「残念な県政」の継続か、「ワクワク長崎」を作れるか

 2月3日に告示された長崎県知事選挙では、4選を目指す現職の中村法道氏(71)氏と大石賢吾氏(39)が出馬し保守が分裂した。これに対し、石木ダム建設反対を掲げた無所属新人の宮沢由彦氏(54)も立候補を届け出た。告示前の候補者討論会でも、石木ダムの建設問題が取り上げられ、選挙戦の大きな争点の一つになっている。

 一昨年から長崎県内川棚町で建設が進む県営石木ダムの是非について、地元の川原地区を取材してきた。この地区は現在13戸50人が暮らしている。なのに、県が強制収用手続きを進めて、住民の土地を取り上げてしまっている。

「残念な県政」

 長崎県に滞在しながらテレビを見ていると、長崎県では、石木ダムのほかに、新幹線の長崎ルートの建設のために佐賀県との折り合いがつかないというニュースが連日流れてきていた時期がある。新幹線が来てほしい長崎県と、通り道になるだけの佐賀県とは利害が一致せず、路線の末端の長崎県が先に県内の建設を進め、中間の佐賀県に建設を迫っていた。そうまでして作りたいなら、佐賀県は「いらない」と言っているんだから、長崎県が佐賀県内での建設資金を肩代わりするのが筋だと、長野県民のぼくは思う。しかし、理解しない佐賀県が悪い、という姿勢だと佐賀県の態度は普通硬化する。

 テレビを見ながら、石木ダムと同じ構図だなと思った。この県営ダム建設は60年前に浮上したものだが、当初機動隊を導入しての長崎県の強制測量の強行に対し、住民たちは現地で実力阻止。対立の末に、工事の実施は地元の同意を得て行うという覚書を、県と地元自治会、川棚町は、1972年に結んでいる。

 ところが、まだ13戸50人が住んでいるのに、中村長崎県政は 合意を無視して強制収用手続きを進めた。強制収用というのは、最後の1、2軒を対象とするのが通常だ。住民が立ち退かなければ意味がないからだ。強制収用史というものがあるなら、それこそ筆頭に上がるほどの、前代未聞の出来事だ。

今回、現地川原では、95歳になる松本マツさんにお話を聞いた。マツさんは、「こげんよかとこ住み着いてねえ、どこさ出ていくね」と口にしていた。

松本マツさん(ダム小屋にて)

これまで住民が暮らしながらそのまま強制代執行がかけられたのは、成田空港建設のために、三里塚の大木よねさん宅が抜き打ちで取り壊された事例が、戦後はある程度だろう。よねさんは、空港公団が用意した代替住宅の入居を拒み、反対同盟が用意した仮の住処に移り住んでいる。

中村県政は、強制代執行をかけ、どこかの県営住宅にでも住民たちを放り込むつもりだったのだろうか。脅せば屈する、という程度のあまりにもの見通しの甘さに、住民の立場で見れば、今回出馬した宮沢氏のように義憤にかられるし、長崎県民の立場で考えれば、テレビで見る新幹線と同様、「残念」という思いが湧いてくる。

自民党県連が推す大石氏も、知事になれば建設を前提に話し合いをするというものの、それならばまず住民の意向を聞きに告示前に足を運ぶのが順番だ。当選したからとのこのこ顔を出したところで、県政に裏切られ続けた住民が「はいわかりました」というとは思えない。

宮沢氏は選挙初日に川原地区に出向いたようだが、今回、この中村、大石両候補が川原現地に足を運ぶかどうかは、選挙戦の注目点の一つだ。

どうやって「ワクワク」する?

 長崎県は、本体工事の着工を表明して着手をニュースにしようとするため、抜き打ち的に橋をかけたりしたようなので、住民側の座り込み場所も以前より増えていた。1月に寒い中、火を囲みながら座り込んでいる住民の輪の中にいっしょにいると、まるで夜盗の襲撃に備える中世の農村にいるかのような錯覚を起こす。

ちがっているのは、相手が、自分が税金を納めている長崎県で、村の外からやってくるのが県の職員だったり、相手の武器が監視カメラだったりすることだ。

 連日取付道路の建設現場で座り込む住民たちの苦労は並大抵のものではない。いつ工事が進むかわからず、県の職員と対峙しながらどこにもでかけることもできない。

一方で、それ以外の暮らしぶりは、地区内に反対看板はあちこちあるものの、他の周辺地域と何ら変わることはない。むしろ川棚町の中心部まで車で10分と立地的にも暮らしやすい地域の一つだというのもわかる。石木川の水も少ないので、佐世保に送るためにわざわざダムをつくる必要があるのかと見て思う。この辺のダム建設の合理性のなさを宮沢氏は訴えている。

宮沢氏の「ワクワク長崎」のイラストを描く、石丸穂澄さん

 「こげんよかとこ住み着いてねえ」というマツさんの口ぶりは、けして強がりではないと思える。60年間ダムの建設予定地とされ続けたため、行政によるインフラ整備は遅れ、その結果、タイムカプセルように他の地域では失われた村落周辺の自然環境が維持されている。ダム建設に対峙するという必要性があったとはいえ、助け合い、話し合いを重ねながら村の課題に対処していく住民たちに、村の民主主義のあり方を見ることもできる。

 不幸な対立の結果とはいえ、川原地区が培った60年間の歴史と地域づくりは、むしろ長崎県がほこる財産に思える。これらすべてを水に沈めることは、むしろ長崎県の大きな損失だ。 

この地域でいったい何が営まれてきたかを広く共有し、生かすべきところを生かしていくことは、カジノや大型開発に依存する県政運営よりも、これからの時代にマッチし、「ワクワク」する挑戦なのかもしれない。ほかのどこの県でもなく、長崎県だからそできることだ。有権者の判断に期待している。(2022.2.4)

石木川に橋代わりに置かれた飛び石。