山の郵便配達

 郵便屋さんはお昼ごろ手紙やハガキを玄関脇のポストに入れにくる。

 上の道路から家へと下ってくる道にバイクの音が聞こえると、奥の仕事部屋から慌ただしく玄関に向かう。上がり框に置いておいた郵便物を拾い上げ、ポストに手紙を入れようとしている郵便屋さんに「これお願いします」と手渡す。

 実家の母はポストに手紙を出しに行く代りに、家に来た郵便屋さんに度々手渡していた。それを見ていたので、東京のアパートでも郵便屋さんがやってきたら手渡していた。東京の郵便屋さんはちょっと戸惑った表情を見せていた。

大鹿村で一番近いポストはぼくの暮らす上蔵地区の家が集まっている下の平の道路脇にある。出しに行くには、車道とは反対側に下る。隣の家までは尾根の上、そこから田んぼの脇、空き家になった家と家の間の道、最後に薬缶のお化けが出ると言われる南天畑の坂を下ると10分でポストまで着く。戻ってくるのは倍かかるから1通出すのに30分はかかる。

子どもへの手紙、裁判の書類、市民活動の会報や署名、様々な郵便物がここから出て行き、そしてやってくる。忙しいときに限って郵便物も多いので、歩いて出しに行くより郵便屋さんに手渡したほうが早い。毎日のように頻繁に手紙を出しているとき、手渡しにぼくが表に出ないと、郵便屋さんが「こんにちは」と表で挨拶をしているのが聞こえてくる。時間指定はできない山の郵便配達は、御用聞きはしくれる。

「山の郵便配達」は学生のときに見た中国映画だった。長年山岳地域の郵便配達を担っていた老齢の父が引退し、その息子が仕事を引き継ぐために父といっしょに郵便配達の旅に出る。字の読めないおばあさんの代りに手紙を代読したり、悲しませないようにその手紙の内容を創作したり、郵便配達の仕事は手紙を届けるだけじゃない、ということを息子は感じ取るというのがざっとした内容だった。

この時の父子は、徒歩での泊りでの旅だったけど、日本でも徒歩で郵便物を届ける地域がある。飯田線の静岡県側、秘境駅周辺に取材に行った際に、そんな郵便配達の女性と山中で出会ったことがある。山奥の集落には林道が通じているのだけど、大回りすぎて徒歩で郵便物を届けているのだった。新聞をとると新聞屋さんにはなるべく道に近いところに新聞受けを用意できないかと言われる。郵便屋さんは玄関脇にポストがあればそこまでいちいち郵便物を届けにきてくれる。電報や速達は玄関まで出向くものだからそれはそうなのかもしれない。

小学生のころに父親に連れられて時々行った藤河内渓谷には、数軒の平家の落人の集落がある。当時は大分県宇目町の隠れ里だった。ここには下流からの道ではなく、峠道を越えて、木浦鉱山から郵便物を届けていた。というのも、峠越えの未舗装の道を父親の車で藤河内に向かっていた時、郵便配達のバイクに出会ったのだ。大切峠と呼ばれる峠の周辺は現在は人家もなく、鉱山で亡くなった女郎の墓が山中にあるような寂しい場所なので、なおさら郵便配達のバイクの記憶が鮮明に残ったのだと思う。

峠越えの道を郵便物が行きかうのは、かつては山奥へと続く道では珍しくない光景だったのかもしれない。今年歩いた飯田から遠山への伊那山地を越えて入る小川路峠でもそんな郵便物の受渡をする施設があったことが、峠沿いの案内看板を見ると知ることができた。転勤を命じられた先生たちが、絶望のあまり赴任する前に辞職したという、別名「辞職峠」と呼ばれる峠道でも、郵便物は辞職して引き返したりしない。

長崎県の石木ダムの建設予定地である石木地区に昨年2月の長崎県知事選挙の取材で訪問した時にも、郵便配達の人の姿を見かけた。この地域は13世帯の家族が、強制収用で土地を取り上げられても、反対の座り込みを続けながら暮らしている。ちょうど取材に入ったとき、カメラマンの村山嘉昭さんが選挙用の動画撮影のために滞在していた。その動画の最後にも郵便配達の人の姿が写り込んでいる。「郵便屋さんが来るというのは生活があるってことだから」と、わざわざ郵便配達の人が来るまで何時間も粘ったという村山さんが、その意味を説明してくれた。

大切峠の郵便配達の人に再会したのは、ニホンオオカミの取材で木浦鉱山を訪問したときだった。木浦鉱山の郵便局員のYさんは徒歩で藤河内に郵便を届けに行く途中、大切峠で「ヤマイヌ」と出会ったという。送り狼と郵便屋さんはかつては旅の友だったのだろう。

大鹿村にいながらリニアや共同親権の運動の会活動をしているので、大量の会報発送などでお世話になる大河原郵便局の、ぼくはヘビーユーザーだ。数百通の会報発送時にはラップやらの景品をくれ、よそに転勤していった郵便局員さんと転勤先の郵便局で出会うと挨拶もしてくれる。頼んでもないのにゆうパックの伝票の発送元の印字までしてくれていた。

郵便物の量はネットの発達で全体的に減っている。聞くと郵便物の取り扱い量は考慮されるようだ。取扱量が減れば郵便局も閉鎖され、移住者がやってきて郵便局の格が上がることもあるみたいだ。友人は、手紙を入れると歌舞伎の声が出るポストを作って、村の道の駅に設置した。局ごとに違う風景印は村の郵便局の地味な顔にもなっている。

今は郵便屋さんになっているけど、飛脚を見ればわかるように、村々をつなぐ連絡網は、権力の支配機構とは別の人々のネットワークとして発達した部分もある。だから大鹿村のような秘境が南朝の拠点になれたし、横浜の情報がダイレクトに伝わった五日市で憲法草案も起草された。草莽の人たちに文を届けるのは、命懸けの行為でもあった。

うちの上の家で暮らすMさんのところに村の広報を持って行くと、Mさんが「この間郵便屋さんが包帯していた」と話し出した。「どうしたんだ、その怪我」とMさんが聞くと、「お前んところの犬に噛まれた」と言い返されたという。

うちの家の玄関脇のポストには昨年足長バチが巣をかけた。やってきた郵便屋さんに「そこ蜂の巣がありますから気を付けてください」と注意すると、「もう刺されたわ」と怯え顔で直接郵便を渡された。

(2023.12 越路37号、たらたらと読み切り177)

リニアは無理ゲー

 今年の夏は暑くて、草の成長がものすごい。家や田んぼの周りの草刈りも切ったばかりなのにすぐ伸びて、年中している気分になる。コロナ以後、ぼくの暮らす上蔵の人口も減っているので、部落総出の草刈り作業も以前のように手分けが行き届かず、刈り残した部分が出ている。家の周囲は4回くらい草刈りをした。人間も動物なので、夏の間は活動が活発になるからそれもできる。

あちこち取材に出かけ、山小屋の手伝いや遠方の友人を案内している間に気づけば8月は終わっていた。初夏に隣のKさんが来て蜂の巣があると教えてくれてそのままにしていたら、9月には蔵の下に大きなスズメバチの巣ができていた。また母屋の屋根裏にも巣があるようで、やはり暑いので出入りが活発になっていた。

1年前に注文した薪ストーブができあがり、それを運び込むときに刺激したのか、そのうちの1匹に刺された。動悸がして息苦しくなってKさんに車に乗せてもらって診療所に行き、点滴を打ってもらった。「次刺されたら救急車呼んでください」と看護師さんが言っている。

