子の連れ去り訴える選挙ポスターで逮捕 羽田ゆきまさ報道局弾圧事件

獄中からの出馬表明

 現在東京拘置所に収監されている金村まことさんは8月2日、獄中から8月27日に告示予定の立川市長選に立候補を表明した。声明文では、4月の大田区区議会議員選挙(4月23日投開票)に立候補し、「その選挙ポスターに記載された事項について名誉毀損に問われた」と収監の理由を説明している。

大田区在住の金村さんは、羽田ゆきまさのペンネームで、ネットメディア、羽田ゆきまさ報道局を作り、選挙や議員活動、社会問題を動画で配信している(「羽田ゆきまさ」のほうが通っているため、以後羽田さんとする)。動画配信のコンテンツには、「子どもの連れ去り」という枠もあり、ぼくも出演したことがある。

ぼくは子どもに会えない親として、2008年から親権問題についての活動をしてきた。親子の引き離しの被害者たちの自助グループも開催していて、羽田さんもそこに顔を見せていた一人だ。

現在共同親権への民法改正が度々話題になっている。離婚や未婚の際に子どもと会えなくなった親たち(父親が多い)が運動を続けてきた。ぼくもそのために国を訴える訴訟を起こしているので、羽田さんにも動画を配信してもらった。

 8月2日の出馬宣言は、羽田さんの代理人の下村大気弁護士から記者クラブとぼくにも送られてきた。電話をしても通じない羽田さんが東京拘置所にいるのがわかったのは、7月20日の下村弁護士からの「取材してほしい」という連絡でだった。5月22日の逮捕後、6月22日に起訴されていた。8月4日に長野県から小菅の東京拘置所に向かった。

顔写真・「DV妻」のポスター

こちらが質問する間もあまりないまま、羽田さんは間仕切り越しに経過を説明した。

大田区議会議員選挙で羽田さんが貼りだしたポスターは、子ども2人の写真を載せ「子ども連れ去りの被害者」と説明している。2人の脇に目の部分に黒の横線を入れた女性の顔写真が挿入され、「DV妻のこどもたちへの暴力を田園調布警察や児相に相談していました」とある。このポスターを選挙掲示板98カ所に貼ったのが逮捕起訴された理由だ。

子どもたち2人の名前も入っている。見た人はそれが羽田さんの妻と子どものことだと思うし(実際そう)、知り合いなら目に黒線を入れていても子どもの顔名前が出ているので母親も特定できる。

暴力の存否

ポスターの記載について本人や下村弁護士の説明をまとめると次のようになる。

羽田さんは車を運転中に後部座席の妻から助手席をけられたのをきっかけに、田園調布警察署に相談した。2019年のことだ。警察と、警察から連絡を受けた児童相談所が双方に話を聞き、しばらく沈静化したものの、翌2020年4月には子どもが水をこぼしたことで妻が子どもを折檻する。この際妻が子どもを連れて実家に行き、以来羽田さんは子どもと会えていない。

羽田さんの口調からは悔しさがにじみ出ていた。母親の児童虐待事件は日々事件になっているし、相談を受けている限り女性が暴力をふるうのは珍しくない。

もちろん、妻の側は暴力の事実については否定して羽田さんを告訴したため、捜査機関としては名誉毀損容疑で逮捕起訴したという流れになっている。この点は裁判で争われる。

連れ去り事件?

羽田さんのポスターには「こども連れ去り反対」の主張もある。「連れ去り」という用語を使うかどうかが、共同親権の賛否にかかわり政治化している。現状維持派は「避難だ」と言い、変革派は「連れ去りだ」と言う。どっちにしても子どもを「囲い込まれた」と言えば実体が理解しやすいかもしれない。 

羽田さんは、この選挙ポスター以外にも複数の種類の「連れ去り」をアピールするポスターを用意している。羽田さんとしては自身が受けた理不尽な扱いが社会問題だと、選挙を機会に広く知ってもらいたかったのだろう。

