすでに「みつひかり」(三井化学)、「つくばSD」(住友化学)、「とねのめぐみ」(日本モンサント)などの籾米が流通。主に多収量の業務用米として用いられている。
「農業競争力の強化が国の方針。生産規模の小さい銘柄は集約されるので、国内の品種はいずれこういった大企業の品種に置き換わっていく。従来の品種を作り続けたいと思っても、各都道府県が生産をやめれば種子が手に入らない。やがて外国の多国籍企業の種子を一般農家は買わざるをえなくなっていく」(山田さん)
種子法復活法案に関する院内集会で農水省知的財産課の担当者は、新規開発種の自家採種を今後原則禁止していく方針を説明
種子法復活の動きも
種苗店やホームセンターに並ぶ野菜の種はほぼ外国産で「一代交配(F1)種」が大半。種をとってまいても前年のようには実らない しかも、種子ビジネスを行う企業としては、莫大な開発費を回収する必要がある。そのため、「F1種」という一世代に限って作物ができる品種を販売する。自家採取できないので、農家は毎年企業から種を買わなければならない。
「種子ビジネスに乗り出してきているのは化学企業が中心。農薬と化学肥料もセットで売り、契約によって作り方も指定されます」(同)
そうなると価格は企業が決めることになる。現在、民間の種子の値段は、公共の品種の種子の4~10倍。種子法によって守られてきた公共の品種がなくなれば、農産物の値段が上がることは必至だ。これに対して、国会でも種子法廃止に抵抗する動きが出ている。5月19日に野党6会派が提出した種子法復活法案は6月7日、衆議院農林水産委員会で審議され継続審議となった。 「『業務用の品種の作り手がいなくなるから民間を応援しよう』と政府与党は説明してきました。だからといって、各地が独自で種を作ってきた体制をなくすことはなかった」と、後藤祐一衆議院議員(国民民主党)は語る。
「米の民間品種のシェアは、まだ0.3%にすぎない。移行の体制も整っていないのに、大阪府、奈良県、和歌山県は今年度から種子の維持についての認証制度を取りやめてしまいました。弊害が明らかになる前に何とかしなければ」と後藤議員は法案の復活に意欲を見せている。
条例を作り県レベルで対抗
一方、県レベルで対抗しようという動きも出てきた。新潟県、兵庫県、埼玉県は条例を制定し、県の公的機関が種子法廃止前と同じように種子の生産・供給が可能な体制を続けられるようにしたのだ。新潟県長岡市内にある農業総合研究所作物研究センターの担当者はこう語る。
「こちらで作っている種子は、コシヒカリや新之助など『推奨品種』14品種、それに準じる新潟次郎など『種子対策品目』9品目です。国の種子法がなくなって県条例となったので事務的手続きなどの変更はありますが、種子を生産・供給する基本的な業務自体に変わりはありません。これまで通りの多種多様な品種の生産・供給ができる体制は維持されました」
これら3県の条例制定は、日本の農業を守る貴重な取り組みとして全国に広がる可能性がありそうだ。
「種子法廃止の背景にあるのはTPP(環太平洋パートナーシップ協定)です。日本の多様な品種を守ってきた種子法は、TPPにおいては自由な競争を阻害する『非関税障壁』とみなされてしまうのです」と山田さんは解説する。そのうえ、「TPPでは『遺伝子組み換え食品の輸入も促進する』となっている」というのだ。
弁護士でもある山田さんは現在、種子法に焦点を絞りTPP交渉の差し止め・違憲訴訟の提訴を準備中。すでに原告は700人を数え、今年8月には提訴の予定だという。
今のうちに、自家採取可能な種子を保存
臼井さんの始めたシードバンク「種センター」では、カボチャや豆、トマトなど、棚ごとに在来種の野菜の種が保管されている 種子の輸入が途絶えれば「日本ではほとんど野菜が作れないのが現状です」と印鑰智哉さん(「日本の種子を守る会」事務局アドバイザー)は危惧する。農水省は「知的財産権の保護」という点から、これまで原則OKだった自家採種を原則禁止に転換する方針だ。つまり、そうした種子を自家採種したり共有したりすれば、犯罪となり重い罰則が科せられる(家庭菜園は除く)。
「種が落ちて芽が出て、実がなるというのが自然界です。自家採種禁止なんて常識では考えられない」と首を傾げるのは、長野県安曇野市で自然農の菜園を持つゲストハウスを経営する臼井健二さん。大企業の種に頼らない農業を行うため、’12年に在来種の種を保全するシードバンク「種センター」を開設した。 「大企業の品種が席巻して多様な品種が滅ぼされる前に、自家採取可能な品種を保存しておかなければ」と臼井さんは語る。現在、200種以上の在来種の種子が保存されている。
「企業の種子の知的所有権を守るのであれば、伝統的な在来品種も守る法制度も必要だ」と、印鑰さんは強調する。「お米に関しても、まだ公共品種が99%を占めている今ならば、まだ十分に守ることができます」 一度失われた種子は、二度と戻ってはこない。これは、日本人の食にとって大きな転換点といえるのではないだろうか。
<取材・文・撮影/宗像充 横田一> ― いよいよ[日本の種]がヤバい! ―
ハーバービジネスオンライン
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