家にいるとあれこれしてしまうので、8月の末、ハチに刺される前に大分の実家に帰ってしばらく休んだ。自堕落な暮らしをしていると母が「大分に帰ってくればいいじゃない」という。理由は「こっちのほうが便利やろ」のようだ。息子が縁もゆかりもない山奥に離婚して取り残されひとりぼっちで寂しく暮らしている、というイメージなのだろう。

生活するとなると別の苦労も生じるだろうけど、たしかに大鹿村よりは買い物とかは便利なところはある。どうして大鹿村に来たんですか、と聞かれると「結婚したから」と答えてたけど、最近はその説明はかえって面倒なので「山が近いから」と答えるようにしている。

そう思うと、それは随分適切な理由に自分でも思えてくる。家から森や山が見え、思い立ったらすぐ山にでかけられる環境での暮らしは自分にとって重要だ。だからリニアにも反対している、とも思える。山登りは趣味だ。だとするとリニアに反対するのも趣味だよなと思う。仕事は金を稼ぐだけかもしれないけど、趣味は生活や命をかけたりする。

7月18日はストップリニア訴訟の判決日だった。訴訟自体の勝訴は原告の人たちも期待してなかったようだ。それでも、あまりに国とJRの言い分そのままの判決文は、権力の側の焦りと責任放棄を反映しているようにも見える。判決前後には、静岡が足を引っ張っているという川勝批判の記事がネットにはあふれた。運動も敗北して後は静岡だけ、と言いたいようだ。全線の工事の遅れや失敗が訴訟を契機に話題にされても困る。「工期や開業の遅れは川勝のせい」と批判を集中させて問題が出るのを避ける意図は見え見えだ。判決後しばらくすると、ぱったり記事がやんだ。お金も動いただろう。

認可の違法性を問うリニア訴訟でも、認可後の「事後アセス」って何だよという批判が出た。なされるべきだった手続きを求め続けると工事は遅れる。計画が杜撰だからだ。これまで2度工事を止めた。実際には事故は多発し、勝手に工事は止まったし、工事の遅れは目に見えるようになっている。

山梨の山岳会に呼ばれて現地を見に行く機会があった。テレビ報道では、「山梨は着々と工事は進んでいて、静岡が足を引っ張っている」というキャンペーンが貼られていた。同じ現場を見に行くと、工期は2026年までになっている。その後開業まで2年かかるというJR東海の説明を入れれば、やはり山梨でも工期は間に合わない。

というか「掘削が始まっています」とテレビが言ってた現地に行って、後ろを振り返ると街並みは以前と変わっていない。記者たちはこの光景を見ていながらJRの言い分を宣伝するためにニュースを作った。会場に来ていたリニア訴訟の川村さんが、県内の橋脚の建設ペースをもとに計算してみると、完成まで60年かかるという。果てしない。

この状況は長野県側でもさして変わっていない。

飯田市のサイトを見ると、リニア工事の工期一覧が出ている。おしなべて2026年度(2027年3月まで)が完成年になっていて、これは2027年にするとさすがに開業に間に合わないというのがバレるので、前年に一応設定しているというのが理由だろう。実際にはこれでも間に合わない。川村さんが言ってたけど、そもそも2027年に開業できるなんて根拠がなかった。

大鹿村でも、南アルプストンネルの昨年度の進捗状況をもとに、静岡県境までの工期を計算してみると、あと10年かかる。長野県は沿線の中で一番工事が進んでいる県だろう。仮に「静岡県が足を引っ張っている」なら、他県はその分工事は進んでいないとおかしい。2027年まであと約3年。ウソがばれる日は近い。

長野県や県内でリニアを進めてきた下伊那の自治体は、JR東海に開業時期の再設定を求めている。リニアを理由にまちづくりや公共事業を進めてきたので当然だろう。だけど、JRとしては、2027年にあまりに近いとやはり間に合わないし、あまりに先に開業時期を設定すると、計画が無謀だったのかバレる。なので言わないだろう。「リニアは無理ゲー」というこの状況は遠くない未来に露見する。

大鹿村では、住民の不満や反発を無視して村政はJRに利益誘導してきた。柳島村政から変わった熊谷村政は、ことリニアに関して言えば、むしろJRの側に立った言動が目立つ。最近では、長野県が新たに作った盛り土条例に基づいた、大規模盛り土の説明会の開催が課題になった。

JRは村と協議して、この説明会の開催を直近の自治会の釜沢だけに実施した。しかしこの盛り土計画は、県に申請する段階で一度事前審査でダメだしされた。盛り土の上に土を盛るにもかかわらず、上部部分の設計しか説明していなかったという。

では釜沢の説明会自体も無効ではないか。釜沢は丘の上だ。実際に影響を受けるのは、下流の自治会だ。しかし豊丘村ではした下流域の説明会を大鹿村ではしなかった。

この点についての疑問を直接長野県の盛り土担当の部署と飯田建設事務所の職員と懇談という名目で実施した。久々の行政交渉に松川の仲間2人と4人で行った。この条例は熱海の盛り土崩壊を受けたもので、本庁の行政担当者としても、いい加減な運用がされると今後にかかわるという気もあったのか、むしろぼくたちの側の話を積極的に聞いてきた。

それで「リニアは無理ゲー」という先ほどの説明をすると、それはほんとなのかと笑い話に聞こえたようだ。これは仏頂面で迷惑顔のリニアを進めてきた飯田建設事務所の連中とは対照的だった。彼らにしてみれば市民の前で恥をかかされた、ということになる。

その後、大鹿村の担当者とも懇談した。

総務課長とリニア担当者と職員が3人出てきた。以前は副村長の長尾が、「意見が違うから」とか「業務妨害だ」とか舐めた態度で市民の意見をつぶしてきたのが勇退。

「村長としては工事を進めて早く終えてもらっていなくなってほしいという思いだと思う」

と課長が言うので、「リニアは無理ゲー」という説明をする。

「あんたたち、リニアができるからと住民の不満をつぶしてきたんだけど、工事はあんたたちが協力したところで終わんないよ。そろそろこっちの話を聞いた方がいいんじゃないか。大鹿だけだよ、こんなに協力して住民が我慢し続けてんの。ずっと我慢させるのか」

上蔵では、要対策土という名の有害残土の実証実験が始まっている。村に質問状を送り、そこで言及された資料を物色すると、有害残土の不溶化材による処分法というのは、高速道路のトンネルなどの大量の残土発生に、安価な処理方法として研究されていることがわかる。福島の原発の汚染水の排出も、他の方法が金がかかるから安価で無策な処分法として反対の声をつぶして実行される。

リニアの有害残土の問題は岐阜県の御嵩町でも生じている。近くで民間業者が要対策土の再処理工場を作っても、JR東海は金がかかるからそこには運び込まず、町有地も含めた処分地計画を進めようとする。公害というのは、業者の営利主義を行政が止めなかったり後押ししたりすることで生じる。水俣病を見ればわかる話だ。

「説明会なんかJRにやらせとけばいいんだから、わざわざ間に入ってもめごとを作り出す必要ないんだよ」

 と念を押した。ちなみにJRに説明会実施の要望書を本社向けに送ると、はじめて地元の事務所から電話で「やんない」という回答が来た。電話口で工事の回覧は自分たちで配って自治会に下すなと言うと、はじめて戸別配布が実現した。文句を言い始めて7年目だった。

 ぼくが県と懇談をしたと村の課長に説明すると、「県からは説明会をしたほうがいいと電話がきました」と小さな声で言っていた。

趣味には根気強さも必要だ。

(2023年10月、「越路」36、たらたらと読み切り176)