「名誉毀損 vs  スラップ」

 ところで、親権問題を報じるメディアについての「名誉毀損事件」がこのところ度々起きていて、報道する側は委縮しがちだ。

昨年12月には、マクロン仏大統領来日と東京五輪開催に合わせてハンガーストライキをしたフランス人男性、ヴァンサン・フィショ氏の妻側が、名誉毀損で出版社などを訴えた。今年の4月にも別のメディアやライターへの提訴が続いた。

プライバシー侵害も争点になっている。不思議なのは、当の母親は記者会見で発言しつつ、情報の発信元のはずのフィショさん本人は訴えず、メディアだけを訴えている点だ。もちろん訴えられた側は、訴権の濫用としてアメリカなどでは規制法もある「スラップ(Strategic Lawsuit Against Public Participation)訴訟=口封じ訴訟」としてアピールし対抗している。

親権に関する事件の場合、これらの手法は、女性の側の被害者性を前提とし、男性の側の被害を否定することで世間にアピールしているという点を理解しないと混乱する。「連れ去り」と言うこと自体、男性の側がもっぱら被害者という点でこれまでの「女性=被害者、男性=悪」という構図を崩すものであり、故に感情的な反発も強い。

母性神話

日本外国特派員協会でフィショさんの妻側の記者会見を見ていて驚いた記憶がある。会見の弁護士の一人が、記者の一人が足を組んでいたのを見とがめて「女性に失礼」という言葉で非難したのだ。「足を組むのが失礼」ではなく、「女性に足を組む」ことが失礼にあたる。逆に言えば相手が男性なら問題ない。これは親権をめぐっての家族の問題でも当てはまる。

警察としては羽田さんに仮に暴力被害があっても「問題ない」。しかし彼女の側が被害を訴えると見過ごせない。ある憲法学者は「連れ去られた」と男性の側が被害を訴えると、母親の側の言い分も聞かないと不公平だと訴える。しかし男性の側が虚偽DVを主張すると、「それがDVの証拠」「被害者を疑ってかかるなんて」と途端に両論併記が吹っ飛ぶ。

これは一般的に言って母性神話だと思うが、司法で女性が94%の割合で親権を指定される現行制度と運用が是正されない原因ともなっている。羽田さんが選挙で不当性を訴えたかったのはこの部分だろう。それへの逮捕起訴は故に弾圧だ。

選挙で子どものことをアピールする

 ところでぼくは羽田さんが大田区の選挙に出馬するときに、ポスター貼りの人集めの協力要請を受け、接見でも立川市の市長選挙で同様の依頼をされた。とはいえ、自分の名前をアピールするでもなく、主義主張だけで人は動かない。他人を巻き込む気もなくて断っている(そもそも事前にポスターを見ていない)。

 ただ、警察も児童相談所にも不信がある中、羽田さんが不当性をアピールする手段としてとったのが選挙ポスターというのはわかる。

子どもや母親が特定される形でのポスターはどうだろう。

連れ去りは誘拐なので、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の拉致問題になぞらえてアピールする当事者たちは多い。もちろん拉致被害者の顔写真を出さないと世間にはアピールしないから、国はそれを並べたポスターを作り、メディアは北朝鮮の政治指導者の名前を、「名誉を毀損するから」と報じなかったりはしない。

「子どもがいじめられる」という懸念は出やすい。一方これが子どもへの被害の告発だとすると、父親の羽田さんは子どもに周囲の監視の目が行くように配慮したとなる。こうなると、親でもない他人がとやかく言うことかとも思う。民事不介入なら母親の告発だけを警察が事件化する理由もない。

 名誉毀損罪は公共の利害に関する場合には例外になるので、裁判ではその点が争点になる。そもそも初犯で起訴なんてと思う。逃亡も証拠隠滅の恐れもないのに勾留は2か月を超えた。検察側からすると、98カ所の量の多さと羽田さんが妻側に接触するのではという懸念から、羽田さんの拘束を解かない。しかし本人は父親として制度を変えるために選挙活動をするのが本位だろう。

公判は8月9日14時半、東京地方裁判所828号法廷で第一回目が始まる。(2023年8月6日)