 

司法の迷走と「逆コース」

一審は「差別的取り扱いは合理的」

6月22日の一審における不当判決から4カ月が経ち、共同親権訴訟は11月2日に控訴審の弁論が始まる。通常控訴審は1回で結審することも少なくないため、初回結審を阻止するために多くの方に参加傍聴をお願いする。

一審判決で古庄研裁判長、石原拓裁判官は非婚の父母の「差別的取り扱いは合理的」と原告の訴えを退けた。法制審議会で単独親権制度の現行制度を維持する選択肢が事実上排除されたと報道される中、この極端な反動ぶりは司法の感情的な反発と組織防衛の反映である。判決内容自体も矛盾をはらむ。原告側の議論の提示を否定するために先行判例を物色したものの、先行判決との論点の違いを司法が解消できなかった結果である。

結果、母親(父親)が孤立した子育てをするのも、婚姻外の子どもが親を知らないのも、制度の問題ではないと判示してしまった。これは婚外子差別に反対し、ひとり親の困窮をアピールする人たちにとっても、素直に喜べない結果だろう。

司法の逆コース

 9月27日には、連れ去り国賠訴訟で東京高裁の不当判決が出ている。高裁はあえて「(現行の)家裁実務に対し、強い批判があることは窺われない」との文言を判決文に入れ込んだ。また、当裁判の原告の宗像が問うた面会交流不履行に対する損害賠償請求や、他の複数の面会交流不履行の損害賠償請求訴訟で、このところ高裁での棄却判決が出ている。以前は債務不履行として司法が判例を積み重ねてきたのにだ。

昨今の実子誘拐批判、連れ去り容認司法批判の中で、権利回復を求める被害者の訴えを逐一否定することによって、司法は権利主張そのものを抑え込もうと必死だ。しかしこれらは、司法決定自体を司法自身が守らなくてよい、と対外的にアピールするに等しく、組織防衛でありながら自身の存在意義を否定する劇薬である。

であるとするなら、この司法の腐敗ぶりをどこまで公然化することができるかが、この民法改正運動の帰趨を制すると言ってよい。相変わらず養育費のピンハネや男性の被害者性に対して沈黙しているが、マスコミ報道は「連れ去り」の存在を解禁した。テレビドラマでも「実子誘拐」や子どもを取引材料に使う弁護士たちの悪行が徐々に取り上げられるようになってきた。この傾向は、逆コースに走る裁判所にとっては、おちおちできない事態だろう。高裁弁論期日の「ハチャメチャ家裁祭」に結集を。

自己改革不能な司法官僚システムと家制度

 ところで、各国で進められてきた単独親権から共同親権への転換とは、共同親権による父母の共同責任の明示によって、父母の法的な関係と、親子関係を分離することが最終的に目指された。親権制度の改革とはそれを呼ぶ。父母は結婚していようがいまいが父母である。

本国賠訴訟の狙いもそこにある。父母間の不平等の根拠となっているのは、婚姻外の父母の「差別的取り扱い」そのものである。そのことによって婚姻中も含め親の養育権が侵害されるため、父母の共同責任が否定される。よって原告は現行民法と司法のやりたい放題の憲法による規制を求めた。そもそも単独親権に、他方の親の子育てを否定する目的などない。

現在、法制審議会の司法村の住人たちが取りまとめようとしている答申案は、この点を意図的にスキップしている。父母の意見が別れたらわざわざ単独監護者を指定するなど、今と同じ国の過剰介入である。それに対して保守的立場から民間法制審が取りまとめた法案も、結局のところ父母を婚姻による親権者とする点で、婚姻制度に親権制度を従属させている。いくらいい提案をしたところで、大本で対抗案となっていない。現行の婚姻制度は結婚を戸籍、つまり家への所属の問題としているため、戸籍の不合理性を問いかけなければ「差別的取り扱いは合理的」というイデオロギーに取り込まれるのだ。

「部外者」だから合理化される差別的取り扱い

本件一審判決は単独親権制度の立法目的を子どものために「適時適切な意思決定」ができることであると言及している。戦前においては、子も親権のない親(母)も親権者(父)の決定に服する。この場合でも、家に所属する子の処遇を親権者が決めることで、他方親の養育を否定することが目的ではない。しかし、家(戸籍)に所属しない親の場合、「部外者」がその権利性を司法によって正当に尊重されることがあっただろうか。「差別的取り扱いは合理的」とは、「部外者」であるからこそ肯定され、それが家父長制家制度の目的である。

この部外者排除システムの元においては、共同親権は家内部の親に与えられた称号以上の意味はもともとない。国や一審判決の言う「適時適切な意思決定」が単独親権制度の目的なら、共同親権など本来望ましくないからだ。したがって、共同決定ができない場合には、前倒しでその称号がはく奪されて無権利状況に陥る。家制度の番人の司法のもと、個人の尊重と男女同権は敗北を重ねてきた。

戸籍は単なる登録簿ではなくイデオロギーである。イデオロギーでなければ、戸籍に忖度して親権制度の改革を手控える必要は本来ない。そして体制内部の自己改革の道に展望は見いだせない。ぼくたちは、憲法を武器に、控訴審での国の矛盾を引き続きつきながら、彼らのイデオロギーの源泉を白日のもとにさらしていく。「犬神家の一族」のふるさと、諏訪での集会「犬神家の民法改正」もその一手である。(2023.10.29宗像充、共同親権訴訟冒頭コラムから)

【訂正】クサガメ/イシガメ

 先日2017年に出した『ニホンオオカミは消えたか?』の読者からメールが来た。

「本の冒頭あたりに、オオカミの再導入に関する例え話として「在来種のクサガメ」という表記があります。しかし現在では、クサガメは外来種とされる説が濃厚です。これは「イシガメ」の誤りでしょうか?

クサガメ外来種説に関して、一部に議論は分かれる部分もあるようですが、日本固有種のイシガメの存在を脅かす存在であることは事実です(ウンキュウという交雑種も存在しています)。

そのような問題がある中で、この本としてあえてクサガメを在来種と表記するリスクはないのかなと思いました。特に本の内容として「種」に触れる場面が多いので、クサガメを在来種と書くことで、宗像さんの評価にケチがついてしまうのが心配です。」

評価にケチがつく、という部分でいえば、たしかにケチがつくような実績しかないのであんまり心配してないのだけど、調べて訂正する記事を書くとお礼ととともに返事をした。

指摘の部分は、本書の15ページ目で、オオカミ導入論がある中で、ニホンオオカミが独立種だとすると外来種の導入で在来種が駆逐される場合のたとえ話として、「在来種のクサガメ」が外来種の「ミドリガメ」に駆逐されていることについて触れたものだ。

この「在来種のクサガメ」が外来種ではないかという指摘だ。ウィキペディア等ネット情報を見るだけでも、実際イシガメ(ニホンイシガメ)が日本固有種であることに争いはないものの、クサガメについては本州以南のものはかつて自然分布と考えられていたが、今は朝鮮半島から18世紀末に移入されたと考えられているという。

長野県では現在では外来種とされているハクビシンがかつては天然記念物だった。DNAの研究の進展で論争に決着がついた例もある。そうはいっても、外来種によって固有種が危機にさらされているということについて例を挙げようとして、論争や研究成果などきちんと調べもせずに不用意に書いた間違いで、ご指摘通り「イシガメ」と書けば問題はなかった。いったいいつからいるものが「固有種」なのかという論点はたしかにある。ただそこはこの場合論点ではないので余計な詮索を招いたという点でも例としては不適切だ。

書いたのは7年前で記憶も古くなっている。クサガメはイシガメ属でもあるので、その辺も混同の理由かもしれないものの、この本はほかにも調査不足からの間違いを指摘されているので、軽率な態度が招いたものとして反省する。重版の際にはもちろん訂正する。(2023.8.31)

「ここが変だよ」法制審議会親権法要綱たたき台

法制審議会家族法制部会では2023年8月29日に、事務局から要綱のたたき台が示された。報道では今年中に意見を取りまとめて要綱を答申することが予定されている。実際に家庭裁判所の手続きを経て子どもとの関係を絶たれた親として内容を一瞥してみた。

親子関係と婚姻制度との分離

多くの国が婚姻外は単独親権限定だったのが、婚姻内外問わず共同親権へと移行していきました。海外の親子法の改革の肝は、父母の共同責任を法制化することによって、親どうしの関係の婚姻制度と切り離すことに本来の狙いがありました。フランスの民法のように、親の法的地位の変動に、親権制度は影響を受けない、とあえて明記している国もあります。

そうしないと、家や親の意向で共同親責任を果たすことが困難になり(養育放棄や子の囲い込みなど)、子どものためにならないという発想です。そのために、平等な養育時間が法原則として採用されました。

ところが、昨日出された法制審のたたき台は、改革のターゲットを婚姻外に当初絞ったために、この分離が不徹底に終わった点に最大の問題があります。

もともと今回の法制審は、なるべく現状の司法慣行をいじらないで、養育費の徴収率を上げる、というのが当初の狙いでした。そういった狙いは、親子間の交流については前提とせず、一方養育費については法定額を問答無用で課すなど、現状の「会えないのに金は払う」という、搾取体制を正当化するものです。

不平等な司法慣行を反映

「搾取」と呼ぶのは大げさではありません。

たたき台では、父母間で親権についての合意が得られない場合、司法の判断にゆだねることになります。ところが現在の司法では女性が94%の割合で親権を得ます。要するに男女がともに仕事や養育を担うのではなく、男性が稼いだ金を女性に移して子育てさせる、という家族モデルを前提としています。

一方が逃げたり子を囲い込めば、共同親権で合意を得るのは期待できません。そうなったらいくら司法に決めさせても、司法は女性を親権者(監護者)にする(男性の親権をはく奪する)し、引き離したら手紙送付でも交流になるんだから、現状と何も変わりません。

法制審では面会交流について、「試行的実施の必要性や相当性を判断する前提」が必要で、「実施に当たって家庭裁判所調査官等の第三者の関与について定めておく」「さらに、安全・安心な状態で親子交流の試行的実施をするためには、一定の遵守事項を定めておくことが望ましい」などハードルを課しています。

これらは、現在子を連れ去られた親が、被害者であるにもかかわらず様々な要件を課せられ、できもしない無実の証明を課せられる司法慣行を反映したものです。

しかも、たたき台の解説文によれば、「親子交流」について「親子交流を実施する方法としては、対面での交流のほか、電話やウェブ会議などを通じた交流や、子の写真、動画等の送付による交流など、様々なものが含まれ得る。」とされます。司法は「高葛藤」によって写真や手紙の送付ですますのは目に見えており、法的お墨付きが与えられる分改悪です。

違憲、子どもの条約違反

また、婚姻外の規定のみに法改正を絞ったために、性中立的に共同親権を可能としながら、「子の出生前に父母が離婚した場合又は(母と法律上の婚姻関係のない)父が子を認知した場合には、親権は、母が行うものとする。ただし、父母の協議で、父母の双方又は父を親権者と定めることができるものとする。」と、今度は不合理に女性を親権者とするという、明らかに「両性の平等」に反する違憲規定が登場する結果になっています。

さらに、家の存続のための再婚養子縁組制度を温存したため、「養子となる者が15歳未満であり、その父母双方が親権者である場合には、当該父母が共同で縁組の代諾をするものとし、当該父母間の意見対立時には上記第2の1⑶の規律により調整する」と、司法の審査を得るべきとする子どもの権利条約の規定や勧告にも反する規定も盛り込まれました。

改革を「婚姻外」に絞った結果、かえって婚姻外の「差別的取り扱いは合理的」(東京地裁)という司法慣行による婚外子差別と、親どうしの不平等を強化するたたき台。なぜ日本で単独親権制度を変えられないのか?家父長制を起源とする単独親権制度を払しょくできないのはなぜか?はもっと議論されていいでしょう。(2023.8.30)

子の連れ去り訴える選挙ポスターで逮捕 羽田ゆきまさ報道局弾圧事件

獄中からの出馬表明

 現在東京拘置所に収監されている金村まことさんは8月2日、獄中から8月27日に告示予定の立川市長選に立候補を表明した。声明文では、4月の大田区区議会議員選挙(4月23日投開票)に立候補し、「その選挙ポスターに記載された事項について名誉毀損に問われた」と収監の理由を説明している。

大田区在住の金村さんは、羽田ゆきまさのペンネームで、ネットメディア、羽田ゆきまさ報道局を作り、選挙や議員活動、社会問題を動画で配信している(「羽田ゆきまさ」のほうが通っているため、以後羽田さんとする)。動画配信のコンテンツには、「子どもの連れ去り」という枠もあり、ぼくも出演したことがある。

ぼくは子どもに会えない親として、2008年から親権問題についての活動をしてきた。親子の引き離しの被害者たちの自助グループも開催していて、羽田さんもそこに顔を見せていた一人だ。

現在共同親権への民法改正が度々話題になっている。離婚や未婚の際に子どもと会えなくなった親たち(父親が多い)が運動を続けてきた。ぼくもそのために国を訴える訴訟を起こしているので、羽田さんにも動画を配信してもらった。

 8月2日の出馬宣言は、羽田さんの代理人の下村大気弁護士から記者クラブとぼくにも送られてきた。電話をしても通じない羽田さんが東京拘置所にいるのがわかったのは、7月20日の下村弁護士からの「取材してほしい」という連絡でだった。5月22日の逮捕後、6月22日に起訴されていた。8月4日に長野県から小菅の東京拘置所に向かった。

顔写真・「DV妻」のポスター

こちらが質問する間もあまりないまま、羽田さんは間仕切り越しに経過を説明した。

大田区議会議員選挙で羽田さんが貼りだしたポスターは、子ども2人の写真を載せ「子ども連れ去りの被害者」と説明している。2人の脇に目の部分に黒の横線を入れた女性の顔写真が挿入され、「DV妻のこどもたちへの暴力を田園調布警察や児相に相談していました」とある。このポスターを選挙掲示板98カ所に貼ったのが逮捕起訴された理由だ。

子どもたち2人の名前も入っている。見た人はそれが羽田さんの妻と子どものことだと思うし(実際そう)、知り合いなら目に黒線を入れていても子どもの顔名前が出ているので母親も特定できる。

暴力の存否

ポスターの記載について本人や下村弁護士の説明をまとめると次のようになる。

羽田さんは車を運転中に後部座席の妻から助手席をけられたのをきっかけに、田園調布警察署に相談した。2019年のことだ。警察と、警察から連絡を受けた児童相談所が双方に話を聞き、しばらく沈静化したものの、翌2020年4月には子どもが水をこぼしたことで妻が子どもを折檻する。この際妻が子どもを連れて実家に行き、以来羽田さんは子どもと会えていない。

羽田さんの口調からは悔しさがにじみ出ていた。母親の児童虐待事件は日々事件になっているし、相談を受けている限り女性が暴力をふるうのは珍しくない。

もちろん、妻の側は暴力の事実については否定して羽田さんを告訴したため、捜査機関としては名誉毀損容疑で逮捕起訴したという流れになっている。この点は裁判で争われる。

連れ去り事件?

羽田さんのポスターには「こども連れ去り反対」の主張もある。「連れ去り」という用語を使うかどうかが、共同親権の賛否にかかわり政治化している。現状維持派は「避難だ」と言い、変革派は「連れ去りだ」と言う。どっちにしても子どもを「囲い込まれた」と言えば実体が理解しやすいかもしれない。 

羽田さんは、この選挙ポスター以外にも複数の種類の「連れ去り」をアピールするポスターを用意している。羽田さんとしては自身が受けた理不尽な扱いが社会問題だと、選挙を機会に広く知ってもらいたかったのだろう。

「名誉毀損 vs  スラップ」

 ところで、親権問題を報じるメディアについての「名誉毀損事件」がこのところ度々起きていて、報道する側は委縮しがちだ。

昨年12月には、マクロン仏大統領来日と東京五輪開催に合わせてハンガーストライキをしたフランス人男性、ヴァンサン・フィショ氏の妻側が、名誉毀損で出版社などを訴えた。今年の4月にも別のメディアやライターへの提訴が続いた。

プライバシー侵害も争点になっている。不思議なのは、当の母親は記者会見で発言しつつ、情報の発信元のはずのフィショさん本人は訴えず、メディアだけを訴えている点だ。もちろん訴えられた側は、訴権の濫用としてアメリカなどでは規制法もある「スラップ(Strategic Lawsuit Against Public Participation)訴訟=口封じ訴訟」としてアピールし対抗している。

親権に関する事件の場合、これらの手法は、女性の側の被害者性を前提とし、男性の側の被害を否定することで世間にアピールしているという点を理解しないと混乱する。「連れ去り」と言うこと自体、男性の側がもっぱら被害者という点でこれまでの「女性=被害者、男性=悪」という構図を崩すものであり、故に感情的な反発も強い。

母性神話

日本外国特派員協会でフィショさんの妻側の記者会見を見ていて驚いた記憶がある。会見の弁護士の一人が、記者の一人が足を組んでいたのを見とがめて「女性に失礼」という言葉で非難したのだ。「足を組むのが失礼」ではなく、「女性に足を組む」ことが失礼にあたる。逆に言えば相手が男性なら問題ない。これは親権をめぐっての家族の問題でも当てはまる。

警察としては羽田さんに仮に暴力被害があっても「問題ない」。しかし彼女の側が被害を訴えると見過ごせない。ある憲法学者は「連れ去られた」と男性の側が被害を訴えると、母親の側の言い分も聞かないと不公平だと訴える。しかし男性の側が虚偽DVを主張すると、「それがDVの証拠」「被害者を疑ってかかるなんて」と途端に両論併記が吹っ飛ぶ。

これは一般的に言って母性神話だと思うが、司法で女性が94%の割合で親権を指定される現行制度と運用が是正されない原因ともなっている。羽田さんが選挙で不当性を訴えたかったのはこの部分だろう。それへの逮捕起訴は故に弾圧だ。

選挙で子どものことをアピールする

 ところでぼくは羽田さんが大田区の選挙に出馬するときに、ポスター貼りの人集めの協力要請を受け、接見でも立川市の市長選挙で同様の依頼をされた。とはいえ、自分の名前をアピールするでもなく、主義主張だけで人は動かない。他人を巻き込む気もなくて断っている(そもそも事前にポスターを見ていない)。

 ただ、警察も児童相談所にも不信がある中、羽田さんが不当性をアピールする手段としてとったのが選挙ポスターというのはわかる。

子どもや母親が特定される形でのポスターはどうだろう。

連れ去りは誘拐なので、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の拉致問題になぞらえてアピールする当事者たちは多い。もちろん拉致被害者の顔写真を出さないと世間にはアピールしないから、国はそれを並べたポスターを作り、メディアは北朝鮮の政治指導者の名前を、「名誉を毀損するから」と報じなかったりはしない。

「子どもがいじめられる」という懸念は出やすい。一方これが子どもへの被害の告発だとすると、父親の羽田さんは子どもに周囲の監視の目が行くように配慮したとなる。こうなると、親でもない他人がとやかく言うことかとも思う。民事不介入なら母親の告発だけを警察が事件化する理由もない。

 名誉毀損罪は公共の利害に関する場合には例外になるので、裁判ではその点が争点になる。そもそも初犯で起訴なんてと思う。逃亡も証拠隠滅の恐れもないのに勾留は2か月を超えた。検察側からすると、98カ所の量の多さと羽田さんが妻側に接触するのではという懸念から、羽田さんの拘束を解かない。しかし本人は父親として制度を変えるために選挙活動をするのが本位だろう。

公判は8月9日14時半、東京地方裁判所828号法廷で第一回目が始まる。(2023年8月6日)

 

マスクの効用

 先日、お隣で一人暮らしをしていたおじいさんが救急車で運ばれて、しばらくして亡くなった。上蔵には5つの班がある。一番標高の高いぼくの暮らす斑は峯垣外班と言って、5軒が暮らしていた。班は冠婚葬祭のためのもので、このような場合に以前は必要とされていたんだろう。今は葬式も簡素化され、葬儀屋さんに頼めばやってくれるので、今回も出る幕はなかったみたいだ。

 ここ1、2年ほど、上蔵のお年寄りたちが救急車で運ばれたり、亡くなったりして、姿を見なくなるというのが続いている。お年寄りといっても、世代的には80代になったうちの両親と同世代だ。空き家も増えた。上蔵集落にはぼくが越してきたときには30軒以上いたのが、現在は30軒を割っている。大鹿村は2023年3月現在で、959人の人口となっている。この数年で200人ぐらいの人口減というのが実際だろう。

 新型コロナが2019年末から話題になりはじめ、翌年から取りざたされるようになった時点で、ぼくは感染については2年は続くし、そのうち、高齢者から亡くなっていくので空き家が増えるだろうなと予測し、そう言っていた。実際は感染が収束したわけでもなく、一方で感染で亡くなる方は少なくなり、亡くなった人は、心筋梗塞や脳梗塞などの人が多かったのだろう。空き家が増えているのは当たった。

大鹿村は一時長野県内でも陽性率が一番高くなった時期があり、ワクチンを一生懸命打った人もいただろう。ワクチンの副作用で亡くなった人も中にはいたと思う。遺伝子組み換え食品には血相を変えて反対していた人が、壮大な人体実験の遺伝子操作の伴うワクチンの普及には何も言わない。年よりに孫と会うなと言えば、楽しみもなくして運動不足と相まって免疫力は低下しただろう。

枯葉剤の取材とかしたことがあったので、日本で使用される薬剤が、アメリカの製品の廃棄物や中間生成物の出来損ない、であるということ学ばされた。現場を歩くと、処理を押し付けられた薬剤の消化に、日本の田んぼや国有林が選ばれてばらまかれている。おかげで日本の田んぼのダイオキシン含有量は今も高く、国有林内には今もそれが埋められたままだ。要するに日本は戦争や世界中の多国籍企業のゴミ捨て場なのだ。遺伝子組み換えの種子とセットでラウンドアップとかを売ってきた。

2020年には東京でオリンピックがあった。無理に開催したから感染が急拡大したと批判された。一方で、その時報道を注意していたら、感染が急拡大したのは東京ではなく、ワクチンの接種が積極的に取り組まれていた大阪である。オリンピックなんかやめればよかったと今も思うけど、隔離という感染の拡大防止のための措置は絶対的なものではなく、権利として対抗しえるものがあるなら、経済活動だろうが、人とのコミュニケーションだろうが、バランスをとるしかない。

今週東京から帰って熱を出した。この時期毎年花粉症で熱を出して数日寝込むというのが続いている。背に腹は代えられず数年前から薬を飲むようになった。息苦しいので寝るときにマスクをして寝ている。

ここ最近、国はマスク着用について個人の判断でするように言い出した。「じゃあ誰の判断でマスクしてたんだよ」と思う。2020年にはマスクが不足して、国がマスクを2つずつ郵送していた。その後マスクの着用率は上がってほぼ100%になった。しかしそれで感染の拡大が止まったなんてことはない。

もとより新型コロナはウイルスなので、マスク程度は通過する。科学者たちはマスクがどのように効果があるのかの実証データを出してきて、そのための論文が大流行りする。

小学生のころ見たテレビで、風邪の時期に研究者が出てきて「マスクでウイルスは防げないので無駄です」と話していたのが印象的だった。「しないよりもしたほうが効くからしましょう」というのがこの間だったけど、「効果が全体に及ぼす影響が読みがたければほかの方法を考えましょう」とは言わない。科学的の中身なんてこの程度の話だ。

バカバカしいので、花粉症の季節以外最初からマスクなんかほとんどしなかった。みんなが家から出てこない時期も、月に1度東京に行って、離婚されたりした。ただおかげで、世の風潮に従わない人に対して、世の中の人がどのようにふるまうかを観察することもできた。見たところ、マスクをしない人に対して批判することによって、自分はいじめられないから、という程度の話だというのがよくわかる。中学校の校則といっしょで、中身は理不尽なほうがよい。本当に恐がっている人は、マスクをしていないぼくが隣に座ると席を移ったりしていた。じゃあ家から出なければいいのに毎回思う。マスクをした隣の人が感染者なら意味がないからだ。注意するときも「マスクもってないんですか」とさも、「自分とあなたは同じ考えでしょ」と心配する風を装う。

うちの母親は、「テレビがそう言ってるんだから。あんたテレビ買いなさい」とぼくに電話で言ってきた。その話を、ワクチンを打たなかった友人にすると、「うちの母親も同じこと言ってたから、電話してワクチンはやめろって説得したよ」という。

友人の一人は乗車拒否までする飛行機でも「肺が悪いんです」とマスクをしなかったという。事情があればマスク着用の例外になってもよさそうなのに、「診断書を出せ」と言われたという。国が「自分の判断で」と言ったところで、「指示してくれなければ困る」という人がマスクをし続けている。

多分、こういう人たちが、戦争中は「非国民」とはだしのゲンの家族に石を投げたんだろうなと思う。たいして親しくもないのに、ぼくがマスクをしていないというと、電話してきてマスクの効用を話す人もいた。「非国民だからほっといてください」というようにしている。

感染症の拡大以前に忘れていたものは、人の死はそんなに社会生活にとって縁遠いものではなく、日常の延長にあるということだ。「いつお迎えが来てもいい」と言っていた年寄が、「コロナは怖い」と言って、国の政策に従わない若い人を批判するなんてことは、野生動物としてはいただけない。力のある者に従うかどうか、周囲が部外者をどう受け入れるかどうかで、他人を判断し、身内であっても容赦なく切り捨て常識人ぶる。もちろん、そんなやさしくない社会でも、そうじゃない人もいる。(越路33号、2023.4.17 たらたらと読み切り173)

6・22判決 国はいったい何とたたかっているのか

「なぜそうまでして見ず知らずの親子を引き離したいんですか?」

 3月23日の最終弁論では、原告の柳原賢さんの母親のみきさんの意見陳述を古賀礼子弁護士が読み上げた。息子の離婚で子どもと会えなくなり、自身も孫と会えなくなったお母さんにとって、目の前で悩む息子の姿と抱えた問題は、当たり前だけど他人事とすますことはできなくなっていた。みきさんは原告を引き継いだ。

 子どもと引き離されたことによる心痛は筆舌に尽くしがたいものがある。しかし引き離されても「そういうものだ」とあまり悩まない父親も少なくない。「男は仕事をしてなんぼ」という考えは根強い。そういう意味では父親としての自意識も社会によって培われる。

親は子どもが一番最初に出会う社会だ。社会にA面があればB面もあることを、子どもは両親のバックグラウンドを知ることで学ぶ。子どもから親を奪うということは、社会のB面に触れる機会を奪うということでもある。わざわざ一体何のため?

 法制審議会の議論で、単独親権制度の現状維持を外すという方向性が4月18日に一斉に報道された。サミットを前に批判を避けるために政府が家族法改正のポーズを見せるのは以前もあった(G20大阪サミット前の家族法研究会設置表明)。このメッセージが外向けのガス抜きなのは明らかだ。

法制審の委員たちは、自民党の政治介入は許されないと血相を変えて反発していた。今回は与党議員が自慢するこの顛末に、法制審の委員もメディアも反応が薄い。自作自演だったわけだ。しかし一方で、その効果はけして小さくはない。

 子どもの通学先の非開示や家庭裁判所の不公正や人権侵害に対する反発が各段に減った。ぼくたちの訴訟提起以来、一貫して妨害を繰り返してきた憲法学者の木村草太は、相変わらず別居親へのヘイトを繰り返している。しかし「なぜそうまでして見ず知らずの親子を引き離したいんですか?」という問いかけは、以前よりも重い。

金さえあれば子どもは育つ?

 法制審議会のミッションは、「いかに別居親に権利を与えず養育費を徴収するか」である。そのために監護権という屁理屈をひねり出し、選択肢を増やしたのはいいけど、監護権選択の基準を示せずドツボにはまった。「パパお金、ママ家事育児」の性役割の強制が、男性を搾取し、女性のアンペイドワークを正当化する。

もとより、お金と子どもの世話は父母がする、それが可能なように周囲が支え、国が環境を整える。変更を目指すならここなのに、フェミニストが何人もいる審議委員は「男女平等」の言葉すら口にしない。

「金さえあれば子どもは育つ」なんて「餌を与えれば動物園のパンダは死にはしない」といったいどう違う?(実際「面会交流しなくても死にはしない」と吐き捨てた国会議員がいた)。こんな非道な理屈の箔付けはたしかに専門家でないとできそうにない。ただ未来の世代に誇れる議論とは程遠い。

出そろった国賠訴訟一審判決

 4月21日、東京地裁の鈴木わかな裁判長は、自然的親子権訴訟の原告側の請求をいずれも棄却した。これで、単独親権制度(父親個人のもの、最高裁で確定)、連れ去り、面会交流等の損害と立法不作為を訴えた各国賠の一審判断が出そろった。

各訴訟は不当判決ではあるものの、司法は親子関係への人格的利益を肯定している。4月21日の東京地裁判決も、引き離した側の行為の問題で制度の問題ではないと逃げて立法不作為を否定したものの、権利侵害自体は否定していない。

これら一連の国賠訴訟が得た成果はけして小さいものではない。しかし、ぼくたちの共同親権訴訟(養育権侵害訴訟)の立論も政治状況も違いがある。

 一つには、一審判断の出た一連の訴訟では、それぞれ平等権侵害を訴えているものの、それは親権の有無による差別に焦点を当てている。親権は職責であることを、鈴木わかな裁判長は言及しているが、職責であるのは親権によって実現される親の固有の権利(養育権)があるからである。そして親の権利の固有性は憲法そのほかで各国で明示され、婚姻内外問わず共同親権を適用するように法改正を進めてきた。単独親権制度では親の職責を果たせなくなる事態が必然的に生じるからである(この点は鈴木裁判長も認めている)。本件訴訟は、婚姻内外の不平等を問い、それら矛盾をダイレクトに問うものとして提示し、司法の逃げ道を絶った。

 一方、単独親権制度の立法目的を、子どもについて適時適切な決定ができるようにするものとして、一定の合理性を認めた過去の判断に対しては、それは親権調整規定が欠けていることによって生じる問題だ。これでは婚姻内に共同親権を採用した理由が説明できなくなるのだ。

司法が単独親権民法を拒む理由は?

何よりも、新憲法施行時に旧民法の適用を除外した応急措置的に定めた時限立法は、父母の共同親権について、婚姻内外の区別を設けていない。個人の尊重と両性の本質的平等を実現するためだ。婚姻外に単独親権を残した現行民法自体が不合理な要素を内包しており、その改正を75年にもわたって怠って親子の引き離しと単独育児を放置してきた国の責任は重い。

反対意見があるから立法不作為に当たらないという議論は、行政府の意向や立法府の議論に司法は従属するものだと述べているに等しく、司法の独立を自ら放棄したものとして許されない。単独親権制度の維持を法制審が示した直後の司法判断に、裁判官は1名しか署名せず、他の裁判官は「差支え」を理由にする。合議ですらない判断に理由も示さないのは違法である。

いったい国は何とたたかっているのか。このような状況で、憲法判断を避け立法不作為を追認するものならば、その理由は「司法の既得権保護」以外にあるだろうか。6月22日の判決、見逃せない。

2023.05.01 宗像 充

そうだったのか!共同親権
https://k-kokubai.jp/2023/05/02/%ef%bc%9622hanketu/

パブリックコメント(法制審議会家族法制部会中間試案に対する)

宗像 充

1 子どもに会えない父親として

私は2007年に事実婚だったパートナーとの関係を解消し、その後親権がないがために人身保護請求を申請されて、今現在子どもと会えていない父親です。人身保護請求がされた際には、元妻側は会わせると自ら申し出たため、合意書を交わして任意で当時2歳になる前の子と、私が手元で育てていた元妻の連れ子の4歳子どもを渡しました。そのころ二人で子どもを協力してみるようにできるまで私の側が暫定的に2人を預かっていました。

ところが子どもを渡した途端に2年子どもと引き離され、調停や審判を経て2か月に1度2時間会えるようにはなりましたが、現在は「子どもの意思」を理由に会えなくなっています。

その間私は5度も裁判をしました。子どもとの関係を維持するためです。現在、単独親権制度の違憲性と、立法不作為を訴えて2019年に国を提訴した訴訟の原告です。果たして共同親権であったなら、このような苦労を15年間も私たちがし続けることがあったでしょうか。

私どもの主張は、「手づくり民法・法制審議会」の意見として述べています。私の経験も踏まえ、以下の各点を求め、私が強調したいこととその理由を述べたいと思います。

2 父母の権利(親権の用語変更について)

 「親権」の呼称については現状のままでよい。親権は「子どもは父母と共に過ごし成長する権利を有する。子の養育及び教育は、父母固有の権利であり、その権利義務の総体を親権とする」(大鹿民法草案)と明文規定を置き、父母の権利の固有性を明示する。

(理由)私は一度も親権をもったことがありません。それを理由に人身保護請求をされました。しかし、定期的な面会交流の審判が裁判所から出ています。一方、元妻は子どもを確保した後、現在の夫と結婚し、子どもを養子に入れました。そのことによって親権者変更の申出はできなくなっています。私たち父子は制度の濫用によってこの15年間振り回され、今も振り回されています。

養子縁組は子どもの親を取り換える制度になっていますが、子どもとの面会交流はいったいどんな権利に基づいているのか、親権の概念を設定し直したところで、父母が、実父母または養父母になっているのであれば、意味のないことです。

父母のセックスによって子どもができるのですから、親権制度によって保障する父母の権利の固有性をまず規定しないと、いくら用語を変えても無責任というだけでなく、国や家の都合でいかようにも親の権限を取り上げることができます。私は子どもを手放すように何度も司法に無言で圧力をかけ続けられましたが、現行制度は無責任な男女のための制度になっています。

一方で、審判では、元妻の連れ子と私の面会交流を規定しています。父親替わりとして私と子どもとの関係を司法が認めたということですが、そもそも父子(親子)関係を保護すべき、という発想がなければ、それを延長して父子的関係を保護するという発想自体ができません。 

3 共同親権(親権の偏在の解消)

 現行民法の単独親権規定を削除する。父母の権利の対等性を規定するため親権の調整規定においては、父母一方の申出による養育計画を義務付け、養育時間の平等を基準に司法の裁量を制約する。監護権を親権からの分離はしない。

(理由)父母の権利を保障する法規定が親権である以上、それを片方に偏在させる理由がありません。共同親権は導入するものではなく、もともとのベースとして設計していないことに問題があります。ベースが共同親権ですから、婚姻中と離婚時だけでなく、未婚時を法的に区別する必要もありません。今回の中間試案は、現行制度を元に積み上げ加算方式で選択肢を設けたため、1で私が述べたようなベースとなる議論がなされず、結果議論を集約できなかった事務当局の(半分意図してした)失敗だと思います。したがって、中間試案の選択肢の中からどれかを選ぶという行為自体が不可能で、人気投票以外の意味はありません。

 私は、親権はありませんでしたが、子どものことについては、授乳以外はまずしましたし、その時間も少なくありませんでした。しかし元妻は、全面的に私の収入に頼っておきながら、私の稼ぎが少なかったことを15年後の今も責め立て続けています。その上、今度は別の男性に子どもを見させて私が子どもに対して会おうとすると、裁判までして引き離そうとしています。司法は一貫して母親側の肩を持ってきましたが、子育ては女がするものという固定観念がなければ、考えるだけでもおそろしいことです。

 性役割に基づいて、このように一方の親を子どもから排除することが可能なのは、単独親権規定があるからです。特に離婚時に親権を司法が母親に指定する割合は94%なのですから、単独親権規定は父親を育児から排除し、働く女性が子どもの面倒から離れられない事態を招いています。経済的にであれ、実際の子どもの世話の側面であれ、性役割に基づいて双方の権利や責任を振り分けることは、男女平等の側面から受け入れられないだけでなく、それを固定強化して、ジェンダーギャップから生じる父母の争いを温存させます。

 共同親権を名目上入れて、監護権で今度は性役割を押し付ける現行運用を温存し続ければ、今の制度に対する不満も温存します。司法が公平な判断をできる法的根拠がないことが問題なのですから、司法の裁量の幅を狭め、養育時間において男女平等が実現する法規定を置いてください。(大鹿民法草案12ページ以下)

4 養子縁組(代諾養子縁組、未成年者の普通養子縁組の廃止)

 再婚時の父母の同意と司法の関与を省略する代諾養子縁組制度、及び、片親を養育から排除するために濫用される未成年者の普通養子縁組制度を廃止する。

(理由)人身保護請求をされた後、元妻とその結婚相手が子どもをすぐに養子縁組して2年間も子どもから私を排除しました。私はそれまでひとりで子どもを見ていたので、正直、子どもを物のように扱ってよしとする法と司法のあり方に、本当に傷つけられました。子どもの養父となったのは、私の元友人でしたが、彼は、私と子どもとの面会交流を、近くの銀行のベンチに座って監視したり、元妻やその弁護士とともに「つきまとう」と父親である私に対して暴言を吐いたりしてきました。これらの行為を司法は「親権者だから」と容認しています。倫理が壊れています。

 代諾養子縁組において、父母の同意と司法の関与が省略されたのは、そのことで子どもの利益を達成できるという前提があったからだと思いますが、養父が子どもの前で実父に「つきまとうな」ということにどんな子どもの利益があったのでしょうか。代諾養子縁組制度の濫用がなされるのは単独親権制度だからですが、これを廃止した場合に、代諾養子縁組制度は必然的に廃止され、さらには未成年者の普通養子縁組自体の利益自体がなくなります。そのような場合は、特別養子縁組をすればよいからです。

5 子どもの意思(子どもの意見表明権と自己決定権の混同)

 父母の権利行使について、子どもの意見を考慮することを義務付けること、及び、司法の現在の運用を肯定するために「子どもの最善の利益」など曖昧な言葉を用いることをやめる。

(理由)私は、これまでの調停、審判で5度ほど子どもの意見聴取をされました。2度は同じ裁判で、子ども代理人が意見聴取し、その後調査官が再び意見聴取をしました。そのとき子ども代理人の役割は、家から裁判所に子どもと同行することでした。そしてすべての意見聴取において、私は親としていつどこで意見聴取がなされたか事前に知らされていません。子どもと試行面会で裁判所で会いましたが、元妻とその夫がマジックミラー越しに監視しました。屈辱で本当に傷つきましたが、調査官は「親権者ですから」と言っていました。

 子どもは最初のころの聞き取りでは、面会交流について素直に喜んで調査官にもそう話しました。しかしそのことで面会交流の時間が増えることはほとんどなく、逆に、思春期になって子どもが会いたくないと言い出すと、裁判所は即座に自分が定めた面会交流の取り決めを取り消しました。こんないい加減な家裁の実情が表に出れば「子どもの最善の利益」が判断できるかなんて、信じられる人はいないと思います。中間報告では、父母の権利の固有性について沈黙してそれを確保する手段である親権の議論をしたために、政策判断や司法担当者の主観一つで、父母の権利をいかようにも制約することが可能になっています。「子どもの意見の尊重」の運用実態です。

 裁判官はただの公務員ですから、自身の裁量が大きすぎれば前例以上のことはしにくいのは自明です。なので、司法での母親の親権者指定が94%となっていますし、これは子どもといっしょにいる時間の長い母親がもっぱら子どもを連れ去る結果ですが、であれば、一般の方の司法への信頼を保つためにも、もっぱら母親が親権者を得る、と明記すべきです。男女平等の観点からそれができなければ、男女平等に養育時間を分け合うように明記するしかなく、それをしたくないからといって「子どもの意見の尊重」を持ち出して、子どもに責任を押し付け、司法に都合のよい子どもの意見だけを尊重しない親を責めることを司法に許すなど、はしたないことです。

 子どもの権利条約は「自由に」子どもが意見を表明する権利があることをその12条で明記していますが、未熟な子どもに自己決定を迫り、意見がまとまらない親の責任を肩代わりをさせ、無責任なだけでその後の子どもの人生など何も見届けようとしない司法のしりぬぐいをさせるなど、私たち大人はすべきではありません。

 

3000mのちっちゃな山小屋 赤石岳避難小屋管理人の最後の夏【後編】

https://www.yamakei-online.com/yama-ya/detail.php?id=2082

2022年09月17日

南アルプスの赤石岳(3121m)直下に立つ赤石岳避難小屋だ。18年にわたって夏の赤石岳にやってくる登山者を見守ってきた名物管理人・榎田善行さんは、2022年を最後に、山を下りることにした。長野県側の麓の大鹿村に住むライターが晩夏の赤石岳を訪ね、榎田さんの思いを聞いた。→「前編」はこちら

文・写真=宗像 充

赤石岳。山頂のすぐ左に避難小屋が見える

「人生避難小屋」

―― いろんな方がここにみえた。

4年前に80歳のおじいちゃんが聖岳からやってきた。30時間以上かけて歩いてきたという。手帳を見ると昭和40年の「山と溪谷」の付録の黄ばんだ登山手帳。格好も当時のまま。テントもツエルトも持っていない。

翌日暗いうちに出ていった。そしたら椹島への分岐のところで寒い中レスキューシートくるまっているという。駆けつけて「ヘリを呼びますから」といっても首を縦に振らない。多分80歳近くになって、山登りを思い出して昔の装備を引っ張り出したんだね。それが遭難騒ぎになってヘリで返された。

ところがその翌年、タイツにショートパンツを着た最新の登山装備を着て、「あのときはありがとね」と、同じおじいちゃんが現われた。「お前は山をやめろ」なんて言ったけど、そのおじいちゃんはそれが2度目の山の始まりだったんだね。うれしかったよ。

榎田さん


―― 出会いはやりがいにもなりますね。

おれもそうだけど、山やっている人は、どこかいびつな人が多いんだよ。とんとん拍子のやつは来ない。だけど、そんなやつこそかわいいと思っちゃって。山って逃げ込むところなんだね。下のストレスを山にきて発散する。そしてまた都会の戦場に出ていく。強面でもちょっと心が弱い、人と接するのが下手な人がやってくる。

座って悟りを開くのは座禅。山は歩いて悟りを開くから歩禅。一歩一歩自分の人生を考えながら登る。二万歩三万歩って禅を積んでいく。人生にみんな迷っている。


―― Tシャツや手ぬぐいには「人生避難小屋」って書いてあります。

ここに来て「ああ楽しかった。よかった」って。それでいい。

「人生避難小屋」と書かれた手ぬぐい

故郷の山

―― 赤石岳、南アルプスは榎田さんにとってどういう場所ですか。

おれは地元だから、学校の校歌で、赤石、赤石、赤石って歌ってきた。ほかにかっこいい山とか高い山とかある中で、赤石って心の響きなんだよね。山奥に赤石があって、そこからいろんなものが流れてくる。そこの小屋番になれたから、すごくうれしかった。

南アルプスの小屋番は地元の衆じゃない人も多い。故郷の山を守るって意識はない。そこはほかの人と違うと思う。最初に来たときに、ここは大事にしようってそう思った。


―― 今年を小屋番の最後にしたのはどうしてですか。

体がもつまでやるっていう選択もあったと思う。でも2019年に滑落事故があったときに、40代のときは飛ぶように行けたのが、そうはいかなかった。意地になって最後までいようなんて気持ちは、その時点でなくなった。若い人に譲ったほうが登山者は安全だろうと思った。


―― 18年で得たものはなんですか。

小屋番始めたころは40代で、山岳会でバリバリやっていて、登山者を指導してやろうなんて思っていた。でも結果的にはいろんな登山者に育ててもらった。

夜中の10時ごろ来る人だって、トラブルがあって遅くなる。「遅くなったんで心配しますよ」って受け入れて、「ありがとう」って言ってくれる。それぞれに深い思いがある。常にやさしく迎えてあげなさいって、その言葉だけは小屋に残したい。


―― 山小屋をやめた後は。

旅に出る。この18年、このシーズンにはどこもほかの景色を見ていない。山屋だから、夏のシーズンにはいろんなところに行きたい。まだ行ける年齢だから、第三の人生を始めたい。

赤石岳避難小屋からの朝日と富士山